37話:聖剣と魔王
魔王の居城たる『魔王城』は、大陸の南方にある荒野地帯、魔の砂漠に存在する。
大陸北方のドワーフヘイムを出発し、アスガルド王国を北から南へ縦断し、南部の辺境都市サザンへとやってきた。
この先は砂と岩だけの荒れ地となり、人も住まない場所である。
サザンへ向かう乗合馬車に揺られながら、ケンタは「ここまでいろいろなことがあったなぁ」としみじみ思いだす。
”管理者”が送り込んでくるらしき魔物が、度々襲ってくるなんていうのは序の口だった。
酒に酔ったルナがレジリエンス・キラーで暴れ出し、止めようとしたジャスティス・ブレイクとの戦いに巻き込まれて死んだり、
グレッグが広めた“筋肉布教”が身を結び、教祖として祭り上げた信者たちに襲われて死んだり、
エリシアが“金の生る木”を開発し、それを狙う貴族の暗殺者たちによって死んだり、
セレスティアの魔法で突如「陸の孤島連続殺人事件」に巻き込まれ、「殺人犯が居るかもしれない、こんなとこに居られるか! 俺は部屋に戻る!」と叫んだら二人目の被害者として死んだり、とにかく大変な旅だったのである。
「いつもながら、俺じゃなきゃ死んでたね」
ケンタの表情は悲哀に満ちていた。ちなみに、全てのトラブルは、だいたいリアムが何とかした。
ケンタはしみじみと旅路を思い起こし、記憶の翼は更に過去へと遡る。
ケンタが見た正史。
リアムとエリシアの二人はドワーフヘイムを出て南下、アスガルド王国を北から南へと旅をする。
ここまでの旅で、魔王軍四天王は半壊している。にも拘わらず、各地の魔物被害は増える一方だった。
各地で魔物を倒しつつ、南へと向かう二人。だが、リアムは少しずつ、自身が変調をきたしていることに気が付く。
魔物を倒すたび、聖剣を通じて自身に溜まっていく闇。
エルフヘイムで聖剣を手にした際に幻視した映像が脳裏をよぎる。
──すべての闇を祓った聖剣は黒く染まる
二人の旅は徐々に口数も減り、無言で南へ向かうものとなっていく。
リアムとエリシアの二人は、辺境都市サザンで荒野を越えるための準備を整え、魔王城を目指す。
魔の砂漠は過酷だった。
昼は灼熱の太陽に照らされ、夜は極寒となる。
最も熱い真昼は物陰でやり過ごし、明け方と夕方のみ進む。夜は二人身を寄せ合い、暖を取りながら乗り越えた。
発狂してしまいそうな旅でも、お互いのぬくもりだけが、互いの精神を支えていた。
魔の砂漠を越え、たどり着いた魔王城。
そこで待ち構えていたのは、最後にして最強の四天王【滅界の覇王】グラトスであった。
リアムとエリシアの二人とグラトスの戦いは、まさしく死闘であった。
体力と魔力の全てを尽くし、ついには聖剣の一撃がグラトスの命を絶った。
”四天王最強”の名に恥じぬ、強敵であった。
リアムもエリシアも満身創痍だ。しかし、ここは敵地。ゆっくりと休む余裕はない。
先に進もうとしたとき、
『そんな状態で、魔王様に勝てるおつもりですか?』
セレスティア、いや、【闇慈の執行者】アザゼルが現れた。
言葉使いこそセレスティアの頃を残しているが、姿は既に人の形すら残っていない。
全身青紫の外殻に覆われ、頭部からは禍々しい角が天を突き、背からは蝙蝠のような翼が生えている。
まさしく”悪魔”と呼ばれるような姿である。
『あぁ、倒すよ』
リアムは痛む体を推し、アザゼルに相対する。が、エリシアがその前に出る。
『エリシア?』
『魔力も枯渇した私は、もうこの先、役に立たないわ』
『そんなことは!』
少しの微笑みをリアムに向け、エリシアはまるで友人に挨拶するかのように、アザゼルに歩み寄る。
『まさか、わざわざ死にに来たんですか?』
エリシアの行動が理解できず戸惑うアザゼルは、目が合った瞬間にゾッとした。嫉妬と狂気、殺意と悪意が彼女から溢れていたからだ。
『そうね、一緒に逝きましょう』
エリシアが懐から取り出したアミュレット。黒と白が渦巻き状になったそれがパキリと割れる。
『生命魔法、明暗反転』
空間に空いた穴へアミュレットが吸い込まれると、その穴はエリシアとアザゼルの命も吸い込み始めた。
『なっ! なにを!?』
『本当は魔王に使ってやるつもりだったんだけど、光栄に思いなさい』
『エリシア!!』
『来ないで!!』
リアムが駆け寄ろうとするが、素早くエリシアが手で制する。
『貴方まで、巻き込まれるわ』
『し、しかし』
そのアミュレットに仕込まれた魔法は、生命の対消滅。光と闇、人と魔、その命を同じく吸い取り、両者を等しく死に至らしめる魔法。
これならばあるいは、魔王とも差し違えることができるかもしれないと、最後までとっておいたエリシアの奥の手。
だが、ここで切ってしまった。
アザゼルが出てきたから。
『ふっ』
エリシアは自嘲する。案外、自分は嫉妬深い女だったらしい。
昔の女を前にして戸惑うリアムを見て、嫉妬と怒りに染まってしまった。
『ぬぅがぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
アザゼルはもがき、逃げ出そうとするが、既に術に囚われており、逃げ出すことはかなわない。
『リアム、ごめんね』
一滴の涙をこぼしつつ、エリシアとアザゼルは全て空間の穴へと吸い込まれ、跡形もなく消滅した。
一人膝をつくリアム。
そこには、自分以外の誰かが居た痕跡すら残っていなかった。
衣服も荷物も、何もかも、一切が全て消えてしまった。
『ぐっ』
リアムはしばし、押し殺すように涙を流した。
魔王城最奥。
とても広い、いわゆる“謁見の間”と呼ばれる広間の奥、禍々しい意匠の玉座に、魔王は座していた。
その姿は、まるで人間だ。いや、まさしく人間“だった”のだ。
『よくぞここまで来たな、次の魔王よ』
魔王は立ち上がりながら、暗く響く声で告げた。
『さあ、その剣で我を貫け。それが、貴様の旅の終わりだ』
魔王は手を広げ、無防備に立つ。
勇者が魔王を討つ。それが勇者の旅の終焉なのだ。
ガタンと馬車が揺れ、ケンタの意識は一気に現在へ引き戻された。
馬車が、サザンの停車場へ到着したのだ。
すると、ルナが真っ先に飛び出した。
「さて、酒場はどこかな?」
「ルナ、止めろ! お前酔ったら暴れるだろ!!」
「なっ! 暴れたことないし!」
「記憶ない奴かよ! なんでサイボーグなのに酔うんだよ!! ってか、レイジも後方彼氏面してないで止めろ!」
「俺はちょっと小用で」
「筋肉布教しようとすんな! また教祖になるだろうが!」
「い、いや、ちょっと運動不足だから、筋トレするだけだ」
「ついでに布教すんだろうが!!」
「私は治療院のお手伝いでも」
「この間治療院の患者全員”鳩”に変えて逃がしただろうが! 宿でおとなしくしとけポンコツ聖女!」
「ぽ、ぽんこつ!?」
「はっはっは」
「笑ってないでリアムも止めろよ!」
「困った人たちよね、ここはどんな素材があるかしら?」
「エリシアも妙なもん作るの自重しろ! 大罪人が!」
ケンタは空間断裂魔法によりサイコロステーキになった。




