16話:エルフヘイム
「聖剣は、エルフヘイムにある」
「エルフヘイム?」
エリシアの言葉を、リアムがオウム返しする。
大陸中央部には、『聖なる頂』グロリアス・ピークスと呼ばれる山脈がある。その麓にある『静謐なる森』の奥深く、エルフたちが住まう里、「エルフヘイム」があるのだ。人族を寄せ付けない、エルフだけの隠れ里。
聖剣とエルフヘイム。その言葉を耳にし、ケンタの脳裏に、苦い“記録”がよみがえる。
『うぉぉぉぉぉぉ!! 大丈夫だ! 俺の前腕筋が耐えてみせる! やれリアム!!』
『はぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
グレッグはガスヴァルの赤熱する大剣を戦斧で受け止め、戦斧が粉砕しては、その屈強なる肉体で受け止めた。その隙を付き、リアムの一撃はガスヴァルを両断した。
ガスヴァルの死により、奴が起動していた魔導塔の転移魔方陣が暴走。魔法都市は壊滅的打撃を受けた。
『酷いです! まだ充分な治療も──』
『だ、大丈夫だ、嬢ちゃん』
転移事故の責任を追及され、ガスヴァル戦の負傷も癒えぬうちに、リアムたちは魔法都市を追放された。
グレッグは、半ば炭化した腕を上げ、握りこぶしを作って見せる。動かすだけで激痛が走っていることは容易にわかる。
『大丈夫よ、アタシが付いて行ってあげるんだから』
エリシアが、セレスティアの肩を抱きつつ、努めて明るく告げる。
だが、旅は困難を極めた。
『くっ、『聖なる頂』の麓だというのに、これほどの魔物が!』
『ぐぁっ!』
『グレッグ!!』
『大丈夫だ!!』
未だ傷が癒えず、満足に戦えないグレッグ。さらに魔王の影響か、『静謐なる森』には強力な魔物が跋扈していた。
『グレッグやはり無理だ、一旦引き返して──』
『魔王復活の影響は、既にあちこち出ているんだろ? 俺のことは気にするな。お前が信じる道を進め』
更に襲い来る多くの魔物。そこへ、人族の傭兵たちが乱入した。
『すまない、咄嗟ゆえ、確認せずに助力させてもらった』
『いえ、助かりました』
彼らは100名ほどの団員で構成された「深淵の光」という名の傭兵団であった。
それぞれの実力は、リアム達には及ばない。しかし、一国の兵団と呼ばれても遜色ないほどの連携練度を誇り、「静謐なる森」の魔物を危なげなく狩っていく。
彼らが連れていた衛生班の治療により、グレッグの傷も快方に向かい、彼らの助力を得たことで、リアム達は無事、エルフヘイムへたどり着いた。
人族を受け入れないエルフ。しかし、リアムの持つ”勇者の資質”を鋭く見抜き、リアムだけであれば、との条件でエルフヘイムへと立ち入ることを許される。
エルフヘイム中央に屹立する聖樹。その洞に、聖剣は安置されていた。
一人、聖剣に対峙するリアム。
聖剣との対話の後、リアムは洞に突き立てられていた聖剣を抜き去る。聖剣は、彼を勇者と認めたのである。
聖樹の洞を出たリアムが目にしたのは、燃え盛るエルフヘイムだった。
『おめでとう、勇者殿!』
「深淵の光」の団長、アビスと名乗った男が、不気味な笑顔でリアムを称賛する。
『さて、最初のお相手は、エルフたちを殲滅せし、悲しき獣だ!』
『ルゥゥゥオォォォォォォォォォ!!!』
そこには、半分魔獣と化したグレッグの姿があった。
──タ
─ンタ
「どうしたケンタ? 大丈夫かい?」
気が付くと、リアムがケンタを心配そうに覗き込んでいた。
「いや、なんでもな──」
「もう1セットだ!」
「はい!」
ケンタのすぐ後ろで盛り上がるグレッグとレイジ。
「俺のシリアス返して!!」
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魔王軍四天王が一人、【集蝕者】アビス。
彼、いや、彼らは”個にして全、全にして個”、100名からなる”アビス”たちは、全てがアビスであり、それぞれがアビスであった。
彼らの得意技は擬態であり、人族に紛れ、内紛や内輪もめ、分離工作が主たる任務であった。
今回の任務は、”勇者の資質”を持つ者に接近し、仲間の分断工作を行うことであった。
が、彼らは今、困惑していた。
──なぜか崩れない
勇者一行は今、「静謐なる森」を進んでいる。
エルフたちを追い込むために、この森には相当強力な魔物を放っている。
事実、勇者一行も苦戦を強いられている、ように見えた。
勇者と戦士が前衛として魔物を受け止め、後衛の女魔導士が強力な魔法を打ち込む。
負傷者には、女僧侶が回復をかけ……、なぜか髪型が変化している?
と、とにかく、危機に陥れば、彼らの手助けをすると見せかけ、自然に入り込む予定だったのだ。
だが、苦戦はしても危機には陥らず、危なそうに見えつつも、なぜか立て直すのだ。
──ん?
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ」
モブ顔でただの布の服を着た、武器すら持っていない男が、悲鳴を上げながら逃げ回る。
何度も攻撃を受けているように見えるが、依然として元気に走り回っている。
──なんだ?
「ぎゃっ!」
もう一人、モブ顔の男がいる。こちらはひどくくたびれた様子だ。頭髪はぼさぼさで、表情には疲れが見える。
加えて、見かけない服装をしている。しっかりとした仕立ての白い上着に黒いズボン。高そうな衣服なのに、手入れがずさんなのか、随分とよれよれになっている。
この男も魔物の攻撃を受けているが、”ガンッ!”という異常な音を立てて、攻撃が効いていない。
どうやら、この二人が“囮”として魔物の一部を引き受け、分散させることで、一行は安定して戦いを続けているようだった。
──崩れぬなら、待っていても仕方がない
アビスたちは目標を変える。
勇者に取り入ることはあきらめ、多少リスクはあるが、エルフヘイム側へ先回りし、待ち伏せしよう。
アビスたちは黒い霧と化し、一気に「静謐なる森」を進む。
そして、エルフヘイム目前で再び実体化した”アビスたち”は、そろってエルフのような姿であった。
「エルフの命運も今日までだ」
エルフヘイムに向け歩を進めようとした瞬間、彼らの頭上から声が降ってきた。
「あれあれあれ~、君たち、本当にエルフ?」
背の高い木の中ほどにある枝の上、一人の女が座っていた。
彼女は人族に見えるが、この世界では珍しい黒髪を持っていた。
肌は病的に白く、目の下には濃い隈がある。何より、光彩と白目の色が反転した瞳が、ひときわ異常な光を放っていた。
「違うよねぇ~、だって、さっきまで黒い霧だったし」
女は枝の上に立ち上がる。
「とりあえず、」
女は枝の上に立ち上がり、アビスたちを見下ろす。
Recharge Villainous Core...
Limit Break
Release the Exoskeleton
「死んどけば?」
女の四肢末端から赤黒い装甲が展開され、深紅と漆黒に彩られた異形の人型へと変貌した。