12話:魔導士エリシア
Beeep!!
Beeep!!
Beeep!!
Beeep!!
Beeep!!
Beeep!!
Beeep!!
レイジの頭の中で、突然けたたましいビープ音が鳴り響く。
<複数の精神干渉を検知しました。素体保護のため外骨格を緊急展開します>
「へ!?」
レイジの奇妙な呟きの直後、黄色いメイド服は弾け飛び、レイジはジャスティス・ブレイクの姿になっていた。
『なっ』
なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃと叫ばなかったのは僅かばかりの冷静さが残っていたからか。
「ちょおまっ」
ケンタは即座にレイジの様子に気が付き、思わず漏れそうになるツッコミを止めるため、両手で口を押えた。が、その努力は空しく──
「あ、ジャスティス・ブレイクさん!!」
「ジャスティス・ブレイク様!!」
「む、なかなか良い広背筋だな!」
どうやら気遣いは無用だったようだ。
『あ、えっと……ご無沙汰』
ジャスティス・ブレイクは片手を上げ、一同に気軽な挨拶を交わす。
レイジの「ジャスティス・ブレイク」としてのキャラクターは、早くもブレブレであった。
「ジャスティス・ブレイクさんが現れたということは、ここにも強敵が!?」
「なんだと!?」
察しが良いのか悪いのか、ジャスティス・ブレイクの出現に、リアムは警戒を強め、つられてグレッグも緊張感を高める。
『あー、いや……、どうかな、ケンタ君』
「無茶ぶり!?」
困ったジャスティス・ブレイクは、ケンタに丸投げした。
「と、とりあえず、魔導塔の中に、たぶん”エリシア”、という人がいるだろうから、事情を聞いてみるのは、どう、かな?」
ケンタは当たり障りのない内容を考えつつ、エリシアへ会うことを提案した。
「ふむ、確かにそれが良さそうだけれど」
顎に手を当て、リアムは考え込む姿勢で魔導塔を見る。塔の前は亡者と化した住民たちが群がり、壁のようである。
「どうやってアレを越えていくか」
『あそこだ』
ジャスティス・ブレイクが斜め上を指差す。
塔の5階層当たり、突き出たテラスのような場所がある。
『私なら、あそこまで跳べる』
ということで、右脇にグレッグを抱え、左脇にケンタ、右肩にセレスティアを乗せ、左肩にリアムを乗せたフルアーマージャスティス・ブレイクが完成した。
「た、待遇の改善を要求する!!」
『少しだ、我慢してくれ』
ケンタの改善要求はスルーされ、フルアーマージャスティス・ブレイクは宙へ舞い上がった。
「ひぃやぁぁぁぁぁぁ……、あ?」
浮遊感に思わず悲鳴を上げたケンタだが、眼下に見える亡者もとい、住民たちの群れの中に、想定外のヤツを見つけた。
「エリシアは我の物だ! 誰にも渡さぬぞ!!」
──あれ、四天王ガスヴァルじゃね?
「こっちのスクリプトは明らかに放出系処理を行ってる、でも呼び出し元はここ? ならその前に指示データが記述されてないと──」
「この関数は外部コードを呼んでる、別術式を参照? いや、こっちとリンクしている」
「まだ初期化してないのにどうしてここで動くの? いや、こっちが参照呼出ししてて──」
「すげぇな、外があんなことになってるのに、研究に没頭してる」
ケンタが呆れた声を上げる。
リアム達がたどり着いたエリシアの研究室。その扉から中を覗くと、足の踏み場どころか、まともに居住スペースすらないほどに本や書類、巻物などが詰め込まれた部屋の中で、顔色が悪く、艶の無い茶髪をガリガリと掻きむしる女性が、古文書と向き合い独り言をブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツと呟き続けていた。
その表情は病的で、視線は古文書から一切移動しない。
「失礼します、エリシア様でよろしいでしょうか!」
コミュ力モンスターのリアムがファーストアクションを敢行する。が、
「……」
エリシアには効かなかった!
「エリシアさーん」
「少しよろしいか!!」
「くたびれババァ」
「うっさいわね!!」
直後エリシアから波動が放出され、研究室内外の音が完全に遮断された。
「聞こえてんじゃねぇか!」
「これは、遮音魔法です!」
「文字通り、聞く耳持たない状態だな。どうしたものか」
「そうですね、せめて、魅了の魔法が発動している発動体がわかれば、解呪することもできるのですが……」
セレスティアの言葉に、リアムは額に手を当て、考え込む。
『発動体? 精神汚染波の発生源か?』
ジャスティス・ブレイクがセレスティアに確認のように問いかける。
「お、汚染? えーっと、おそらくそうだと思いますが」
『ふむ』
レイジの視界インジケータには、精神汚染波の発生源が表示されている。
『そうだな、まずはエリシア本人。これは先ほどの遮音魔法だろう。それとこの魔導塔自体、あとは……、セレスティアだな』
「わ、私!?」
「やっぱりメンブレブロッカーは汚染源だった!!」
『魔導塔自体は、どうやら増幅装置のようだな。魔導塔から発している汚染波の発生源は、エリシアの肘の下敷きになっている用紙だ』
ジャスティス・ブレイクが指さす先、エリシアが一心不乱に向き合っている古文書の横、エリシアの左肘の下敷きになっている用紙がある。
用紙には、円形に複数の文字が書かれたいわゆる魔法陣が描かれていた。
「ということはあれが、」
「魅了魔法の発動体ですね! 早速解呪します!!」
セレスティアは手の杖に魔力を集め、
「魔法解除!!」
杖先から一瞬光が放たれ、直後、対象の用紙が弾け、爆散した。
「爆発するんかい!!」
「い、いえ……いつもは、しませんよ?」
セレスティアは誤魔化すように目を泳がせる。
研究室内では、エリシアが叫びながら大暴れしていた。
爆散した用紙の火の粉があちこちに飛び火し、書類や本に火が付き始めている。
エリシアが悲鳴を上げつつそれらを叩いて消して回っている。のだが、消音魔法のせいで音がせず、今一つ緊張感が伝わってこない。
「と、とりあえず、僕たちも消すのを手伝おう」
「任せてください!」
「いや、ちょっとま──」
「火消魔法!」
研究室唯一の窓が、パリーン、と外に向かって吹き飛んだ。
「……あ、うん。爆風は消火に良いって聞いたことあるわー」
爆風が吹き荒れた研究室内は、すべてのものが散乱し、書類と埃が充満していた。