歪む美と、白晶の咆哮
跨王が形を変えた瞬間、
正太の腕に、今までにない重みが伝わった。
「――っ!」
踏み込み、再び刀を振り下ろす。
先ほどと同じ動き。
だが――
衝撃が、違った。
金属と金属がぶつかる音が、空気を震わせる。
受け止めた男の腕が、わずかに沈む。
「……はは」
男は、明確に笑みを深めた。
「さっきとは、別物だな」
払うだけだった剣戟は、
今度は真正面から打ち合いへと変わる。
重い。
速い。
だが――正太は、食らいついた。
跨王が応えるたび、
刀は意思を持つかのように正太の動きを導く。
「くっ……!」
だが、それでも。
男の剣戟は、なおも一段上だった。
横から、妖狐が長剣を携えて踏み込む。
「正太はん、下がり!」
金色の髪が翻り、
鋭い斬撃が男へと走る。
――しかし。
男は、視線を向けるだけでそれを弾いた。
「二人がかりでも、この程度か」
楽しげではあるが、
どこか退屈そうな声。
「少しは楽しくなったが……
その程度では、遊びにもならん」
その言葉が、正太の胸を刺す。
悔しさに歯を食いしばり、再び斬りかかる。
だが、あっさりと弾かれ、地面を滑る。
――戦力差。
妖狐は、即座に理解した。
「……正太はん」
声が、低くなる。
「ここは、わっちが食い止めますえ。
隊長はんを呼んできてくれなんし」
「で、でも……!」
「わっちらの手に負える相手やありまへん」
正確な判断。
冷静な撤退判断。
正太は、唇を噛みしめた。
――逃げるのか。
――任せるのか。
その葛藤を断ち切るように、
横から声が割り込んだ。
「楽しそうな事、してるじゃない」
低く、ねっとりとした女の声。
現れたのは――
オオショウ。
背丈があり、筋肉のついた体躯。
スタイルは異様なほど整っているが、
顔立ちは歪み、不揃いで、どこか醜悪。
大きな斧を肩に担ぎ、
妖狐を舐め回すように見つめる。
「そっちの女……
私の玩具に、ちょうどいいわ」
妖狐は、舌打ちを一つ。
「……趣味の悪い事言わはりますなぁ」
男は、興味なさそうに言った。
「遊んでいただけだ。
まだ時間はある。やりたいなら、好きにしろ」
オオショウは、愉快そうに笑う。
「いいねぇ。
あんたの相手はしてあげるから……かかってきな」
悪手だと、分かっていた。
だが――
妖狐は、あえてその言葉に乗った。
「後悔しなはんなや」
長剣を構え、
オオショウへと斬りかかる。
「妖狐さん!!」
正太が叫ぶ。
だが――
その瞬間、男の剣が再び迫る。
正太は、防ぐだけで精一杯だった。
視界の端で――
妖狐とオオショウが激突する。
圧倒的だった。
斧の一撃一撃が、重い。
妖狐は弾かれ、地を転がる。
「キレイな顔してても、力がなきゃこの様よ」
オオショウは、心底楽しそうに笑う。
「その顔が歪んで、
『助けて』って懇願する様が……
楽しみで仕方ないわ!」
斧が、振り下ろされる。
――その時。
妖狐は、決めた。
「……しゃあないなぁ」
軽口を叩くように呟き、
その身を、解放する。
耳が尖り、
瞳が獣のそれへと変わる。
狐の様相を帯びた人の姿。
妖狐は、長剣の柄に埋め込まれた水晶へ囁いた。
「修羅よ。
力を、貸してくれろ」
水晶が、青く光る。
剣の形が変わり、
刃は凶暴な美しさを帯びた。
「な……っ!?」
オオショウが、目を見開く。
「雪妃衆は人だけの集団でしょ!?
その姿は……何よ!!」
だが、妖狐は答えない。
修羅の力と、本来の力が重なり、
オオショウを一気に追い詰める。
勝敗は、見えた――
その瞬間。
「そこまでだ」
もう一人の男が現れた。
風貌は地味。
だが、纏う気配は、重い。
妖狐は、わずかに戸惑いながらも斬りかかる。
――だが、二対一。
さすがに分が悪かった。
刃を弾かれ、
妖狐は膝をつく。
「……ちっ」
その男は、淡々と告げる。
「依頼は終わった」
オオショウと共に、
正太と戦っている男の元へ向かう。
妖狐は、ふらつきながら正太の元へ走った。
「……正太はん……!」
そこには――
死んでいるかのように倒れた正太の姿。
三人が合流し、
オオショウが振り返る。
「次は……
その顔を、もっと歪めてあげるわ」
嘲るように言い捨て、
二人は去っていった。
妖狐は、正太を抱きかかえる。
街へ戻ろうとした、その時――
「――妖狐!正太!!」
蓮の声。
駆け寄る影。
亜華巴が膝をつき、即座に治癒を施す。
淡い光が、正太を包み込む。
雪霞は、まだ守られている。
だが――
確実に、狙われ始めていた。




