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鬼ガシマ  作者: Toru_Yuno
1/41

雨音と祭りの火

ざあざあと、世界を洗い流すような雨が降っていた。



 川は濁流となり、黒い水面が絶え間なくうねっている。


 その岸辺に、ひとりの少年が立っていた。



 まだ十代の半ばほど。


 痩せた肩を震わせながら、少年は雨に打たれている。


 顔に貼りついた髪の隙間からのぞく瞳だけが、妙に印象的だった。



 ――真っ黒。



 光も色も、感情の気配すら飲み込んでしまったような、底なしの黒。



「おい! 何をしている!」



 背後から怒鳴り声が飛ぶ。


 男が駆け寄りながら、少年の肩を乱暴に掴んだ。



「訓練はどうした、月兎!」



 呼ばれた名に、少年はゆっくりと振り向く。


 その瞳が男を射抜いた瞬間、男は一瞬だけ息を呑んだ。



 そこには、生の気配がなかった。



 怒りも、恐怖も、悲しみも。


 何も映さない、空洞のような黒だけが、静かにたゆたっている。



 ――雨の音が、遠くなった。



 次の瞬間、景色はふっと白くかすみ、ほどけるように消えてゆく。



     ◇



 硬い布の感触が頬を打った。



「……っ」



 月兎は目を開けた。視界いっぱいに低い天井と、薄い布団。


 さっきまでの濁流も、少年の瞳も、もうどこにもない。



 夢――だったのだろうか。



 胸の奥に、何か重たいものが沈殿している。


 けれど、それが何なのか思い出そうとする前に、部屋の戸が勢いよく開いた。



「時間だ。起きろ、月兎!」



 年配の隊士が顔を突っ込んで怒鳴る。


 警備隊見習いたちの朝練の時間だ。



「……はいっ!」



 月兎は慌てて返事をし、布団から飛び起きた。



     ◇



 朝霧の残る、城下の鍛錬場。



 掛け声と共に木刀と木刀が打ち合わされ、


 土煙の上に、白い息が幾筋も立ち昇っていた。



 月兎の木刀は、何度も何度も弾き飛ばされた。


 腕は痺れ、掌の皮が破れ、息はとっくに上がっている。



「おい月兎、またよろけてるぞ!」



「腰が甘いんだよ、腰が!」



 同じ見習いたちの笑い混じりの声が飛んでくる。


 月兎は「すみません」と小さく答え、木刀を拾い直した。



 強くなりたい。


 そう願えば願うほど、それが遠のいていく気がする。



 ――守れなかった、あの日のことを思い出さないようにしながら。



     ◇



「おや、月兎じゃないかい。今日もよく泥だらけになって」



 朝練を終えた月兎が汗まみれの衣を抱えて洗濯場に行くと、


 恰幅のいい洗濯係の女が、桶から手を離して笑いかけてきた。



「すみません、いつも……」



「謝るひまがあったら、早く脱いじまいな。はい、そこに置いて」



 月兎は言われたとおり衣を差し出す。


 女は手際よく受け取り、桶に放り込んだ。



 ふと、空いた隅の作業台に視線が止まる。



 ――そこには、以前まで小さな影があったはずだ。



 人と鬼の血を引いた少女。


 痩せぎすで、いつも肩をすぼめていたカズサ。



 今は、そこに誰もいない。



 月兎の胸に、冷たい何かが走る。


 無意識のうちに拳を握りしめていた。



 その様子に気づいたのか、洗濯係の女はため息をつき、


 少しだけ柔らかい声で言った。



「あんたのせいじゃないよ」



「……え?」



「カズサのことさ。あの子が、ああなったのは」


「……」



「世間が、鬼の血を怖がりすぎるのが悪いんだ。


 あの子を庇ったからって、あんたまで責められる筋合いはないよ」



 優しい言葉。


 けれど、月兎の胸の痛みは少しも和らがなかった。



 ――あの時、止められなかった。


 ――助けられなかった。



 カズサが暴力を受けているのを見ながら、


 自分の足がすくんで動かなかったこと。


 その後、彼女が誰かを庇って斬られて死んだこと。



 思い出すたび、喉の奥が焼けるように苦しくなる。



「……俺が、もっと強かったら」



 思わずこぼれた独り言を、洗濯係の女は聞き取ったのか聞き取らなかったのか、


 曖昧な笑みだけを浮かべていた。



 そのとき。



「どけよ、役立たず」



 背後から冷たい声が落ちてきた。


 肩を押され、月兎はよろめいて脇に退く。



 櫻田文次郎(さくらだもんじろう)


 同じ警備隊の見習いで、家柄だけは立派な男だ。



 文次郎は月兎を睨みつけ、濡れた衣を女に放り投げる。



「こいつに構うだけ時間の無駄だぜ、おばさん。


 鬼の血なんか庇うから、あんな悲劇が起きるんだ」



 言い捨てると、鼻で笑い、背を向ける。


 月兎は何も言い返せなかった。



 喉元まで込み上げてきた言葉は、またしても飲み込まれる。



     ◇



 その日の昼前、警備隊の詰所には人が溢れていた。



「いいか! 今日は町の一大イベントだ!」



 隊長が腹の底から声を張り上げる。


 脇には祭り用の提灯が積まれ、外からは屋台を組み立てる音が響いてくる。



「祭りの日は浮かれた奴も、酔っぱらいも増える。


 喧嘩も盗みも出る。俺たちの仕事は祭りを“無事に終わらせる”ことだ。


 目を皿にして、火の元と揉め事を見張れ!」



「はい!」



 見習いたちは一斉に声を揃えた。


 号令と共に、各々持ち場へと駆け出していく。



 月兎も胸の鼓動を早めながら走り出した。


 その横を、文次郎が追い越していく。



「足ぃ遅いぞ、月兎。邪魔だから前に出んなよ?」



 軽く肩がぶつかる。


 馬鹿にした笑みを残して、文次郎は先へ駆けて行った。



 月兎は、ただ小さく息を吐くしかない。



     ◇



 町の中心部は、すでに祭りの色に染まっていた。



 紅白の布が張られ、露店が連なり、


 焼けた肉と甘い蜜の香りが入り混じる。


 子どもの笑い声、三味線の音、遠くから聞こえる太鼓。



 いつもは灰色がかった城下町が、今日だけは鮮やかな色に満ちている。



 月兎が見回りのため通りを歩いていると、


 背後から「どけどけー!」という叫び声が響いた。



 振り返ると、土煙を上げながら巨大な車輪が迫ってくる。



「熊車だ! 道を空けろ!」



 熊の混血が縄を引く、多人数乗りの熊車が猛スピードで突っ込んでくる。


 そのすぐ後ろには、負けじと猪車が並んでいた。



「うわっ!」



 月兎は慌てて脇に跳ね退く。


 熊車と猪車は、互いに罵声を飛ばしながら通り過ぎていく。



 呆然と見送っていると、


 その後方から、今度は一人乗りの人力車が必死に追いすがってきた。



「待てぇぇ! 今日こそ抜いてやるからなぁ!」



 人間の車夫が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


 獣たちに追いつこうと、全力で地面を蹴っている様は、少し滑稽で、それでいて眩しかった。



 月兎は、思わず小さく笑った。



 ――この国は、こんなにも歪で、こんなにも賑やかで、


 それでも確かに生きている。



     ◇



 しかし、賑わいがあれば、必ず影も濃くなる。



 路地裏の方から、怒鳴り声と泣き声が聞こえてきた。



 月兎が駆け寄ると、そこでは男たちがハーフの少年を取り囲み殴っていた。


 少年の耳には獣のような毛があった。


 それだけの理由で、標的にされたのだろう。



「や、やめてください!」



 月兎は思わず叫んでいた。


 足が勝手に動いていた。



「警備隊見習いの常闇です! やめてください!」



「なんだ、お前?」



 男の一人が振り向く。


 月兎の腕を掴み、乱暴に突き飛ばした。



「こいつ、鬼のガキを庇ってた奴だろ」



 別の男が吐き捨てるように言う。


 カズサの件は、とうに町中に広まっていた。



「また悪い血に肩入れしてやがる」



「ち、違います。俺はただ――」



 言葉を言い切る前に、拳が飛んできた。


 頬に熱い痛みが走り、視界がぐらりと揺れる。



 何度も、何度も殴られた。


 地面に倒れても、蹴りが飛んでくる。



「やめろよ」



 別の声が割って入った。


 文次郎だ。



 彼は面倒くさそうに眉をひそめながら、男たちと月兎の間に立つ。



「こいつら、今日の仕事が残ってるんだ。


 隊長にバレたら面倒だろう?」



 男たちは舌打ちしながらも引き下がる。


 文次郎は月兎を一瞥し、ふっと口角を上げた。



「勘違いするなよ、月兎。助けたわけじゃない」



 耳元で囁く声は、冷たい。



「お前みたいな半端者が、また“鬼の味方”だなんて噂が立ったら、


 隊まで巻き添えなんだよ。……いいか? 二度と余計なことするな」



 文次郎は捨て台詞を残し、踵を返した。


 路地裏には、月兎と、泣きじゃくる少年だけが取り残される。



「……ごめんな」



 月兎は、それだけ言うのが精一杯だった。



     ◇



 夕暮れ。祭りの喧噪が遠ざかる川辺に、月兎はひとり座っていた。



 川面に映る薄紅の空が、ゆらゆらと揺れる。


 人の声も、太鼓の音もここまでは届かない。



 無力だ。


 どれほど強く願っても、腕一本守る力もない。



 ――カズサ。


 ――さっきの少年。


 守れなかった顔が、次々と脳裏に浮かぶ。



「……俺は、何をしてるんだろう」



 自嘲気味に呟いたそのとき。



 足元の小石が、かすかに震えた。



 川辺の草が、雨でもないのにざわりと揺れる。


 空気が、じわりと冷たく変わった。



 月兎は顔を上げる。



 そこにいたのは、形容しがたい“何か”だった。



 小石と泥が渦を巻き、人の形のような、獣の形のようなものが立ち上がる。


 目も口もないはずなのに、憎悪と飢えの気配だけが、はっきりと伝わってくる。



「幽体……」



 訓練で聞かされていた怪異。


 人の念が、物質にまとわりついて生まれる影響体。



 普通の刀や槍では斬れない。


 鬼の血か、鬼の武器でしか祓えない存在。



 目の前の幽体は、月兎に向けてゆっくりと腕を伸ばした。



「――っ!」



 月兎は腰の木刀を抜いた。


 しかし、斬っても斬っても手応えがない。


 闇のような身体は、一瞬だけ裂けてもすぐに元に戻る。



 冷たい触手が頬をかすめた。


 皮膚ではなく、魂そのものを掴まれたような寒気が走る。



 足が震えた。


 逃げることもできない。



 そのとき。



「どけ!」



 鋭い声と共に、黒い影が飛び込んできた。



 長めの髪、片目だけが真紅に光る少年――妖牙(ようが)


 月兎が訓練場で数度見かけただけの、鬼の血を引く少年だった。



 妖牙は躊躇なく幽体に斬りかかった。


 彼の刀は、幽体の身体を確かに裂く。


 真紅の瞳が煌めくたびに、幽体は悲鳴のような音を立てて削れていく。



「こいつらは、お前が触っていい相手じゃねぇ」



 最後の一撃で幽体が霧散すると、妖牙は月兎を振り返り、吐き捨てるように言った。



「怪我は?」



「あ、ありがとう……」



「礼なんか要らねえよ」



 妖牙はそっぽを向いた。


 けれど、その横顔にはどこか、似たような痛みが刻まれている気がした。



     ◇



 後日、月兎は妖牙の事情を知る。



 行方不明になった妹を探していること。


 鬼の血のせいで、人の多い場所に近づけないこと。


 人間の中に紛れ込んだ“黒幕”に利用されようとしていること。



 月兎は、師である東雲アイゼンに相談した。



 アイゼンは穏やかな笑みを浮かべたまま、


 妖牙と月兎、三人で今後の策を練った。



「お前たちは、まだ若い。焦るな」


「ですが――」



「世界は、そんな簡単には変わらない。


 だが、変えようとする者がいなければ、何も始まらない」



 師の言葉は、いつも理路整然としていて、どこか冷たかった。


 それでも、月兎は信じていた。


 アイゼンだけは、正しい方向を見ていると。



     ◇



 数日が過ぎた頃、月兎が妖牙の住まいに向かうと、そこはもぬけの殻だった。



「ヨウガはどこへ?」



 慌ててアイゼンの元へ向かうと、師は静かに答えた。



「……反乱分子として、幽閉された」



「そんな……!」



「お前も、あまり深入りすると同じ目に遭う。


 月兎、お前はここを離れろ」



 アイゼンの声は、いつになく真剣だった。


 月兎は迷った末に、師の言葉に従うことにした。



 ――今の自分には、何もできない。


 だからこそ、生き延びて、いずれ力をつけるしかない。



 そう自分に言い聞かせながら。



     ◇



 城下町を離れ、隣の大きな街を目指す道中。



 夕暮れの峠道で、月兎は取り囲まれていた。



「よぉ、月兎」



 先頭に立つのは、見慣れた顔。


 櫻田文次郎だった。その背後には、同じ警備隊の取り巻きが数人。



「師匠に言われて逃げるってか? ずいぶんと都合のいい話だよなぁ」



「……どういうつもりですか、文次郎さん」



「お前さ、鬼のガキ庇ったり、反乱分子とつるんだり。


 上から“始末しろ”ってお達しが来てんだわ」



 文次郎はにやりと笑い、刀の柄に手をかける。



「安心しろよ。ちゃんと“職務中の事故”ってことで処理しといてやるから」



 次の瞬間、取り巻きが一斉に斬りかかってきた。



 月兎は必死に刀を抜き、応戦した。


 だが、訓練でもいつも劣っていた自分が、数人を相手にできるはずもない。



 腕を斬られ、脇腹を刺され、膝を蹴られ、土に叩きつけられる。


 視界が赤く染まり、耳鳴りが世界を覆った。



「やっぱ弱ぇな、お前」



 文次郎の声だけが、やけに鮮明に聞こえる。



「でもまぁ、安心しろよ。


 お前が死んだことで、“鬼の味方”が一人減る。


 それだけでこの国は少しマシになるんだ」



 刀が振り上げられた。



 ――ああ、まただ。



 カズサのときと同じ。


 妖牙を助けられなかったときと同じ。



 結局、自分は誰も救えない。



 そう思った瞬間、月兎の意識は闇に落ちた。



     ◇



 遠くで、蹄の音がした。



 地面が揺れる。


 低く唸るような獣の息遣いと、女の声。



「止まりなさい、熊。もうすぐ着くから」



 ぼんやりとした視界の中で、月兎は誰かの影を見た。



 白い。


 雪のような髪。


 半分折れた角。


 透き通る紫の瞳。



「まだ息がある……」



 その女――鬼妃ユキヨは、月兎の傍らに膝をついた。


 周囲には、文次郎たちの気配が消えかけている。



「このままでは、死ぬ」



 ユキヨは自分の手の甲に牙を立てた。


 白い肌から赤い血が滲む。



「ごめんなさい。これは、あなたのためであり……


 わらわの、我が儘でもある」



 流れ出た血を、月兎の唇へそっと押し当てる。


 どろりとした温かさが喉を伝い、腹の底に落ちていく。



 身体の中で、何かが暴れた。



「――っ、う、ぐっ」



 月兎の全身が跳ねる。


 焼けるような痛みと、凍えるような寒さが同時に押し寄せた。



「大丈夫、大丈夫……」



 ユキヨは額に手を当て、か細い声で囁く。


 その表情には、はっきりとした安堵と、わずかな罪悪感が浮かんでいた。



 そのとき、少し離れた場所から声が飛ぶ。



「姫様! 熊が、これ以上は持ちません! 走り出してしまいます!」



 熊車の御者が必死の形相で叫んでいる。



「……もう、そんな時間ですか」



 ユキヨは困ったように眉を寄せ、名残惜しそうに月兎を見下ろした。



「必ず、また会いましょう。常闇月兎(とこやみつきと)



 そう言い残し、彼女は熊車へと駆け戻っていった。


 熊車は大地を蹴り、あっという間に闇の向こうへ消える。



 残されたのは、雨上がりの静けさと、血の匂いだけ。



     ◇



 身体の中を、何かが駆け巡っていた。



 骨が軋み、筋肉が裂け、また繋がる。


 血が逆流し、心臓が新しい鼓動を刻み始める。



 月兎の瞳が、ぱちりと開いた。



 そこに映ったのは、文次郎たちの姿だった。


 まだ完全には息絶えていない。


 だが、彼らは何かに怯えたように、遠巻きに月兎を見ている。



「……なんだ、その目は」



 文次郎が震える声で呟く。



 月兎の瞳は、夢で見た少年と同じ――


 真っ黒に沈んでいた。



「お前が……」



 月兎はゆっくりと立ち上がった。


 身体は軽く、世界の輪郭がやけに鮮明だ。



「お前たちが――カズサを殺した」



 次の瞬間、世界は赤に染まった。



 誰がどんな悲鳴を上げたのか、月兎にはわからなかった。


 ただ、自分の中の何かが暴走するままに任せていた。



 刀が肉を裂き、骨を砕き、血が飛び散る。


 幽体でさえ容易には斬れなかったはずの自分の腕が、


 今は人という人を、紙切れのように斬り捨てていく。



 文次郎の断末魔の声が、雨音の中に溶けた。



     ◇



 すべてが終わったあと。



 月兎は、血だまりの中に膝をついた。



 手が震えている。


 刀は、もうどこに落としたのかもわからない。



 視界の端に、ひとりの少女の姿が見えた。



 ――カズサ。



 洗濯場で見せた、かすかな笑み。


 暴力に立ち向かったときの、震えた背中。



 彼女は何も言わず、ただこちらを見ていた。


 許すでもなく、責めるでもなく。



 月兎は、手を伸ばそうとして――そこで意識を手放した。



     ◇



 目を覚ますと、見知らぬ天井があった。



 薬草の匂い。


 包帯。


 窓の外には、見慣れぬ街並み。



「起きた?」



 柔らかな声がした。


 振り向くと、薄緑の瞳をした少女が椅子に座っていた。


 亜華巴――亜華巴と名乗る治療師だ。



 その隣には、長い髪をひとつに束ねた青年が腕を組んで立っている。


 烏丸世一(からすまよいち)



「死んだかと思ったぜ。


 あれだけ血まみれで転がってたんだ。トドメさされても文句言えねぇだろ」



「世一。そんな言い方しないの」



 亜華巴(あげは)がたしなめる。


 月兎は、自分がまだ生きていることに戸惑いながら、二人を見つめた。



 事情を話し合う中で、三人は互いの過去と目的を打ち明け合った。


 世一は家を飛び出した烏人族。


 亜華巴は追われる亜華巴蝶と人の混血である治療師。


 月兎は、鬼妃の血で覚醒した、どこの誰とも分からない存在。



「……それでも、行くんだろ?」



 世一が訊く。



「罪のない者が、理不尽に死なない世界にしたいんです」



 月兎は、自分でも驚くほどはっきりとした声で答えた。



「俺ひとりじゃ何もできない。


 だから――一緒に来てくれませんか」



 一瞬の沈黙のあと、亜華巴が微笑んだ。



「いいと思う。ね、世一」



「はぁ……めんどくせぇな。けど」



 世一は肩をすくめる。



「面白そうだから、付き合ってやるよ」



 三人は、まだ細く頼りない絆を結んだ。



 そのとき。



「ふむ。やはり、面白い」



 突然、室内の空気が変わった。


 誰もいなかった柱の影から、ひとりの男が姿を現す。



 人とも、鬼とも、混血とも違う。


 衣の裾は風もないのに揺れ、瞳は星空のように深い。



「誰だ?」



 世一が即座に身構える。


 男は楽しげに首を傾げた。



「ただの通りすがりさ。


 だが――」



 彼は、まず世一を見た。


 次に亜華巴を見た。



「ハーフというものは、実に“面白い存在”だ。


 人と、異なるものの境界線。


 世界の継ぎ目に立つ者たち」



 興味深そうにつぶやきながら、最後に月兎へ視線を向ける。



 その瞬間、男の目の色が変わった。



「……君は、少し違う」



 男は一歩、月兎に近づいた。


 じろじろと、頭の先からつま先までを見渡す。



「創造主として、非常に興味深い」



「創造主……?」



 亜華巴が息を呑む。


 世一の表情も固まった。



 男は口元だけで笑った。



「君の結末が、どのようなものになるのか。


 心から、期待しているよ」



 その言葉を残し、男の姿は霞のように消えた。



 残された三人は、しばらく言葉を失っていた。



 静寂の中で、月兎は自分の胸に手を当てる。



 カズサの笑顔。


 妖牙の瞳。


 ユキヨの血の温かさ。


 文次郎の罵声。


 創造主の、底知れぬ視線。



 それらすべてが、ひとつの線になって心の奥で燃え始めている。

今後、意思を持って動く魅力的なキャラ達が次々と登場し、キャラ達とのやり取りなどや、キャラの性格・外見なども分かっていきますのでお時間がある時で構いませんので、この後の展開なども楽しみながら読み進めて貰えると嬉しいです。


最初は長くなってしまいましたが、次からはあまり長くない文章になっていきますので隙間時間にでも目を通して頂けるとありがたいです。

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