4話:「正史」破壊
本日投稿2話目です。
”走馬灯”とは、死に瀕した人間が見る、自身の人生の振り返りだ。
生存本能の極致とも言えるその現象は、自身の生命を脅かす状況を打開する方法を、過去の記憶から模索する。
転生者、古賀健太が得たチート能力「死なない男」。
致命傷を受けても死なず、意識を失うと安全な場所に転移するこの能力には、その特性ゆえか、変則的な“走馬灯”が付帯していた。
ケンタは転生の際、この世界の行く末を「走馬灯」として見たのだ。
厳密には”走馬灯”とは意味合いが異なるが、とにかくケンタはこの世界、「ラスト・エクリプス・サーガ ~光の勇者と世界の終焉~」の未来を知った。
もとい、”体験”したというべきかもしれない。
彼はゲームのシナリオは熟知している。ラスエクの廃ゲーマーであったのだから当然だ。
だが、彼が走馬灯として”体験”した未来は、ゲーム知識を凌駕する陰鬱で凄惨なものだった。
魔王軍に蹂躙される村々、そこには怒声と悲鳴、血と焼けた肉の匂いが立ち上っていた。
旅立つ勇者一行。その行く先々でも、村や街が襲われ、人々は血を流していた。
勇者たちは苦悩し、更に、彼ら自身にも悲劇と悲運が待ち受けていた。
屈強なる戦士だった男は、魔王軍の四天王にその身を弄られ、魔物化した。
慈愛に満ちた聖女は、魔王軍の苛烈な拷問の末に暗黒の力に堕ち、勇者たちの敵として立ちはだかった。
最後に心通わせた魔導士の女性は、その命を賭して血路を開いた。
たった一人となった勇者は、魔王と孤独に戦い、そして──
シナリオ展開はゲーム通りだ。ゲーム通りなのだが、自身が当事者かのように、現実の様子として血肉が舞い散る様を見せられた健太は、走馬灯から覚めた瞬間、嘔吐した。
ゲームのシナリオ通りに進めさせたらいけない。原作を壊してやる、と強く思ったのだ。
それもあり、ケンタは転生の事実に気が付いてから3年、めげずに努力を続けた。結果、無駄な努力に終わったわけだが……。
魔物の襲撃が始まった瞬間、ケンタの心は諦観に傾きつつあった。
ああ、結局、シナリオは変えられないのだと。
だからこそ、自分もレベルアップできなかったのだと。
村はずれまで駆けたのは、「でも、それでも!」と、一縷の可能性に賭けたから、賭けたかったのかもしれない。
しかし、魔物の集団を目にし、最初の犠牲者として襲われんとしているエリナを前にし、ケンタは完全に諦観に飲まれた。
もう無理だ。
あんなのに勝てるわけがない。
「コミックのヒーローかよ! え、ここそういう世界観だっけ!?」
そんな諦観は、自分でも驚くほどの速度で吹き飛んだ。
黒衣のヒーローは、軽くオークの腹を殴り、そして背中を爆散させた。
「はっ!?」
と思えば、すぐ左のオークが大の字で高速回転して空を飛び、血肉をまき散らす。
「ギャンッ!」
「ふごっ!」
「ぎゃぶんっ!」
もはや展開に追いつけない。
フォレストウルフが胴体から2つに分かれ、
オークの頭が吹き飛び、
ゴブリンが首まで大地に埋没した。
そこからは完全に作業だった。
森から次々湧き出る魔物たちが、短い悲鳴で絶命していく。
途中からは”作業”が最適化されてきたのか、どの魔物も首の骨を粉砕されて絶命していった。
なぜ粉砕していると判るか? それは、延髄部分に手刀の跡らしき”溝”が生み出されるからである。
かくして、数百におよぶ夥しい数の魔物の死骸(内9割の首には、手刀の溝あり)が生み出されることとなった。
エリナは、もはや地面にへたり込み、身動きできない状態であった。
それは魔物への恐怖か、それとも、全ての魔物に手刀を落とした”何者か”への恐怖か。
森から這い出す全ての魔物を駆逐した黒衣の存在は、死骸の山、その真ん中に立っていた。
黒衣に走る緑の線は、返り血で赤黒く染まり、不気味な光を放っている。
「あ、あぁ……」
その姿は、救世主というより、むしろ悪意の塊に見えた。
しかし、恐怖に染まりそうになったエリナの心は、すぐそばで響いたケンタの明るい声によって引き戻される。
「すげぇ! すげぇよ! ひっくり返した! 正史をひっくり返したよ!!」
それは歓喜の声、心から喜びに震える声だった。
それを耳にし、エリナも、自身が助かった事実に気が付く。
もし、あの黒衣の人がいなければ、自分はオークに引き潰されていた。
自分を助けてくれた人に、一瞬でも”怖い”と感じてしまったことと、助かったことへの安堵が混ざり、彼女の瞳からとめどなく涙があふれる。
と、その瞬間、黒衣の人からシューという音と共に、白い煙が噴き出した。
『あー、やっとか』
黒衣の人物から、無線を通したような反響した声が響く。その声色にはくたびれた様子が含まれていた。が、
『はぁ!? なに!? どういうことだよ!?』
突然焦ったような声を上げたかと思えば、周囲をキョロキョロと見回し、バヒュンッという音を残して去っていった。
何が起こったのか分からず。エリナもケンタも呆然とするのみであった。
「ケンタ!!」
しばし脱力していたケンタだが、自分を呼ぶ声に振り返る。
村唯一の剣を携えたリアムと、鍬やら鎌やらの農具を手にした村人たちの一団が、彼らに向かって駆けてきていた。
「大丈夫だったかケンタ!」
「あ、あぁ」
リアムに手を借りケンタは立ち上がる。
「あー、大丈夫でしたか?」
エリナには、くたびれたスーツの男が手を貸していた。
「スーツ!?」
ケンタは二度見した。確かにスーツである。いわゆるビジネスマンの戦闘服。濃いグレーのスーツは、長く着こんでいるせいか、よれよれになっているが、特段珍しいものでもない。そう、”前世”なら。
「あ、その、ありがとうございました」
エリナはそのスーツの男に礼を述べつつ頭を下げた。
「へ? な、何の礼ですか?」
「いえ、助けて頂いたので」
「え、お、俺は今来たとこですけど?」
スーツの男は、頭を掻きながら右上空に目を逸らす。
まさか、この男、これで正体を隠しているつもりなのだろうか。
周囲から完全に浮いている服装。全員知り合いのような村にあって、顔を知らない男。バレバレである。
しかし、エリナに礼を言われ、まんざらでもないのか、少し鼻の下を伸ばしている。
ケンタは「イラッ」という心の声を聞いた。
「エリナ!!」
「ジェフリー!!」
婚約者であるジェフリーがエリナに駆け寄り、がばりと抱き寄せた。
「よかった! 村はずれに魔物が出たと聞いて、僕は、僕は……」
「あぁ、ジェフリー!!」
お互いの無事を確かめ合う二人。
それを光の消えた目で見つめるスーツの男。
「ヒーローは、孤独なもの、か。……けっ」
スーツの男が小さく呟いた。
ケンタは清々しい笑顔でサムズアップして見せた。何か、こいつとは仲良くできそうな気がした。