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鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
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夕映えの車上、姫の拒絶

夕焼けが沈みゆく頃。

 猪車に揺られ、座しているユキヨの機嫌は目に見えて悪かった。


 御簾の向こうで、付き従う千代が慎重に口を開く。


「姫様……。

 総領府(中央政府)の方々に、あのような物言いは……さすがにまずかったのではございませんか。

 随分とお怒りのご様子でしたし、雪霞に嫌がらせなどされぬかと、少々心配でございます」


 ユキヨは腕を組んだまま、鼻を鳴らす。


「ワラワが、この国のためにどれほど尽くしてきたと思うておる。

 あのような考えの浅い愚か者どもの都合で、この国を壊されてたまるものか」


 ぎろり、と御簾(みす)越しに視線を向ける。


「街に何かしようものなら、ワラワが直々に灸を据えに行く。

 その程度のこと、心配はいらん」


 そして、吐き捨てるように続けた。


「それよりも――

 異国人を大量に引き入れるなど、あってはならんことじゃ」


 千代は困ったように眉を寄せる。


「ですが……異国の文化を取り入れ、

 ハーフたちのように共生する、というお話でしたよね。

 それは、ユキヨ様が定められた《統治八則(とうちはっそく)》にも……」


 指を折り、確かめるように言う。


「第一条。

 ――全種族の生命保護。

 該当するようにも思えますが……」


 ユキヨは、深くため息をついた。


「……はぁ。

 そう見えるかもしれんがの」


 少しだけ声を落とす。


「ワラワの中で、異国人はその対象に含めておらん。

 少人数ならまだしも、大量に一度に受け入れるなど、正気の沙汰ではない」


「……それほど、危険なのでしょうか?」


 千代の問いに、ユキヨは即答した。


「危険じゃ」


「どのように……?」


 ユキヨは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「異国人が住まう広大な土地での、

 人間の八割から九割が、宗教という得体の知れぬ信仰を基に生きておる」


「……信仰、ですか。

 ですが、それは神仏を信じるのと同じでは?」


 千代は首を傾げる。


「この国の人間も、仏様を拝み、神頼みをいたしますし……」


 ユキヨは、首を横に振った。


「そこが違う」


 静かだが、強い否定。


「この国の人間が神仏を拝むのは、“なんとなく”じゃ。

 縋り、願い、忘れる。

 だが異国人は違う」


 声が低くなる。


「本気で信じ、その言葉を絶対とする。

 疑わぬ。譲らぬ。

 だから、危ういのじゃ」


 まだ腑に落ちぬ様子の千代に、ユキヨは例を挙げる。


「例えばじゃ」


 指を一本立てる。


「生きるために動物を殺すことを是とする信仰を持つ者と、

 生きるためであっても、動物を殺すことは絶対に許されぬと信じる者がいるとする」


 千代は、はっとする。


「……対極ですね」


「そうじゃ」


 ユキヨは頷いた。


「その価値観を“絶対”として生きる者同士が、

 同じ街で、同じ暮らしを営めばどうなる?」


「……必ず、どこかで衝突が起きます」


「その通り」


 ユキヨは続ける。


「一人対一人なら、まだよい。

 だが同じ信仰を持つ者同士が同調を求めれば、人数は膨れ上がる。

 やがて――

 大勢対大勢の争いになる」


 遠い記憶を見るように、目を細める。


「必ず起こるとは限らん。

 だが、ワラワが見てきた限り……

 起こらぬ方が、よほど珍しかった」


 千代は息を呑んだ。


「……鎮圧、では……だめなのでしょうか」


 その言葉に、ユキヨは露骨にげんなりした顔をする。


「鎮圧は、できるかもしれん」


 だが、と続ける。


「問題はそこではない。

 戦争の火種を、抱え込むことそのものが問題なのじゃ」


 声に、わずかな苛立ちが混じる。


「やつらは、自らの宗派の言葉を絶対とし、

 こちらにもそれを共有せよと迫る。

 拒めば敵。

 受け入れれば、この国の在り方が壊れる」


 千代の顔が、引きつる。


「治安は崩れ、疑心は蔓延し、

 人もハーフも、再び線を引かれる」


 ユキヨは、静かに言い切った。


「それでも、千代は良しとするか?」


「……いいえ」


 千代は、深く頭を下げた。


 ユキヨは、少しだけ表情を緩める。


「ワラワは、この国が好きじゃ。

 人も、ハーフも、共に笑って生きるこの在り方がな」


 懐かしむように続ける。


「異国にいた頃は、こんな未来があるとは思わなんだ。

 だからこそ――」


 きっぱりと。


「ワラワが生きておる限り、

 この国の在り方を壊すような真似は、絶対にさせん」


「……姫様のお考え、重々承知いたしました」


 千代は微笑み、深く礼をする。


「この千代、生涯、ユキヨ様の御力となるよう尽くします」


 二人は、ふっと笑い合った。


 その直後――


「よし!」


 ユキヨは急に立ち上がる。


「ではワラワ、息抜きに少し出かけてくる。

 遅くならぬよう戻るから、文子にも伝えておいてくれ」


「姫様!?」


 制止する間もなく、

 ユキヨは走る猪車の縁から、ひょいと外へ身を躍らせた。


「姫様! なりません!!

 おい! 止めろ! すぐに止め――」


 千代の叫びも虚しく、

 猪男は鼻息荒く走り続ける。


 夕焼けの中、

 自由すぎる姫の背中だけが、遠ざかっていった。

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