表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
29/33

基礎という名の壁

向かい合う、烏丸世一と吉沢夜伽。


 合図は、なかった。


 先に動いたのは――世一だった。


「っ!」


 腕を振り抜き、暗器を放つ。

 同時に後方へ跳び、距離を取る。


 近づかせない。

 それが、世一の戦い方だった。


 中距離。

 最も自分が力を発揮できる間合い。


 投げ刃、鋼線、仕込み針。

 次々と放たれる攻撃は、相手の動線を潰し、踏み込みを許さない。


 双剣使いである夜伽に、距離を詰めさせないための戦術。


 本来なら――

 相性は、悪くない。


 むしろ、世一が有利なはずだった。


 だが。


 夜伽は、すべてを双剣で弾き落とす。


 無駄がない。

 力も、速さも、最低限。


 攻撃を捌きながら、一定の距離を保ち、

 まるで“待っている”かのように、様子を伺っている。


「……なんだよ、これ」


 世一の額に、汗が滲む。


 距離は取れている。

 攻撃も、通っていないわけじゃない。


 それなのに――


 追い詰められているのは、自分だった。


「くそっ……!」


 暗器を投げても、

 牽制を重ねても、

 “当たる気がしない”。


「隙……?

 そんなもん、あんのかよ……!」


 苛立ちが、声に出る。


 その瞬間だった。


 ――距離が、消えた。


 夜伽が、踏み込む。


 一歩。

 ただ、それだけ。


 気づいた時には、世一の懐にいた。


「――っ!」


 防ごうとした刹那、

 双剣の柄が、世一の鳩尾に叩き込まれる。


 息が、止まる。


 視界が揺れ、

 次の瞬間、地面が背中に迫っていた。


 世一は、倒れていた。


「……」


 夜伽は、見下ろすだけで追撃しない。


「やはり、弱いな」


 淡々とした声。


「戦いの基礎が、なっていない」


 世一は、歯を食いしばる。


「お前の戦い方は、我流だろう?」


 ――図星だった。


「ああ……我流だよ」


 世一は、悔しさを飲み込み、正直に答える。


「誰かに教わったことなんて、ねぇ」


 夜伽は、しばらく世一を見つめてから言った。


「鍛えれば、多少は強くなる」


 冷たい言葉。


「強くなりたいなら、明日から稽古をつけてやる。

 我流を貫くなら――自分で強くなれ」


 突き放すような言い方だった。


 だが、世一は分かっていた。


 月兎の隣に立つためには。

 一緒に戦うためには。


 独りよがりでは、足りない。


「……わかった」


 なんとも言えない表情で、世一は頷いた。


 一方。


 月兎は、世一が先に仕掛けたのを見て、

 自分も覚悟を決め、善徳へと踏み込んだ。


「っ!」


 刀を振るう。


 だが――


 覚醒していない月兎の剣戟は、

 善徳にとって、軽すぎた。


 刃は、いなされる。

 力は、流される。


 まるで、相手にならない。


「……」


 善徳は、しばらく様子を見ていたが、

 やがて、業を煮やしたように動く。


 月兎の刀ごと、吹き飛ばす。


「――力が使えるんだろう?」


 低い声。


「今のままじゃ、何の意味もない」


 善徳の視線が、鋭く突き刺さる。


「俺が見たいのは、

 覚醒した豪凱を倒した――その力だ」


 言葉にしなくても、

 “今のお前じゃない”と、はっきり伝わってくる。


 月兎は、息を整えながら答えた。


「……力の使い方が、分からないんです」


 正直な言葉だった。


「使える時は、本当に必死で……

 頭の中に、声が流れてきて……

 その後、力が出るんです」


 その言葉を聞いた瞬間。


 善徳の口元が、わずかに歪む。


「――面白い」


 一気に、間合いを詰めてくる。


 月兎へ、容赦なく切りかかる。


「っ!」


 月兎は必死に応戦するが、

 圧倒的な力の前に、敗北の未来が脳裏をよぎる。


 ――負ける。


 その瞬間。


 頭の奥で、声が響いた。


 だが。


「……違う」


 月兎は、否定する。


 文次郎の時と同じには、ならない。


 恐怖ではなく。

 焦りでもなく。


 “楽しさ”で、引き寄せる。


 意識が、切り替わる。


 片目だけが、黒く濁る。


 ――半覚醒。


 その瞬間、月兎の剣戟が変わった。


「……ほう」


 善徳の表情から、余裕が消える。


「これが、聞いていた力か」


 数合、打ち合う。


 善徳は、短く息を吐いた。


「流石に、このままだと俺も負けそうだ」


 そう言って、

 刀の柄に埋め込まれた白い小さな水晶へ、声をかける。


闘牙(とうき)

 力を貸してくれ」


 水晶が、淡い青へと変化する。


 同時に、長刀の形状が変わった。


 それまで押されていた攻防が、

 一気に逆転する。


 半覚醒の月兎の攻撃を、

 今度は余裕をもって捌いていく。


 徐々に、月兎は追い詰められ――


 そして、敗れた。


「……」


 地に伏す月兎を見下ろし、

 善徳は、さわやかな笑顔で言った。


「面白い力だ」


 そして、続ける。


「だが、戦い方がまだ幼い。

 基礎から学べ」


 長刀を肩に担ぎ、


「稽古をつけてやる。

 その力を、百パーセント引き出せるようにな」


 月兎は、悔しさを噛み締めながらも、顔を上げた。


 ――強くなれる。


 その確信が、胸にあった。


「はい!」


 力強く、答える。


「お願いします!」


 その声に、

 善徳は、満足そうに頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ