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鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
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それぞれの居場所

月兎、亜華巴、世一、蓮の四人は、

 治療院を後にすると、その足で依頼の達成報告に向かった。


 辿り着いたのは、相変わらずの――

 今にも崩れそうな、あばら家同然のボロ屋。


「……本当にここで合ってるのよね」


 蓮が呆れたように呟きつつ、戸を叩く。


「入れ」


 中から、ぶっきらぼうな声。


 中では、例の老爺がいつものように腰を下ろしていた。

 蓮が手短に依頼の内容と結果を伝えると、老爺は小さく頷き、無言で袋を差し出す。


 ずしり、と重い。


「これが、あんたたちの取り分だ」


 月兎が受け取ると、確かな重みが手に伝わった。


「また来るだろう。

 ……あの子たちもな」


 老爺はそう言って、軽く手を振る。


 深い意味を含ませるでもなく、

 ただ、いつもの調子だった。


 四人が外へ出ると――


「やはり、ここだったか」


 聞き覚えのある声。


 先に妖狐と共に、ユキヨや隊長への報告へ向かっていた京士郎が、

 建物の影から姿を現した。


「ここで立ち話というのも何だ。

 一度、茶屋にでも入ろう」


 話すべきことは、短く済む内容ではない。


 一行は、近くの茶屋へと向かった。


 席につき、甘味と飲み物を注文すると、

 京士郎が本題を切り出す。


「蓮の様子を見る限り、正太は大丈夫なのだろう。

 滞在費を含めた報酬も受け取ったようだし――」


 視線を、月兎、亜華巴、世一へ向ける。


「君たちが、今後どうするつもりなのかを聞かせてほしい」


 一番最初に口を開いたのは、亜華巴だった。


「私は……あの治療院で働きたいと思います」


 即答だった。


 京士郎は一瞬だけ蓮に視線を向け、

 蓮が簡単に事情を説明する。


 亜華巴は、少し言いづらそうに続けた。


「ただ……姉を探しているので、

 この街に留まっていいのか、少し迷っています」


 本心からの言葉だった。


「姉?」


 京士郎が反応する。


「ああ、二年前から行方が分からなくなったという彼女か」


 旅の途中で聞いていた話だ。


 蓮が、軽い調子で口を挟む。


「それなら、なおさらあの医者のところにいた方がいいんじゃない?」


「どういうことですか?」


「この街、いろんな人種が集まるでしょ。

 あの医者、異国人とも関わりがあるみたいだし」


 その言葉に、

 “街の医者が絡んでいる”と口にしていたタケルノの言葉が、

 京士郎の脳裏をよぎる。


「そうだな」


 京士郎も頷いた。


「近くにいてくれれば、こちらも情報を拾いやすい。

 こちらの都合に付き合ってもらう場面も出てくるだろうが……

 悪い選択ではない」


 旅の中で、手がかりは何一つ得られなかった。

 この街に留まることが、今は最善だ。


 亜華巴は、小さく息を吐き、決意する。


「……ここに、残ります」


 話題は、月兎へ移る。


「俺は、依頼をこなしながら滞在者として留まろうと思います」


 月兎は、迷いなく言った。


「何をやるべきかは、まだはっきりしない。

 でも、その答えは――ここにある気がするから」


 最後に、世一。


「俺も月兎と同じだ」


 ぶっきらぼうに言い切る。


「……住人登録だけは、絶対しねぇけどな」


「またそれ?」


 蓮が呆れたように言う。


「なんでそんなに嫌がるのよ。

 登録なんて、街を移る時にちょっと面倒なだけじゃない」


 世一は、一瞬だけ視線を逸らした。


「……母上に見つかった時のこと考えると、

 自分の居場所が分かるようなことはしたくねぇだけだ」


 その場の空気が、少しだけ和らぐ。


 事情を知っている一同は、納得したように頷くが――

 京士郎だけが、首を傾げた。


「なぜ、母親だけなんだ?

 家族ではなく、“母親”に見つかりたくないように聞こえるが」


 世一は、露骨に嫌そうな顔をした。


「……母上はな」


 短く、簡潔に語る。


「他の家族と違って、

 武の道に進む俺のことを応援してくれてた」


 一拍。


「……ただ、愛情が重すぎるんだよ」


「それの何が問題なのよ?」


 蓮が首を傾げる。


 世一は、溜息をついた。


「この街に俺がいるって知ったら、必ず来る。

 で、俺が住人登録してるって分かったら、

 母上も迷いなく登録する」


「……ああ」


「そしたら、家族からの非難が全部俺に向く。

 面倒なことになるのが、目に見えてる」


 一瞬の沈黙。


 そして――


「あははははっ!」


 最初に吹き出したのは、蓮だった。


「なにそれ!

 随分、可愛い理由じゃない!」


 つられて、場の空気が一気に緩む。


 世一は顔をしかめつつも、

 どこか肩の力を抜いたようだった。


 それぞれが選んだ、今の居場所。


 雪霞という街は、

 少しずつ、彼らを受け入れ始めていた。

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