月下の偶然、川辺の対話
センジョの店で乾杯の声が上がってから、しばらく。
店内はすっかり熱を帯び、笑い声と酒の匂いが混ざり合っていた。
最も上機嫌だったのは――杉山善徳だった。
「おうおう、いい匂いしてるなぁ。
姉ちゃん、そんな顔されたら男の性が疼いてしまうがいいのか?」
隣に座る整った顔立ちの女性に、やたらと距離を詰める。
完全に出来上がっている。
「隊長……」
向かいの席から、菊池京士郎がやんわりと制止に入った。
「さすがに抑えられては?
このままでは、女性の匂いをつけてお帰りになることになりますが。
奥様に、また叱られるのでは?」
一瞬、善徳の背筋がぴしりと伸びる。
――が、次の瞬間には豪快に笑った。
「はっ!
カミさんが怖くて何が男だ!
文句を言われたら、ガツンと言えばいいんだよ!」
胸を張る。
「英雄色を好む、って言うだろ?」
「……隊長がよろしいのであれば」
京士郎はそれ以上何も言わなかった。
どう転んでも面倒な未来しか見えないことを察しつつ。
その隣では、吉沢夜伽がまったく別の世界にいた。
小皿に盛られた甘味を一つ、口に運ぶ。
ゆっくり噛みしめ、満足げに頷くと、酒を一口。
「……うまい」
隣に座る女性は完全に放置されているが、
それを気にする様子もない。
さらにその隣――。
「お、俺はな……昔から女遊びも相当やってきた遊び人でよ」
烏丸世一が、やけに胸を張っていた。
相手は、猫耳としっぽを持つハーフの女性。
年の頃は世一と同じくらいだろうか。
穏やかな笑顔で、相槌を打っている。
「へぇ、それはすごいにゃ」
にこにこと、目を細める。
「それだけ遊んでて……童貞って、どういうことにゃ?」
「――っ!?」
世一の声が裏返る。
「ど、童貞!?
ちげぇよ! 俺は遊び人だって言ってんだろ!」
「ほんとかにゃ?」
猫の女性は、わざとらしくしっぽを揺らした。
「正直に言ってくれたら、
さっきから気にしてる私のしっぽ、触らせてあげてもいいにゃ」
「……っ!」
世一の視線が、完全にしっぽに釘付けになる。
「ほ、本当に?」
「ほんとにゃ。
だから……真実はどっちにゃ?」
数秒の沈黙。
「……まぁ、経験は、ないかな」
正直すぎる告白だった。
「やっぱりにゃ!」
猫の女性は楽しそうに笑い、
世一が期待に満ちた顔を向けた、その瞬間――
「でも、嘘つきは嫌いだから」
しっぽをすっと引っ込める。
「やっぱり触らせないにゃ」
「――ふざけんな!!」
世一は酒を一気にあおった。
店内の喧騒の中で、
ただ一人、完全に沈んでいたのが――常闇月兎だった。
「おい月兎、俺がついだ酒は飲めるよな?」
「……は、はい……」
それを何度も繰り返され、
すでに視界がぐらついている。
隣に座る、柔らかな雰囲気の女性が心配そうに声をかけた。
「大丈夫?
裏から少し行くと、小さな川があるの。
外の風に当たれば、少し楽になると思うよ」
「……すみません」
月兎は深く頭を下げ、店を後にした。
夜風は、思った以上に心地よかった。
川のせせらぎを辿り、
二人掛けの簡易な椅子を見つける。
「……ここか」
だが――
そこには、すでに先客がいた。
月明かりに照らされ、
静かに川を眺める、後ろ姿が綺麗な女性。
白い髪が、夜に溶けるように揺れている。
「あ、あの……!」
声をかけると、女性は振り向いた。
一瞬、驚いたように目を見開き――すぐに、口元を緩める。
「こんな所で会うとは、奇遇じゃな」
そして、くすりと笑った。
「偶然会ったのなら、それは運命であろう?
……少し、話をせんか」
その声に、月兎は息を呑む。
ずっと、礼を言いたかった。
聞いてみたいことも、山ほどあった。
月兎は、こくりと頷き、
ユキヨの隣に、そっと腰を下ろした。
月と川音だけが、二人を包んでいた。




