巫女の御前、灯火の下で
冷たい感触が、背中にじわりと広がった。
「……っ」
月兎は、ぼんやりと瞼を開ける。
石か、木か、判別のつかない床の冷たさ。
鼻をくすぐる蝋の匂いと、聞き慣れた微かな声。
次の瞬間、意識が一気に浮上した。
「――っ!」
勢いよく身体を起こす。
「月兎!」
すぐそばで、亜華巴が安堵したように声を上げた。
薄緑の瞳が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
その隣では、世一が腕を組み、険しい表情のまま視線を逸らしていた。
周囲を見渡す。
ろうそくの火が何本も灯された、暗く広い部屋。
壁は古く、だが不思議と清浄な空気が満ちている。
そこにいるのは――自分と旅をしている四人。
そして、少し離れた場所。
薄い暗幕の奥に、小さな影が鎮座していた。
その傍らには、背の曲がった好々爺然とした老人が立ち、穏やかな目でこちらを見ている。
「ここは……?」
月兎は喉を鳴らし、記憶を辿る。
「俺、あの鬼の子に……倒されたのか」
その言葉に、亜華巴が一歩前に出た。
「ええ。無理をしすぎです。
あのままなら……よくない状態になっていました」
世一も低く続ける。
「血の気が変わりかけていた。
あれ以上進めば、戻れなかったかもしれない」
月兎は、思わず拳を握った。
――あの時、確かに“何か”が目覚めかけていた。
その時。
「……コホン」
乾いた咳払いが、場の空気を切り替えた。
「もういいか?」
京士郎が一歩前に出る。
「巫女様の御前だ。
話はそこまでにして、姿勢を正せ」
その声に、空気が引き締まる。
京士郎と蓮に倣い、
月兎、世一、亜華巴も背筋を伸ばす。
暗幕の奥から、幼い声が響いた。
「――依頼の品、確かに確認した」
小さな影が、静かに言葉を紡ぐ。
「また、頼むことがあるやもしれぬ。
その際には、そなたらに一任するかもしれん。
……よろしく頼む」
幼い声。
だが、その言葉には揺るぎのない重みがあった。
「「承知いたしました」」
京士郎と蓮が、同時に頭を下げる。
一連のやり取りが終わると、巫女様は少し間を置き、続けた。
「折角、こんな山奥まで来てくれたのだ。
特別に――そなたらの事を見てしんぜよう」
そして、横に立つ老人へ声をかける。
「嘉兵衛。
水晶を、ここに」
……返事がない。
老人は、にこにこと笑っているだけだった。
「嘉兵衛?」
反応なし。
「嘉兵衛、嘉兵衛!」
それでも、にこにこ。
「……もうっ!
おじいさまっ!」
「おお」
ようやく、老人が顔を上げた。
「最近は耳が遠くなりましてのぉ。
よく聞き取れませんでしたわい。
すぐに持ってきましょう」
「はぁ……」
巫女様は小さく肩を落とす。
「おじいさまって呼ばないと無視するんだから……」
先ほどまでの威厳はどこへやら。
そこには、年相応の拗ねた少女と、好々爺の微笑ましい日常があった。
――と。
人の視線を思い出したのか、巫女様は慌てて姿勢を正す。
嘉兵衛が、透明で高価そうな水晶を両手で差し出した。
淡く光を反射するその水晶は、ただならぬ気配を放っている。
「これから、そなたらを見る」
巫女様は静かに告げる。
「一人ずつ、そこへ座るがよい」
気づけば、巫女様の少し前に、
先ほどまでなかった丸い藁のクッションが置かれていた。
月兎は、その意味を理解し、息を整える。
――ここから先は、
もう“ただの依頼”ではない。
そう、直感していた。




