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鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
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奪われた糧と、歪められた憎しみ

雪霞(せっか)へと続く山道は、思った以上に静かだった。

 だが、月兎たち五人の間に流れる空気は、穏やかとは言い難い。


 にこやかに歩くどころか、足取りは重く、言葉も少ない。

 原因は単純だった。


 ――食料。


 道中、数少ない小さな村で用意した食べ物を、森の中で用を足すために少し目を離した隙に、猿に奪われたのだ。


「……だから言ったでしょ。目を離すなって」


 蓮が、苛立ちを隠さず吐き捨てる。


「猿なんてどこにでもいるんだからさ」


「仕方ないだろう」


 京士郎が、悪びれもせず肩をすくめる。


「雪霞に着いたら飯くらい奢る。これでいいだろ」


「反省してない顔で言うな!」


 蓮が即座に噛みつく。


 京士郎は面倒そうに視線を逸らし、隣を歩く亜華巴に話を振った。


「なあ、亜華巴。

 飯なんて、その辺に落ちてる木の実とかキノコ食えばいいだけだろ?」


 突然話を振られ、亜華巴は少し困ったように微笑む。


「私は……何でも食べられるから大丈夫ですけど」


 言葉を選びながら続ける。


「でも、さっきの村には珍しい食べ物もありましたし……

 普通の人は、木の実だけで済ませないんじゃないでしょうか……」


「ほら見なさい!」


 蓮が京士郎を指差す。


 すると、京士郎が顎に手を当て、真面目な顔で頷いた。


「ふむ。

 このような事態に備え、何でも食べられる訓練を取り入れるべきだな。

 隊長に進言する価値はある」


「……あほ!」


 蓮の容赦ない蹴りが京士郎の脛に入る。


「反省しろって言ってんの!」


「い、痛っ……合理的な提案だと思ったのだが……」


 そんなやり取りの最中――

 月兎は、ふと足を止めた。


「……来る」


 低い声。


 次の瞬間、森の空気が変わる。


 ざわり、と茂みが揺れ、

 少し先の影の中から、五つの気配が姿を現した。


 ヌル兵衛。

 アシナガ。

 豪凱(ごうがい)

 タケルノ。

 コハク。


 豪凱が口を開こうとした、その時――

 前に出たのは、ヌル兵衛だった。


「今日は確実に殺してやるからな!!」


 怒号が森に響く。


「同胞の恨み、晴らさせてもらう!!」


 剣幕は凄まじく、

 その眼には、抑えきれぬ憎悪が宿っていた。


 五人は一斉に構える。


 だが、世一だけは、納得していない顔で一歩前に出た。


「同胞の恨み、ね」


 冷めた声。


「でもよ。

 なんで俺たちなんだ?

 ウナギなんて誰でも食ってるだろ」


 ヌル兵衛の眉がぴくりと動く。


「それに前に言ってたよな。

 “こっちに来るな”って」


 世一は月兎を一瞥する。


「月兎の、あの状態の事……知ってるのか?」


 一瞬、空気が止まった。


 だが次の瞬間、ヌル兵衛は逆上したように叫ぶ。


「あの方が言っていた!!

 同胞を食らう人間を作り、悪戯に遊んで殺しているとな!!」


 指を突きつける。


「それにだ!

 この二人の知り合いの女を攫ったのも――

 後ろの二人が所属する隊が、秘密裏にやってる

 “ハーフを国の外に売り渡す密売”が絡んでるんだろうが!!」


 怒号は、京士郎と蓮にも向けられた。


 タケルノとコハクの探しているハーフの女。

 その原因が、雪妃衆にあると断じる。


「……ええっ!?」


 蓮が思わず声を上げる。


「そんな話、聞いた事もない!」


「身に覚えがなさすぎるな」


 京士郎も、低く否定する。


「騙されている可能性が高い。

 誰かに、意図的に歪められた情報を与えられている」


「勘違いで絡まれるとか、ほんと面倒くせぇ」


 世一が吐き捨てる。


「で、あの状態はなんなんだ?」


 月兎の“覚醒”を指して問う。


 ヌル兵衛は、歯を食いしばりながら答えた。


「……一度、見た事がある」


 声が、少しだけ低くなる。


「鬼の血を飲まされた人間をな」


 月兎を見る。


「そこのガキとは違ったが……

 血を飲んだ瞬間、雰囲気が変わる。

 あれと、そっくりだった」


 拳を握りしめる。


「尋常じゃない力で暴れ回って……

 暴れ切った後、糸が切れたみたいに死んじまった」


 一瞬の沈黙。


「あの時は言うべきじゃなかった。

 ……つい、口を滑らせただけだ」


 吐き捨てるように続ける。


「殺す相手に、同情なんて感情は持ち合わせてねえ」


 だが、その言葉の端々には――

 確かに、人情が滲んでいた。


 五人は、戦意が削がれていくのを感じる。


 だが、ヌル兵衛は全てを吐き出した後、

 覚悟を決めたように叫ぶ。


「……だからだ!!」


 勢いよく、突撃。


 世一が即座に暗器を投げ、何度も防ぎ、弾き返す。


 だが――

 それ以上、攻める事はできなかった。


 この戦いは、

 ただの敵対ではない。


 歪められた真実と、

 誰かの意図が絡み合った――

 避けられぬ衝突の始まりだった。

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