白衣の奥で脈打つ違和感
亜華巴の治癒の光が消えても、
正太の呼吸は荒いままだった。
「……くそ、軽くなりはしたが……」
京士郎は歯を食いしばり、
正太を背負い直す。
「急ぐぞ。この街で一番の医師のところだ」
人の姿に戻った妖狐がすぐ後ろにつき、
蓮は先行して走り出していた。
少し遅れて、月兎と世一が続く。
雪霞の中でも、
ひときわ整えられた建物。
蓮は扉を乱暴に開け放ち、
中にいた男へと一気に言葉を投げた。
「先生!
外周で不審者と交戦、こちらが重傷!
治療したけど、容体が安定しない!」
白衣の男――
“津田慧一郎”は、
掛け違えたボタンのまま、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は穏やかで、
どこか現実感が薄い。
そこへ、正太を背負った京士郎が駆け込む。
「先生!
治癒をほどこしたが、まだ息が荒い!
すぐ診てもらえないか!」
一瞬――
慧一郎の眉が、ほんのわずかに動いた。
「……治癒?」
首を傾げる。
「それは、どういう意味でしょう?」
「彼女が施す癒しの力だ!」
京士郎は即座に答え、亜華巴へ視線を向ける。
慧一郎は、何かを測るように亜華巴を見つめた。
その視線は、
好奇心と――
理解不能なものを見る目。
「……後で、詳しく話を聞かせてください」
淡々と告げる。
「君は、ここに残っているように」
「……わかりました」
亜華巴は、静かに頷いた。
「千冬くん」
慧一郎が声をかける。
すぐ傍に立っていた女性が、一歩前に出た。
千冬。
整えられた黒髪のボブ。
表情は乏しく、冷たい印象を与える美しい顔立ち。
慧一郎の助手であり、
有能で、無駄がない。
「彼を別室へ案内してくれ。
僕もすぐ向かう」
千冬はこくりと頷き、
京士郎へと視線を向ける。
「こちらへ」
短く、それだけ。
京士郎は従い、
正太を背負ったまま別室へと消えていった。
慧一郎は必要な器具を手早く揃えながら、
ちらりと亜華巴を見やる。
何かを言いかけるようで、
だが何も言わず、別室へ向かった。
入れ替わるように、
世一と月兎が中へ入ってくる。
「妖狐、何があったの?」
蓮が、壁に寄りかかる妖狐へ問いかける。
「外で待ち伏せや。
想像以上に、やばい連中やった」
妖狐は簡潔に答え、
正太がどうなったかを短く説明する。
情報が共有され、
沈黙が落ちた。
「……あいつ、大丈夫なのか?」
世一がぽつりと呟く。
「傷も相当だった。
亜華巴の治癒でも変わらないって……
相当だろ」
その言葉に、蓮は即答した。
「問題ないわ」
断言。
「あの人に任せておけば、
病人が“人であれば”死なない」
「……人であれば、な」
世一は、わずかに眉をひそめる。
その言葉の棘に、
亜華巴は何も言えなかった。
――それよりも。
先ほど、慧一郎に向けられた視線。
自分を“治す対象”ではなく、
“仕組み”として見ていたような、あの目。
胸の奥に、
言葉にできない違和感が残っていた。




