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鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
19/25

半覚醒――楽しむための剣

月兎は、深く息を吸い込んだ。


 恐怖は、消えていない。

 だが、それ以上に――胸の奥で、静かな熱が灯っていた。


「行きます」


 そう告げるより早く、月兎は地を蹴った。


 一直線。

 迷いを削ぎ落とした踏み込みから、刀を大きく振り下ろす。


 ――ガンッ!!


 乾いた金属音が、森に響いた。


「いい!」


 豪凱は、楽しそうに笑ったまま、

 その一撃を片手で受け止めていた。


 大剣の腹で、月兎の刀を受け、勢いを殺す。


「覚悟がある。

 だが――まだ軽いな!」


 次の瞬間、豪凱の番だ。


 大剣が、唸りを上げて振り下ろされる。


 月兎は防ごうとするが、

 重い。


 ただの重さではない。

 圧だ。


 受け止めた瞬間、腕が悲鳴を上げ、

 足が地面にめり込む。


「――っ!」


 衝撃に耐えきれず、月兎の身体が弾かれる。


 だが、倒れない。


 すぐに立ち上がり、再び踏み込む。


 斬る。

 受け止められる。

 押し返される。


 その繰り返し。


 豪凱の大剣は、

 月兎の自由を、少しずつ奪っていった。


 受け止めれば、腕が痺れる。

 避ければ、地面が割れる。


 力量の差は、明らかだった。


 それでも――


「まだだ!」


 月兎は、何度も立ち向かう。


 だが、あっさりと止められ、

 豪凱の大剣の重みだけが、全身にのしかかる。


 息が荒くなる。


 視界の端が、揺らぐ。


 その時――

 頭の奥で、声が響いた。


 ――委ねろ。

 ――解き放て。

 ――すべてを、壊せ。


 あの感覚。


 血が、熱を持つ。


 このまま身を任せれば、

 あの時のように――


「……違う」


 月兎は、歯を食いしばった。


 目の前にいる男を、見る。


 豪凱は、笑っていた。

 心から、戦いを楽しんでいる顔で。


 そして、脳裏に浮かぶ。

 村で拳を交えていた鬼たち。

 豪快な笑い声。

 戦いを、日常として受け入れていた姿。


「……楽しむんだ」


 呟くように、言葉を落とす。


「壊すためじゃない。

 生きるために、楽しむ」


 意識を、強く引き戻す。


 力に、呑まれない。

 力を、選ぶ。


 次の瞬間――

 月兎の視界が、変わった。


 両目が闇に覆われることはない。


 片目だけが、黒く濁る。

 もう片方の目は、

 確かに、自分自身の茶色のままだった。


「……ほう」


 豪凱が、口角を上げる。


「それだ」


 強者と交わる喜びに、

 豪凱の笑みが、さらに深くなる。


 月兎は、再び踏み込んだ。


 今度は――違う。


 大剣の軌道が、読める。

 重みの“前”が、分かる。


 受け止めず、逸らす。

 逸らして、斬る。


 刃が、豪凱の肩をかすめる。


「はははっ!」


 豪凱は、痛みすら楽しむように笑った。


 剣と剣が、真正面からぶつかり合う。


 地面が抉れ、

 木々が揺れる。


 月兎の呼吸は荒い。

 それでも、意識は澄んでいた。


 楽しさが、恐怖を上回っていく。


 最後の一合。


 月兎は、全身の力を込めて踏み込み、

 刀を振り抜いた。


 ――ガァン!!


 豪凱の大剣が、弾かれる。


 その隙を逃さず、

 月兎は豪凱を地面へと叩き伏せた。


 重い音。


 豪凱は、倒れたまま、天を仰ぐ。


 月兎は、刀を構えたまま、見下ろしていた。


「……負けた」


 豪凱は、すっきりとした表情で言う。


「潔く殺せ。

 言った通りだ。殺されても、お前を恨むことはない」


 月兎は、しばらく黙っていた。


 そして――

 刀を、ゆっくりと下ろす。


「まだ……一勝一敗です」


 豪凱が、目を細める。


「次で、決着をつけましょう」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、

 豪凱は腹の底から笑った。


「ははははは!!

 いい! 実にいい!!」


 立ち上がり、背を向ける。


「次は、もっと面白くなるな。

 楽しみにしているぞ、月兎!」


 そう言い残し、

 豪凱は、戦場を後にした。


 月兎は、その背中を見送りながら、

 胸の奥に残る鼓動を、確かに感じていた。


 ――戦いは、恐れるだけのものじゃない。


 初めて、そう思えた瞬間だった。

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