剣の間に残る名
金属音が、森に鋭く響いていた。
京士郎の大振りの刀が、
タケルノの西洋剣と正面からぶつかる。
刃と刃が噛み合い、火花が散る。
その背後から、空気を裂く音。
――ヒュン。
放たれた矢が、京士郎の脇をかすめて地面に突き刺さる。
「ちっ……!」
蓮は距離を詰めようと踏み込むが、
そのたびに、コハクはふわりと後退し、一定の間合いを保ったまま弓を引く。
「近づかせる気、ないってわけね……!」
苛立ちを滲ませる蓮に、
コハクは何も言わず、ただ矢を番え直す。
一方――
「私たちは、非道なことはしていない!」
京士郎は、タケルノの剣を受け止めながら声を張る。
「誤解だ! 剣を下ろせ!」
だが、タケルノは淡々と攻撃を続ける。
感情は見えない。ただ、焦りだけが、剣の重さに滲んでいた。
幾度目かの鍔迫り合い。
剣と剣が強く噛み合い、距離が一気に縮まる。
その瞬間――
タケルノは、低く、ほとんど息のような声で問いかけた。
「……ヨシノ」
京士郎の眉が、わずかに動く。
「ウグイスと人のハーフ。
緑がかった茶色の長い髪……本当に、見覚えはないか?」
京士郎も、同じく小さな声で答える。
「……ない」
嘘ではない。
その事実が、声に滲む。
「雪霞にいる医者が絡んでいるとも聞いている」
タケルノの声に、わずかな揺れが生じる。
「……それでも、知らないのか?」
「知らない」
京士郎は、ただそれだけを繰り返した。
その言葉が届いたのか、
交錯していた剣に込められる力が、ほんのわずかに弱まる。
タケルノは、短く息を吐いた。
「……アシナガ」
視線を、森の奥へ向ける。
「槍を構えている男だ。
情報を伝達する能力を持っている」
京士郎は、すぐに理解した。
「この戦いも、あの方へ伝わっている」
タケルノは続ける。
「任務に背けば、状況はさらに悪くなる。
……だが、このままでは何も分からない」
一瞬、視線がコハクへ向く。
「合図を送る。
戦いながら、あの茂みの奥へついてきてくれないか?」
次の瞬間――
剣と剣が激しくぶつかり合い、互いに後方へ跳ねる。
タケルノは、一瞬だけコハクを見た。
そして、剣を構えたまま、
蓮と対峙するコハクの方へ向かっていく。
「……っ!」
京士郎は、すぐに察した。
「蓮! そっちに行った、気をつけろ!」
大声と共に、京士郎もその後を追う。
戦いの熱を保ったまま、
四人は自然な流れで森の奥へと移動していった。
やがて――
アシナガの視線が届かない、深い茂みの中。
タケルノは、剣を収めた。
京士郎も、それに倣う。
「……何してんの!?」
追いついた蓮が、驚きの声を上げる。
だが、コハクもまた弓を下ろし、
ゆっくりと二人の元へ歩み寄った。
簡潔に事情が伝えられる。
タケルノは、低く言った。
「調べた結果がある。
……雪霞の近くにある、とある場所だ」
地名を、口頭で伝える。
「調査には時間がかかる。
一週間後、そこで落ち合おう」
京士郎は、短く頷いた。
「分かった」
タケルノは、少し間を置いて続ける。
「ここで時間を稼ぐ。
……コハクが負傷したことにする」
コハクは、一瞬だけ目を伏せ、
小さく頷いた。
「……了解」
こうして――
戦いは、終わった。
剣を交えたまま、
互いの疑念を完全には晴らせぬまま。
それでも、
同じ名を探す者たちの間に、一本の細い線が結ばれた。




