3話:ヒーローは窮地に現れる
本日も2話投稿予定です。
「つ、次から次へと、なんなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
中野零士は、謎の黒い穴に飲み込まれながら、心底からの絶叫を上げた。
勤めていた超ブラック企業が夜逃げし、
UFOに轢かれて謎のサイボーグに改造され、
そして今度は、空間に空いた穴に吸い込まれる――。
既に零士の脳はショート寸前だった。
そんな彼の心からの慟哭は、しかし、黒い謎空間に響くこともなく、誰の耳にも届かなかった。
試しに四肢を振り回してもがいてみた。しかし、上も下も分からない、やけに浮遊感のある暗黒空間の中では、何もつかめず、どこへも移動できなかった。
だが、零士は確実に"どこか"へと向かって流されていく。それだけがなんとなく認識できたことである。
「くっそぅ、今度は何が起きるんだよぉぉ……」
泣き言が漏れるのもまた、致し方ないことであろう。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「っ!?」
その声は、耳で聞いたわけではない。まるで頭部に電撃が走ったかのような衝撃とともに、零士の意識に直接響いてきた。
<Recept Hero "勘" Expansion>
Recharge Justice Core...
Limit Break
Release the Exoskeleton
次々と表示される文字列と、呼応して発する電子音声。その様はさながら、
「ちょっと待って、すごく嫌な予感が──」
そう、零士の四肢末端から、漆黒の装甲が成形され覆っていく。まるで、ヒーローの変身モーションのように。
「やめて! この年になって変身ヒーローとか恥ずかしすぎ──」
頭部を装甲が覆ったため、彼の叫びは半ばで中断された。
直後、暗黒空間から脱出し、彼は地面に立った。
変身前よりも更に表示の増えた視界インジケータの先、外の様子として真っ先に目に飛び込んだのは、豚面の巨漢がその手を振り上げ、目の前のか細い女性へと今まさに振り下ろさんとしている様子だった。
零士は直"勘"的に、この女性こそ、先ほどの悲鳴の主だと察した。考えるより先に、彼の体が動く。
自身でも驚くほどスムーズに、そして高速に女性の前に滑り込むと、豚面の巨漢が振り下ろした巨大な右腕を、左腕一本で受け止めた。
「ひっ!」
「うぉ!?」
背後からは、女性らしき短い悲鳴と、野太い男の声が聞こえたが、とりあえず放置。
逡巡なく、ただ目の前の脅威を排除すべく、零士は空いた右腕で、型も何もない、乱雑な拳打を腹へと叩き込んだ。
ブバンッ!
「え?」
零士が間抜けな声を漏らしたのも仕方のないことであろう。
零士が叩き込んだ拳打の衝撃は豚面巨漢の腹を抜け、その背中を爆散させた。
血泡を吹きながら崩れ落ちる豚面の巨漢、いや、もうオークと呼ぼうか。
背中の筋肉の大半と、更に内臓の一部が失われ、骨だけ残して空洞になってしまったオークは、柱が無くなった家屋のように潰れて倒れたのだ。
何が起きたのか分からず、あっけにとられる零士。
一瞬、自分の拳と、潰れた家屋のようになってしまったオークを交互に見比べる。
「ひっ!」
しかし、背後の女性の悲鳴で、脅威がまだ去っていないことを再認識した。
同様のオークや、いわゆるゴブリン、大型の狼など、魔物たちが大挙して押し寄せてきているのだ。
──早く追っ払わないと!
<BOOT ClockUp Drive!>
再び表示されるインジケータと、流れる電子音声。
直後、零士は周囲の全てが重くなったような感覚に陥る。
空気も重く、自分の動きも遅くなった。
いや、自分だけではない。目の前の多数の魔物たち、風に揺れる草木の動き、何もかもが遅い。
そんな中で、零士だけは、”ちょっと遅い”くらいの速度で普通に動けた。
細かい分析は置いておこう、今は目の前の魔物たちを何とかしないと。
そう開き直った零士は、自身の左正面、女性に向かって駆けてくる……様子のオークに近づく。遅すぎて駆けているとは思えないが……。
拳を握り、瞬間、先ほどの”背中爆散事件”を想起し、軽く緩いテレフォンパンチをオークの左頬に打ち込んだ。
拳打の衝撃が、オークの頬肉を揺らす。
まるで静謐な水面を伝わる波紋のように、その波が頬、首、胴体へと緩やかに伝播していく。
同時に、直撃を受けた頭部が縦に一回転し、明らかに頸骨を粉砕。
それでも運動エネルギーは過剰なのか、オークの全身が大きく縦回転を開始。
大の字で宙に浮かんだオークは、側転のように回転しつつ、全身に伝播した衝撃が肉体を崩壊させ始める。
「やべ」
自身の攻撃によるオーバーキル具合に戦慄する零士。
零士にとっては数秒、現実時間では1秒にも満たない時間。彼は浮かび上がるオークを見つめ、
「おっと、まだいるんだった」
空飛ぶヒトデと化しつつあるオークの行く末が気になるところではあるが、まだまだ魔物がいることを思い出し、零士は視線をめぐらす。
次は、もう少し加減しようと心に決めつつ。
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「うぉ!?」
真横の黒い穴から、漆黒に全身覆われた異形の人型が出現し、ケンタは思わず上ずった声を上げた。
その声が、上がり終わるか否かの瞬間、残像だけを残し、その人型は既に消えていた。
次の瞬間には、黒い人型はエリナの前に移動し、オークの巨大な腕を細腕で軽々と押しとどめていた。
ケンタは、その人型を初めてじっくりと観察した。
全身を覆っているのはどうやら金属製の装甲板のようで、関節部は駆動しやすい構造となっている。
加えて、全身に走る緑色の線が明滅を繰り返しており、その様子はまるで──
「コミックのヒーローかよ! え、ここそういう世界観だっけ!?」
彼の得意技が炸裂した。






