夜の支配人と、街の呼吸
戦いという名の稽古が終わり、四人は訓練の時刻や場所について簡単な確認をしていた。
張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
その時、善徳が腕を組み、にやりと笑った。
「この街で過ごすなら、絶対に行くべき場所がある」
月兎と世一が顔を上げる。
「今のお前たちは――俺たちの部下でもある。そうだな?」
「いや、部下では……」
反論しかけた世一だったが、
“教えを乞う立場”という現実が喉を塞ぐ。
「……はい」
月兎が先に答え、世一も渋々頷いた。
「よし。じゃあ今夜、ある店に付き合ってもらう」
善徳は軽く手を振る。
「金は出す。心配はいらん。
ただし――その場所では、純粋に楽しめ」
待ち合わせの場所と時間だけを告げ、善徳は背を向けた。
その後ろを、吉沢夜伽がついていく。
「……自分が楽しみたいだけだろう」
ぼそりと呟く声は、聞こえた者だけが苦笑する程度だった。
湯あみを終え、月兎と世一は手持ちの中で一番整った服に着替えた。
武器は宿に置き、指定された場所へ向かう。
すでに、善徳、菊池京士郎、夜伽が揃っていた。
「あの……これから、どこに行くんですか?」
月兎の率直な問いに、善徳は口角を上げる。
「綺麗な女たちと酒を酌み交わす、夜の店だ」
世一が一瞬、言葉を失う。
「……は?」
「安心しろ。命のやり取りはない」
善徳は肩をすくめ、歩き出した。
辿り着いたのは、煌びやかな灯りに包まれた建物だった。
看板には、流れるような文字で――**《ヴァリアブル》**と記されている。
入口に立っていたのは、
でっぷりとした腹を揺らしながら、にこやかに笑う男だった。
丸い体躯。
整っているとは言い難い顔立ちだが、どこか愛嬌がある。
「ようこそおいで下さいました」
低く、よく通る声。
「久しぶりですね、善徳さん。
本日は……そちらの見慣れぬお二人の歓迎会、といったところでしょうか?」
男――センジョは、状況を一瞬で把握していた。
「最近は来られなくてな」
善徳が豪快に笑う。
「歓迎会ってのは名目だ。
俺がこの店に来るための口実よ」
「それはそれは」
センジョは目を細め、深く頷く。
「本日は、選りすぐりの子たちを揃えております。
存分に楽しんで下さい――ゲコ」
「……?」
月兎と世一が同時にセンジョを見る。
意味の分からない語尾だったが、他の三人は何も言わず中へ進んでいった。
店内は、柔らかな灯りと音楽に満ちていた。
人。
ハーフ。
さまざまな種族の女性たちが、笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ」
案内された席に腰を下ろすと、
月兎と世一はどこか落ち着かない様子で背筋を伸ばした。
一人ずつ、女性が隣に座る。
酒と甘い香り。
それでも、どこか節度が保たれている空気。
飲み物が行き渡り、善徳がグラスを掲げた。
「一応、歓迎会という名目だが」
視線を、月兎と世一に向ける。
「俺は、お前たちに会いに来ただけだ。
細かいことは気にするな。今宵は――楽しめ」
グラスが鳴る。
乾杯の音が、店内に静かに広がった。
戦場とは違う、
だが確かに“生きている街”の鼓動が、そこにはあった。




