商いの顔、裏の顔
毎日の訓練で、月兎と世一はすでに満身創痍だった。
それでも今日も訓練場へ向かう二人の背中を、亜華巴は半ば呆れ、半ば心配そうに見送る。
「……本当に、無理はしないでくださいね。
倒れても、私……何もできないかもしれないんですから」
その言葉に、二人は力のない声で返事をする。
「お、おう……」
「善処する……たぶん……」
ふらふらと歩き出す二人を見届け、亜華巴は小さく息を吐いた。
「……よし。私は、報告に行きましょうか」
そう呟き、彼らとは逆方向へと足を向ける。
人通りの少ない路地に入ったところで、空気がわずかに変わった。
「――ここまででいい」
低く、落ち着いた声。
物陰から、京士郎と蓮が姿を現す。
「では」
京士郎は無駄のない所作で一礼し、真剣な眼差しを向けた。
「津田慧一郎についての報告を聞こうか」
亜華巴は一度深呼吸をしてから、静かに話し始める。
「数日間、一緒に働きました。
ですが……何かを企んでいるような言動は、今のところ一切ありません」
その言葉に、二人の表情がわずかに緩む。
「本当に、純粋に人を助けたい人だと、私は思います」
だが、と亜華巴は続けた。
「ただし……
あるお店に、個人的に薬を届けています」
二人の空気が、再び張り詰める。
「異国へ渡すためのものだそうです。
鎮静剤と、興奮剤。その二つを調合した薬だと聞きました」
「……用途は?」
京士郎が即座に問い返す。
「異国の人は、この国の人より体格が大きいそうです。
自国の薬では治療が難しくて……その補助として使う、と」
嘘をついている様子はない。
だが、完全に安心できる話でもない。
京士郎は短く考え込み、頷いた。
「分かった。情報に感謝する。
また何か気づいたことがあれば、すぐに知らせてくれ」
「はい」
亜華巴は一礼し、その場を後にした。
彼女の背中が見えなくなった後、蓮が口を開く。
「……その店、一度は直接見ておく必要がありそうね」
「ああ。今から行こう」
二人はそのまま、亜華巴が話していた店へ向かった。
表通りに面した、いかにも“商売屋”といった佇まいの店。
暖簾をくぐると、すぐに一人の男が姿を現す。
糸目で、細身。
オールバックに整えられた黒髪、皺ひとつないきっちりした身なり。
一見して、商いが第一と分かる男だった。
「いらっしゃいませぇ」
腰を低くし、にこやかに笑う。
「お二人さん、今日はどないな御用で?」
こてこての関西弁。
だが、軽薄さはなく、計算された愛想の良さがある。
「私は、大虎言います。
この辺りで、細々と商いさせてもろてますわ」
目は細いまま、しかし客の動きを一瞬も逃さない。
京士郎は名を告げ、蓮と共に軽く頭を下げる。
「ほほう、これはこれは。
ご丁寧にどないして。
うちは“信用第一”が売りでしてな」
そう言いながらも、大虎の視線は二人の立ち位置、手元、気配をさりげなく測っていた。
――商人の顔。
そして、それだけではない顔。
京士郎は、その違和感を静かに胸に留めた。
この店は、
ただの“薬屋”では終わらない。
そんな予感だけが、確かにそこにあった。




