1話:絶望の果てに宇宙人と遭遇して絶望
初めての方ははじめまして。
そうでない方はお久しぶりです。
新作始めます。
完結まで執筆済みなので、必ず完結します。
「まじかよ……」
窓ガラスに額を押しつけて、中野零士は呟いた。視線の先、もぬけの殻となった”元事務所”が、ただの空っぽの部屋としてそこにあった。
おかしいとは、うすうす感じていたのだ。「死んだらどれだけでも休める」が社是としか思えないブラック企業が、実に半年ぶりの休日を言い渡してきたのだから。
2日間の連休は完全に”寝連休”になってしまったが、自分でも思った以上に英気を養えたと感じていた。
ああ、また会社に泊まり込みの日々かな、と思いつつ出勤してみれば、これだった。
零士の会社は夜逃げしたらしい。当然、給料は未払いだ。
会社に置いてあった零士の私物すら、綺麗に片付けられている。
警察へ通報だとか、労基へ訴えだとか、そういう常識的かつ具体的な解決方法を考えることもできなかった。
茫然自失のまま、フラフラとさまよった零士は、気がつけば電車に揺られていた。
「あれ?」
ガタリと列車が大きく揺れたことで、虚ろだった意識が少し戻る。
どうやって電車に乗ったのか、なぜ乗ったのかもさっぱり覚えていない。
今走行中の場所から考えるに、元事務所の最寄り駅から各駅停車に乗り、そのまま終点に向けて邁進中のようである。というか、次が終点だ。
車窓には、海が見えていた。
終点で列車から降ろされ、なんとなく気が向いたので、零士は海へと足を向けた。
まだまだ春先で肌寒いこの時期に、浜辺をうろつく人間はいない。静かな中、打ち寄せる波の音だけが耳朶を打つ。
「ああ~、これからどうしよう」
波音が心を少し落ち着けたのか、零士はやっと現実に向き合おうとして上を見上げた、その時だった。
「……」
未確認飛行物体が今まさに自分に向けて落下してくる様を──いや、潰れた。
「……、あ、俺カツ丼」
「カツ丼は無いかなーっ!」
「えっ!?」
零士が寝ぼけて呟いた「カツ丼」のオーダーに、聞き覚えのない声で答えが返され、零士は急速に意識を覚醒させた。
真っ白の何もない空間に、零士は横たわっていた。
自分が寝ていた床面も真っ白で、でも柔らかいマットレスのような手応えの謎空間だ。
「あー」
戸惑う零士の前に、ぼんやりと白い人型が……いや、だんだんとその姿が変わり、いわゆる”グレイ型”と呼ばれる宇宙人の姿になった。
「ほー、君の認識はそういう感じなのね」
グレイ型宇宙人が、独り言のように述べる。
「え、誰?」
グレイ型宇宙人に誰何しようとした瞬間、自分が銀色の円盤、まさしく未確認飛行物体UFO然とした物体に押し潰された事実を思い出した。
「俺生きてる!? 確か潰され──」
「まぁまぁ、落ち着いて」
取り乱しそうになる零士を、なぜかやけに親切にグレイ型宇宙人が宥める。
「あー、とりあえず……、僕はゼノン。次元のトリマーだよ!!」
ゼノンと名乗った宇宙人は、右手の横向きピースを目に当て、ウィンクしてポーズを決めた。
零士は、きゅぴっ!という効果音が聞こえた気がしたのと同時に、イラッという自分の心の音を聞いた。
「めんごめんご! ちょっと”また”宇宙船で事故っちゃって、君を轢殺しちゃった! 大丈夫! しっかり体直したし! 僕、地球のテレビには詳しいんだからね!」
「はぁ!? テレビ!? 体!? 直した!?」
零士の「体、直した」の発言に反応したのか、彼の視界に緑色の線がいくつも表示され、全身の状態、パワーレベル、武装の状態などが表示された。
まさにインジケータ。こんなもの、ロボットアニメやヒーロー映画でしか見たことがない。
「いや、ちょ、待っ──」
「じゃぁねー」
ゼノンがそう言い放つと、零士は急な浮遊感を覚えた。
「え、空中!?」
驚きに目を向けると、先ほどまで立っていた床に穴が空き、そこから自分がUFOの外へと排出されつつあることに気がついた。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫びが海に響く中、零士は浜辺へと落下。大きく砂ぼこりが舞い上がった。
砂ぼこりの中から、げほげほと咳き込む零士が立ち上がる。
「ま、まじかよ……」
本日二度目の”まじかよ”である。
相変わらず彼の視界に映るインジケータには、全身の状態が”健全”であることが表示されていた。
軽く20m以上は落下したにも関わらず無事だとすると、まともな”人間”とは思えない。そもそも、視界にインジケータが映る人間がいるとは聞いたこともない。
「え、まさか宇宙人にサイボーグ化された感じ!?」
一日の間に訪れた激動すぎる様々に、零士は何を思って良いのか、心が完全にショートした。
本日二度目の茫然自失を経験した零士は、海辺の街をぼんやりと彷徨っていた。
「へっ、サイボーグでも心は人間、ってか」
よくわからない自嘲のセリフが飛び出すほどには重症である。
時刻は既に夕暮れ時、零士は空腹感を覚えたことに違和感を覚えた。
「サイボーグなのに腹減るのかよ」
しかし、”食”という楽しみが奪われなかったことは、あの宇宙人野郎のせめてもの情けかと考えたところで、そもそもあの宇宙人が原因で事故死したことを思い出し、立腹した。
「やけ食いだ!」
食事ができそうな場所を求め、きょろきょろと見回す。
すると、100mほど先に場末の中華料理屋らしき店舗があり、丁度看板に明かりが灯るのが目に入った。
ああいう店は、当たれば旨いのだと思いつつ、その店に決めた零士が一歩踏み出した瞬間、ぐいと後ろに引っ張られた。
「へぁ?」
背後を見ると、何もない中空に黒い穴がぽっかりと空き、零士の体はそこに向かって吸い込まれているかのように引き寄せられていた。
「つ、次から次へと、なんなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
夕暮れの街に零士の絶叫が響き渡る。だが、その声もほどなくして黒い穴に吸い込まれ、消え去った。
満足したかのように穴が消滅すると、そこには静寂だけが残された。
本日、あと1話投稿します。