34話:ルナの想い
『サルヴェィションブリンガァァァァァァァァ!!』
『デッドエンドブリンガァァァァァァァ!!』
白と黒の光線が、霊脈の淵、その上空で激突する。拮抗する両者、しかし、その天秤はあっという間に傾いた。
白い光に飲み込まれ、黒い光が消滅していく。
『あ……』
彼女の叫び声は、白い奔流の中に飲み込まれた。
6本の両手は消滅し、背の翼が消し飛び、足から体も砕けていく。
白い光が視界を塗りつぶす中、彼女の脳裏に、忘却していた記憶が去来した。
外はさわやかな春の日なのに、病室は少しだけ薄暗い。
『いつもごめんねお姉ちゃん』
『気にしないっていつも言ってるでしょぉ?』
彼女は優しく、妹の頭をなでる。
『アンタが元気になったら、いくらでも恩返ししてもらうからさ』
『うん、がんばって良くなる』
『そうそう。今は体を治すことだけ考えることだ、妹よ』
『何、どういうキャラ?』
姉妹が二人で笑い合う。
ドンッ
両親の墓参りの帰り、人気のない海浜公園を歩いていると、突然、巨大な何かに押しつぶされた。
『……私、バナナパフェ』
『イチゴならあるけどなぁ』
『え!?』
気がつけば、床も天井も壁も真っ白な空間におり、不思議な感触の床に寝かされていた。
起き上がり、声の主を見れば、顔の付いた小さなUFOだった。
『このイメージはさすがにあんまりじゃない?』
『えっと、誰?』
『僕はゼノン。次元のトリマーだよ』
ゼノンと名乗った宇宙人は、UFO姿でくるりと回ってウインクした。
『……』
『めんごめんご! ちょっと急いでて、宇宙船で事故っちゃって、君をひき殺しちゃった! 大丈夫! 地球のテレビを参考に、しっかり治したから!』
『え? 事故?』
『あ、ヤバッ、もうあんなところまで……』
突然ゼノンはブツブツと独り言を呟き、「ちょうどいいか」と零したかと思えば彼女に視線を向けた。
『君には、これから異世界に行って、演算機を止めてもらいます』
『え?』
疑問を差しはさむ余地も無く、突然ゼノンUFOからマジックハンドが出現し、指先からバチッっと電撃のようなものを彼女に打ち込んだ。
『ガァァァァァァァァァァッ!!』
途端、頭に大量の情報が流れ込み、内側から破裂するかのように頭が痛んだ。
『はぁ、はぁ、はぁ、』
数秒間、苦しみながら床をのたうち回り、やっと痛みが治まった頃には息も絶え絶えであった。
『では、異世界へご招待!』
『ま、待って、私には妹が──』
彼女が這いつくばっていた床に黒い穴が空き、その中へと吸い込まれた。
『ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
黒い空間をひたすら落ちる。その先に、かすかに光が見えてきた。と同時に、濃い紫色の異形が姿を現す。
タコのようにも見えるし、人のようにも見える。
その体は機械のようで、生物のようで。
巨大な濃い紫の異形は、何かに憑りついて、それを咀嚼しているようだった。
『何……、アレ』
──終末
──演算
『ぐっ』
頭痛を覚え頭を押さえる。
手を退かすと、紫の異形と目があった。いや、目があるのかわからないが、とにかく視線が交差したのだ。
『ヒッ!』
身がすくむ、恐ろしい恐怖に襲われる。彼女は自然と小さく悲鳴を上げていた。
紫の触手のような物が振りぬかれ、身をこわばらせた彼女の落下軌道がずれる。
きりもみしながら、彼女はその”世界”へと落ちた。
『うげぇ』
気が付けば、彼女は掘り返されたような荒れた泥の上に倒れていた。全身泥だらけである。
『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』』』』
人間と魔族の大群が激突する。ここは、人と魔族が争う、その戦場の真っただ中であった。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
ルナは叫ぶ。死ねない。生きたい。帰りたい!!
気が付けば、彼女は固い岩の地面に倒れている。
体が動かない。インジケータの表示では、なんと体の8割が損壊し、消失していた。
そう、彼女は頭部と首から下、胸部の僅かを残し、ほとんどの体が消失していた。
「ルナ……」
彼女のすぐ横に、フェイスカバーを展開したレイジが膝を付き、彼女の顔を覗き込む。
「あぁ、私は、死ねない、生きなきゃ、帰らなきゃ……」
呟くルナの言葉に応えたのか、ドクンと残り少ない体が脈打つ。
「ルナ、ダメだ」
レイジが手を出し、何かを止めようとする。
ルナの体が浮き上がる。
周囲の空間に亀裂が走り、黒い雷撃がルナを打つ。
雷撃が彼女の核に力を与えるかの如く、体が徐々に再生されていく。それは赤黒く、禍々しい。
どうしていいかわからないが、レイジはそれを少しでも止めるべく手を出し、しかしバチッと黒い雷撃に激しく弾かれる。
「ルナ!!」
「うるさい……あんたなんか嫌いだ……」
さらに黒い雷撃が強まっていく。
「あんたなんかぁぁぁぁぁぁ!!」
ルナが叫ぶと同時に、白い閃光が彼女の周囲を駆け抜けた。
「え?」
眩い光を放つ聖剣、それを携えたリアムの斬撃が、黒い雷撃を断つ。
『ギィィィィィィィィィアァァァァァ!!!』
空間の亀裂、その向こう側から凄まじい悲鳴が響く。
『ナニヲ、スルゥゥ!?』
リアムは言葉に反応することなく、ルナの周囲で回転しながら横薙ぎを放つ。
『ヌギャァァ──』
聖剣の光にかき消されるように、空間の亀裂は消滅した。
黒い雷撃の供給が止まり、再びルナはどちゃりと地面に落下した。
「う、うぐっ……」
ルナは地に倒れた状態で呻いていた。供給は止まっても、黒いオーラは、彼女を侵していた。
そんなルナの上に、リアムが聖剣を翳す。
聖剣の光がルナの上に優しく降り注ぐ。
その光に吸い取られるように、黒いオーラが消滅していく。ルナが浮かべていた苦悶の表情が少し和らいだ。
だが、同時にルナの生命エネルギーは限界を迎えた。
既に核は停止寸前。体を再生するどころか、わずかに存在する生体部品の生命維持も限界であった。
「セレスティア頼む!!」
リアムがセレスティアを呼び叫ぶが、
「わ、私も、このような体の方を治療したことが……」
泣きそうになりながら、セレスティアがオロオロと慌てふためく。
「いいよ……」
いつかの悲しげな笑顔を浮かべながら、ルナが呟く。
悔いが無いわけではない。地球に残してきた病気の妹を想うと、死んでも死にきれない。
しかし、それ以上に、「やっと終われる」という気持ちが強くなってしまった。ルナの心は、既に限界を超えていたのだ。
そんなルナを、レイジがそっと抱き上げた。
「……、こんなときに、なに?」
「死なせない」
レイジが核のエネルギーを反転させ、ルナへと流し込む。そのエネルギーを吸収し、ルナの核が再稼働を始める。
「なにするの? 私はもういいから」
レイジの行動に、ルナは憮然とした表情で応える。
「私はもういい……もう疲れたの」
「ごめん、君の記憶が、少し見えた」
ルナは顔を逸らした。
「君は自由になっていい。帰る方法も探す」
レイジはぐっとルナを抱く手の力を強める。
「演算機は俺が止める。だから君は生きろ……。生きて、帰るんだ」
レイジの言葉に、ルナは反応を見せない。
「なによ……、なによぉ……」
涙声の小さな呟きが、僅かに漏れたくらいであった。




