45話:ゼノン
直径3cmの球体に封じられた“終末演算機 ヨグ・ソトース”。
その球体が地面に落ち、ころりと転がった瞬間、周囲の異空間が消滅した。リアムたちは、辺境都市サザンの外れに放り出される。
「勝ったのか……?」
グレッグが周囲を見渡しながら呟く。そんな中、セレスティアが叫んだ。
「リアム様、聖剣が!」
セレスティアの横にいるリアムの手にある聖剣は光を失い、風の前の砂のようにさらさらと崩れ落ちていく。
「役目を終えた、ということなんだと思う……」
聖剣の最後を看取りつつ、リアムが呟く。
魔王と、そして聖剣が滅びる。それは”聖剣と魔王システム”の終焉を意味していた。
異空間での戦いの痕跡は何も残っていない。ただ一つ、”終末演算機”を封じた球体以外は……。
グランド・ジャスティス・ゼロがその球体を拾い上げようとした瞬間、世界が白一色に変わった。
空も地も無く、すべてが白一色。その空間に、グランド・ジャスティス・ゼロことレイジと、ルナの二人だけが居た。
この場所には覚えがあった。
『ここは──』
「やぁやぁ、よくやってくれたね」
レイジが声の方へ視線を向けると、グレイ型宇宙人の姿が……。
『てめぇゼノン! とりあえず一発殴らせろ!』
レイジはグランド・ジャスティス・ゼロでゼノンに向けて突進する。
「いやいやいやいや、ちょっとまって、ソレで殴られるのはさすがに痛い!!」
が、ゼノンは器用に逃げ回る。
『テキトーな仕事しやがって、お前のせいで、ルナがどれだけ大変な目にあったか!!』
「ただのくたびれた社畜だった君が、ヒロインを護るヒーローみたいに……、成長したねぇ」
憤るレイジの発言に、ゼノンはホロリと目頭を熱くしたようなそぶりで茶化す。
『どこ目線だよ! 腹立った。二発殴る!』
更に速度を上げてゼノンを追い回すグランド・ジャスティス・ゼロ。既に二人は2本の光の軌跡となり、白い空間内を縦横無尽に飛び回っている。
『ヒロイックシステムとか、最終フォームとか、ふざけやがって! こんなん最初から使えたら、管理者やら演算機やら余裕だったじゃねぇか!!』
至極もっともで、しかしながら、ヒーロー番組的には禁句ともいうべきクレームをつけるレイジ。
「何を言う! 君の持つ正義核は、愛と正義と勇気を力に変えるんだ! 君が真に愛と正義と勇気に目覚めたからこそ、最終フォームを稼働できるだけのエネルギーを生み出せたんだぜ!!」
逃げ回りながらゼノンは熱弁する。
『なんで動力源が”愛と正義と勇気”なんだよ! もっとなんかあるだろ! 使いやすい動力源!!』
「馬鹿にしないでもらおうか!!」
逃げるのを止め、ゼノンが憤慨したように告げる。その剣幕に、一瞬レイジも怯み、追い回すのを止めた。
「“愛と正義と勇気”を動力にするためにどれだけ苦労したか! 高次の源泉にアクセスするために、“愛専用”と“正義専用”、“勇気専用”の三本のパイプラインを構築して、それぞれを意識と紐づけした上で、三本が競合しないようにバランスを細かく調整しているんだ! ただ漫然と源泉にアクセスする色気のないパイプラインとはわけが違うんだ! ぐへぇぇ!!」
グランド・ジャスティス・ゼロの鉄拳がゼノンの脳天に炸裂する。
『詳細はわからんが、技術の無駄遣いをして、高性能で”無意味な”制御機能を盛り込んだニュアンスは理解した』
「ぐふぅ、酷いなぁ。君らが頑張ったから、一応ご褒美でもあげようかと思ってやってきた僕に対して……」
『”一応”のあたりに”素”が出てんだよ……』
もう一発殴ってやろうかと一旦は握り拳をつくるレイジだが、”ご褒美”の要望を思いついたためにその手を引っ込めた。
『ご褒美をくれるっていうなら、ルナを元の体に戻して、地球へ帰してあげてほしい』
『え?』
レイジが告げた願いに、ルナの心は揺れる。
それは、ゼノンにより異世界へ送り込まれたあの日から、ずっと焦がれ願ってきたもの。
「あ、無理、元の体はひき肉だったから、焼却処分したし」
「エェェェェ……」
想定を超える無神経な発言に、レイジとルナは揃って一瞬思考が停止した。いや、そもそも存在の次元が違いすぎるため、ゼノンに地球人を慮るという発想が根本から無い。つまり言葉は交わせても永遠に分かり合えない間柄なわけだが……。
一瞬の後、二人の思考が復活。
レイジは、『三発殴る』とゼノンを再び追い回し、ルナは『スタイル気にして、せっかく甘い物控えてたのに……、こんなことならたらふく食べとくんだった……』と後悔した。
体は戻せないらしい。が、ゼノンは「帰れない」とは言っていない。つまり、帰ること自体はできるということである。
半ば諦めていた”地球に帰る”という選択肢が突然沸いたのである。
体だって、”変身”をしなければ、普通の人間として生活だってできるかもしれない。
元の生活に戻ることもできるかもしれない。
そうだ、終末演算機を止めたことで、妹の病気が癒えるはず、その姿を、直接見れるかもしれない!
そこまで思考し、ルナは終末演算機と繋がった際に得た情報を思い出す。
──この世界は、悪意とそれを顕在化する”魔法”の存在により、ゆるやかに崩壊に向かう
この世界で”闇”を収集し、崩壊を”延命”していた”聖剣と魔王システム”は消滅した。
つまり、もはや崩壊を止めるモノはないということになる。
『ねぇ、この世界は、崩壊するの?』
「うん?」
ルナに問われたゼノンは、レイジに追われながら手元で何かを操作し、内容を精査して「ふむふむ」と呟く。そして、
「そうだね、崩壊するね」
殊更明るく告げた。
『だからお前は!!』
レイジは『四発殴る!』と更に追う速度を上げ、「何発まで増えるかな?」とゼノンは愉快そうに逃げ回る。
『なんとか、救えない?』
ルナの問いかけに、ゼノンは逃げ回りながら逡巡し、
「君らがヒーロー活動したら?」
あっけらかんと言い放った。
『はぁ!?』
「悪意という”闇”が”魔法”という手段を持って世界を滅ぼすなら、悪意をくじき、闇を祓う者が居ればいいんだよ。君らの攻撃、この世界の”闇”を消し去ってたろ? つまり、”この世界にはヒーローが必要だ!”ってことだよ」
魔王城に出現した”管理者”との闘いにおいて、ジャスティス・ブレイクとレジリエンス・キラーは”闇”の塊を消し去っていた。散らしたのでもなく、消したのだ。
つまり、彼らの力は、この世界の”闇”を直接的に消すことができるのだ。
皮肉なものである。”管理者”は世界の崩壊を防ぐためにひたすら”闇”を収集し、”聖剣と魔王システム”、つまりは”闇を消去するシステム”の維持に執心した。
その結果、”闇”収集の邪魔者であるジャスティス・ブレイクとレジリエンス・キラーを必死に排除しようとした。二人の力もまた、”闇”を消せるというのに……。
”管理者”はその成り立ち故に、”システム”が無い世界というものを想定できない、哀れな存在であった。
『そうか……、俺たちの力で、この世界を救えるのか……、って、なるかー! ちょっとカッコよく言ってるけど、要するに俺たちに”人柱”になれって言ってるんだろ? ゆるさん、十発殴る!』
レイジは更に速度を増し、ゼノンの追いかける。
「いやいやいやいや! そんな一人や二人で世界を何とかするなんていう、欠陥システムを僕は作らないよ! 意思を受け継ぐんだ!」
真面目に焦った声でゼノンが叫ぶ。顔面に直撃する寸前だったグランド・ジャスティス・ゼロの「ジャッジメントスマッシャー」は、ギリギリで寸止めされた。
「だいたい、君らにも寿命が設定されてるからね、普通の地球人よりは長く生きるだろうけど、それでもいつかは稼働停止するんだよ!!」
言いつつゼノンは「永遠に動くサイボーグには碌なことが無いからね……」と遠い目をしている。どうやら過去に何か”やらかした”ようだ。
レイジとルナも、『あ、一応いつか寿命くるんだ……』と変に感心している。安心したような、ちょっと残念なような、何ともいえない気分だ。
『意思を継ぐって、どうやって?』
ルナがもっともな疑問を投げかけると、ゼノンは本日最大の衝撃発言をぶっ放す。
「もちろん、子作りだよ? 心配ない。ちゃんと機能はついてるから!」
そう言って、ゼノンは指で卑猥な動きを表現する。
レイジは『両腕へし折ってから二十発殴る!』と言って再び追いかける。
ルナは意外にも顔を上気させ、俯いている。
「あれ!? なんか違った!? だって君らそういう関係だろ!?」
『そういうところだぞお前!!』
ボッコボコになったゼノンが「ぐふぅ」と呻きを上げた。
かと思えば、あっという間に復活するゼノン。
「ヒーローたちよ! この地に生き、子を産み育て、そして意思を継ぐ者たちに力を受け継いでいくのだ。さすれば、世界の安寧は保たれるであろう」
どういう原理かゼノンは宙に浮かび、レイジとルナに手をかざし、まるで予言者のように声高に宣言した。
『何をイイ感じに締めようとしてんだよ。それに、ルナは帰りたいんだよ』
『……』
そんな空気に今更騙されないレイジは冷静にツッコミを入れ、ルナは無言で考え込んでいる。
「ふーん、ま、別にヒーローの番じゃなくても、現地のメス適当に孕ませてもOKだよ!」
再びボッコボコになるゼノン。
『レイジは、私に帰ってほしい?』
『え……』
ルナの言葉に、レイジの胸はズキリと痛む。
『この世界の女の子たちは可愛いからね……、セレスティアさんとかエリシアさん、かわいいよね……』
『え、いや……、とりあえず、その二人は無いかな……』
『……、あ、うん、まぁ、あの二人はちょっとアレだったかもだけど……』
自分で言いながら、ルナは微妙な表情になる。
セレスティアは技術面にいろいろと難があり、
エリシアは性格面にかなり難がある。
レイジも同じことを思っていたのか、なんとも渋い表情だ。
『でも、妹さんが──』
言いかけて、自身を見つめるルナの視線に、レイジは閉口した。そういうことではないのだ。都合や理由ではなく、ルナはレイジの気持ちを聞いている。
『俺は……』
レイジの脳裏にルナとの思い出が浮かぶ。
最初に見た、諦観に塗れたルナの顔。過去の自分と重ね、助けたいと思った。それが最初だった。
時折見せる疲れたような笑顔に胸が締め付けられた。
それが今は、とてもいい笑顔を見せてくれるようになった。
そんな笑顔を、もっと見たい。離れたくない。
グランド・ジャスティス・ゼロは解除され、レイジの姿に戻る。
それに応えるように、レジリエンス・キラーもルナの姿に戻る。
「俺は、こんなに誰かを求めたのは、初めてなんだ……。俺と一緒に居てほしい、一緒に生きたい」
「……、仕方ないなぁレイジは。そんなに好きなら、このルナさんが一緒に居てあげよう」
ゆっくりとレイジを抱き寄せ、ルナは耳元でささやくように告げた。
「ルナ……」
レイジもルナの背に手を回し、抱きしめる力を強めた。
そんな様子を遠巻きにしながら、ゼノンはこっそりと演算機を回収しつつ去っていく。
「!? あいつ! 逃げやがった」
「いいよ、変に何か介入されたら、また”トンでもない”ことになりそうだし」
「……、まぁ、そうかもしれないけど」
二人を残し、真っ白の空間は晴れ、気が付けば辺境都市サザンへと二人は戻っていた。
「気が付けばイチャコラしやがって! キィィィィィィッ!!」
抱き合う二人を目撃したケンタがハンカチを加えながら吠えた。




