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鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
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血の理由、夜の告白

川のせせらぎが、二人の間を満たしていた。

 月と水面が揺れる音だけが続き、しばらく誰も口を開かなかった。


 先に沈黙を破ったのは、月兎だった。


「……あの。どうして、僕を助けてくれたんですか」


 隣に座るユキヨは、少しだけ視線を月から外し、やがて小さく笑った。


「うーん……ワラワの、我儘じゃな」


 軽い言葉だった。

 だが、その裏にあるものを、月兎は感じ取っていた。


「俺……この力を、どう使えばいいのかわからないんです」


 月兎は、握りしめた拳を見つめながら言葉を続ける。


「使い方もよくわからないし……

 鬼の村にいた巫女様には、

 “時間を気にしろ”“使いすぎれば失う”って言われました」


 戦いを思い出す。

 選ばされたような場面。

 追い込まれ、結果的に力を使ってきた現実。


「本当に……この力を使っていいのか、わからないんです」


 ユキヨは、すぐには答えなかった。

 川を流れる水を見つめ、やがて静かに口を開く。


「……辛い思いをさせてしもうたの」


 声が、わずかに沈む。


「じゃが、正直に言う。

 ワラワにも、よくわからん」


「……わからない?」


 思わず、声が上ずる。


「わからないって……

 じゃあ、なんで僕を助けたんですか?」


 記憶の奥に残る、血の味。

 朧げな光景。


「血を与えれば、どうなるかわかっていたから……

 だから血を飲ませて、助けてくれたんじゃないんですか?」


 ユキヨは、目を伏せた。


「……ワラワが血を飲ませたことがあるのは、二人だけじゃ」


 月兎の胸が、静かに強張る。


「月兎と……

 それから、ワラワを愛しておった部下の一人」


 夜風が、髪を揺らす。


「その男は、死ぬ寸前での。

 “最後に、あなたの血を飲ませてほしい”と懇願した」


 淡々とした語り口だったが、

 そこに感情がないわけではなかった。


「最後の思い出として、その願いを叶えた。

 ……すると、瀕死の状態から生き延びた」


 月兎は、息を呑む。


「じゃが、半年も経たぬうちに……死んでしもうた」


 その言葉が、胸に突き刺さる。


「……それじゃあ」


 月兎は、唇を噛みしめてから、絞り出すように言った。


「俺も……残り半年の命、なんですか」


 沈黙。


 長く、重い沈黙のあと、ユキヨは首を横に振った。


「正直、わからん」


 はっきりとした言葉だった。


「以前はな、傷は治らず、

 生命力だけが残って生きておった」


 月兎を見る。


「月兎のように、あれほどの傷が癒え、

 普通に生活しておる状態は……信じられん」


 戸惑いを隠さず、続ける。


「京士郎から聞いておる、

 月兎の“状態”も、以前には見られなかったものじゃ」


 わからない。

 未知。

 それが、真実だった。


 助けてくれた相手から告げられる“答えのなさ”に、

 月兎の肩は、わずかに落ちる。


「俺……近いうちに、死ぬんでしょうか」


 声が震えた。


「戦う楽しさを知った。

 だから……もっと知りたかったんです」


 強さとは何か。

 生きるとは何か。


「目標ができた後で、

 命に期限があるかもしれないって……」


 顔を伏せる月兎に、ユキヨは静かに言った。


「巫女の娘から、死の宣告は受けておらぬのであろう?」


 月兎は、はっとして顔を上げる。


「……受けて、いません」


「ならば、近い将来に死ぬことはないということじゃ」


 ユキヨの声は、柔らかかった。


「ワラワが不用意なことをした。

 それは、詫びねばならん」


 だが、と続ける。


「そのような、死んだような顔をするでない。

 生きる希望まで、失わんでほしい」


 その表情には、

 大切な存在を失った者の後悔と、

 同じ過ちを繰り返したくないという願いが滲んでいた。


 不思議なことに――

 月兎の胸を締め付けていた不安は、少しずつほどけていく。


「……ありがとうございます」


 自然と、前を向いた声が出ていた。


 二人は、それ以上言葉を交わさず、別れた。


 ユキヨは城へと戻る。


 部屋に入った瞬間、

 待ち構えていた文子と千代が、ほっとした顔を向けた。


「あらあら、今日は随分すっきりしたお顔で」


 文子が微笑む。


「……ですが、姫様」


 千代が腕を組む。


「無断で抜け出されるのは、やはり問題です」


 次の瞬間、

 説教が始まった。


「わ、わかったわかった!

 もうせん!もうせんから!」


 威厳も何もない声が、夜の城に響く。


 だがその顔は――

 確かに、少しだけ軽くなっていた。

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