平和
机の上にシュークリームが一つ。それを求める者は二人。
「うちに家訓とかないの?」
目の前の姉にそう問いかけ、相手を探るような視線を送る。
「あったとすれば、どんなのがいい?」
対して姉は我関せずといわんばかりの態度で、問いに問いを返す。もっともその態度は今までの経験が持つ絶対的な自信からくるものだろう。
「平和主義」
「平和、ね。じゃあ、私は年功序列、弱肉強食、絶対服従、あと・・・早い者勝ち」
なんて絶望的なラインナップなんだ。第一、絶対服従なんてどっから出てきたんだ。
「そんな家が良かったのか・・・」
あまりのひどさに言葉をなくす。
「そんなに嫌?結構居心地いいかもしれないよ?」
相変わらずの態度でそんな事を言っている。この思考回路は超一級品かもしれない。自己中の。
「いやいやいや。それは本人だけだから!」
「そう?あんまり褒めてもらっても困るんだけど」
誰が褒めた!!叫びたいのをぐっと堪える。まともに取り合っていては、いつまでたっても勝機は見えない。
「念のため言うけど、褒めてない。あと、そんな殺伐とした家庭は却下」
ひとまず、謎の家訓は撤回させねばならん。
「仕方ないわね。妥協してあげましょ」
はぁー、とこれ見よがしにため息をつく。その後に出てきた言葉は難解だった。
「じゃあ、唯一神とか、どう?」
「妥協したように思えないし!すでに家訓ですらねぇ!!」
「だって、神様に逆らおうなんて考えないじゃない?争いごとはなくなって平和になると思うけど?」
「絶対、独裁主義と勘違いしてるだろ」
「ノンノンノン。そこら辺はちゃんと分かってるわよ。要は、崇めてくれるか崇めさせるかの違い」
自信満々に自己理論を展開する姉。
「家に神様作ってどうするんだよ。まだ、さっきの方がマシだって」
やばい、気力が尽きてきた。
「やっぱり、絶対服従?最初から分かってたけど」
どんどん心が暗くなっていく気がする。もとより、まともな展開は期待してはなかった。いつもなら、早々に決着がついているところ(姉の勝ちで)を今回は何とか言いくるめようとしたのだ。せめて引き分けになるようにと。
「あ、もしかして言葉が尽きた」
そっか、そっかと楽しそうにこちらを眺める。
反論をしないのを見て、姉は疑問系じゃなくて断定してきた。ほぼ勝利を確信したのだろう。気分は上々みたいだ。
「神様からの慈悲ってことで、今日はじゃんけんで決めましょうか」
突然の提案に希望を見出す。
「じゃんけん、か」
これはもしかしたら、姉に負けない千載一遇のチャンスかもしれない。
「・・・あいこは引き分けで半分ずつってことで、一回勝負にしない?」
「いいよ。いやー、やっぱ神様は心が広くないとね」
あはは、と笑う姉。腹は立つが冷静にならないと。負ける確立は三分の一。
「いくよ。じゃんけん」
ほい、という掛け声とともに手を前に出す。
向こうはパーで、こちらがぐーで・・・
「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「相変わらず、分かりやすいからね。ま、今回は残念ってことで」
じゃね、と姉は喜色満面でシュークリームを食べて消えていく。
その笑顔を見て、この家に平和が来ることなんてなさそうだと確信した。