うまい話(ショートショート)
「私、悪魔と人間の縁を取り持つ仲介業を営んでいる者なんですが、彼らと契約を結びませんか?」
八月の昼下がり、俺の所に、そんな電話が掛かって来た。
最初は相手にしなかったが、話を聞く内に試してもいいかなと思うようになった。魂と引き替えにと言ったって、前世や来世を信じてはいないし、まぁ、どうでもいいやと思ったのだ。それに何よりも、俺は今、非常に窮していて、そんな与太話にもすがりたい心境なのである。
俺が話を聞いてみたいと申し出ると、電話口の男は、
「それは、ありがとうございます。では担当の悪魔を差し向けますので、その者との契約をお願いします」
と、穏やかな声で言った。
電話を終えた後、俺はクーラーの設定温度を二度下げる。今年は記録的な猛暑らしく、うだるような暑さが連日続いていた。
窓越しに、数十匹にも思えるセミたちの声が聞こえてくる中、
「あぁ、今の電話も、暑さで幻聴でもおこしたのかな……」
と、そんな事を考えながら、俺は冷蔵庫からアイスを一本取り出して一人食べる。
プルルル……。
あれ、また電話か。今日は良く掛かってくる日のようだ……。
それから数時間後、
「ピンポーン」
と、玄関のチャイムが鳴った。
インターホンに出てみると、
「こんにちは、私、悪魔紹介所から参りました悪魔でございます。この度は、ご契約していただけるそうで、誠にありがとうございます」
モニターにはどうという事はない、普通にスーツを着込んだ若い女性が映っている。俺は、ちょっとガッカリした。如何にも悪魔という出で立ちの者が、来訪すると思っていたからだ。
だが、そんな事を言ってみてもしょうがない。俺は彼女を居間へ通すと、その女性は早速パンフレットを広げ、淡々と説明をし始めた。内容は俺が思っていたものと、大した相違はない。
「わかった。契約しよう」
俺がそう言うと、女性は突然呪文を唱え始め、あっという間に”悪魔っぽい”姿へと変貌した。
彼女は、呆然とするオレを尻目に、
「突然、すいません。契約をする時は、この姿に戻る必要があるのです。驚かせてしまいました?」
悪魔然とした彼女が、はにかみながら言った。ただ少し落ち着いてよく見ると、確かに悪魔の姿ではあるものの、翼はひしゃげているし、角も小さく尻尾もちぢれている。
一言で言えば”貧相”なのだ。
だが「これが正しい悪魔の姿」というものを知らない俺は、納得せざるを得なかった。
「では、こちらへサインを……」
契約書とペンを差し出す彼女に、俺は、
「本当に、これで願いが叶うんだろうね。死後とはいえ、魂を差し出すんだからさ」
と、尋ねる。
「はい、もちろんですとも。私どもを信頼して下さい」
彼女の顔は、悪魔界の基準として美女なのか醜女なのか、そんな事をボンヤリと考えながら、俺はペンを取った。
契約書へサインをしようとする俺の手元を見ながら、女悪魔の口元が喜びに引きつったその時、
「動くな!大人しくしろ!」
という怒声と共に、数人の、今度は”立派な”姿をした悪魔数人が部屋へとなだれ込んできた。
「な、何なんですか、あなた方は!?」
女悪魔は突然の出来事に、完全にパニック状態へと陥った。
でも俺は一つも慌てない。何故ならば、こうなる事を二回目の電話で聞いていたからだ。
「お前を”魂詐欺”の現行犯で逮捕する」
リーダーらしき悪魔が言うと、後の者たちが彼女を押さえつけ、何やら手錠のようなものをかけた。
「あ、悪魔警察? ち、違います。私は、詐欺なんて……」
必死に抗弁する彼女に、
「もう全部わかってるんだ。我々はもう数カ月の間、内偵捜査をしていたんだよ。お前は詐欺グループの”取り子”、つまり魂を今すぐ回収する役目だろ?
その契約書には、上手い事そう書いてある。願いを叶えないで、魂だけを即回収できるようにな」
と、引導を渡す。
そうなのだ。俺が二回目の電話で聞いた話。それは最近、契約をすると見せかけて、魂だけを奪う悪質な詐欺が横行している。だから囮になって、犯人逮捕に協力してくれというものだった。
まぁ、俺としては、どちらが本当の話でも良かったので、引き受けた次第だ。今の閉塞感を打破する、いや誤魔化すのには丁度良いイベントだと考えて……。
「ちょっと! 私は悪くないわ! 割のいい仕事があるって、誘われただけだもの。騙される方が、悪いのよ。それに上の奴らに個人情報を握られて、断ったら家族を酷い目に遭わせるって……」
開き直る女悪魔。
しかしそんな彼女に向かって、リーダー格の悪魔は、
「何を言ってるんだ。こういう詐欺が横行すると、まっとうに人間と契約しようとしている正直な悪魔が迷惑するんだよ。悪魔のツラ汚しめ」
と、叱責した。
「私だって、好きでやってるんじゃないわ。私みたいな低級悪魔、まともな仕事につけるわけないし、生きるために仕方なくやってるのよ!」
彼女は、手足をバタバタさせ騒ぎ立てたが、屈強な悪魔たちにすぐに抑え込まれる。
「まぁ、話はあとで、ゆっくりと聞いてやる。今度こそ、取り子だけでなく、上の方まで検挙してやるからな」
リーダー格の悪魔はそう言うと、彼女を外へ連れ出すよう部下に命じた。
そして俺の方を振り返ると、
「いや、ご協力ありがとうございました。つきましてはお約束の通り、気持ちばかりのお礼を致しますのでお受け取り下さい。いえいえ、魂は頂きません」
と言って、部下たちの後に続き部屋を出て行った。
俺はひとり、ポツンと部屋に取り残される。
今のは現実だったのか、それともこの猛暑が見せた幻だったのか。
俺はそう思いながら、冷蔵庫からアイスを一本取り出した。そして頭を冷やすように、瞬く間にそれを食べきった。残された棒を何気なく見た俺は”もしかしたら、これが?”と苦笑する。
棒に印刷されている「当たり」の文字が目に入った。
ささやかな報酬の余韻を感じながら、俺はスマホを起動させる。
そして、
《ご興味を持って頂き、ありがとうございます。最初に申し上げた通り、これは闇バイトではありません。まっとうなホワイト案件です》
と、記されたメッセージを削除した。
【終】