#9.俺とかーちゃん。時々花子。
「かー、ちゃん……?」
目の前にいたのは、紛れもない、俺の実の母親である夢宮 神夢威だった。
「なんで……、ここに……。」
「……待って待って、神夢威だからかーちゃんなのか、母親だからかーちゃんなのか、どっち。」
「母親ばい。そこのバカ息子の。」
「アッ、はい。」
「……、何でかーちゃんがここにいんの……?」
「……。」
黙り込むかーちゃん。なんだ?言いづらい死因とかあるか?……いや、この人もしかして……。
「……事故ったな……?」
「……、バレた!なはは!」
「なははじゃねえよ。人轢いた?」
「うんにゃ、ぼーっとして運転しちょったら電柱にぶつかったっちゃんねー。」
「ついにかー……。いつか死ぬレベルの事故起こすだろうとは思ってたけど……。」
「なははは!でもあーたと会えたし、まぁいいやろ!」
この人、かーちゃんは生前からとても運転が荒かった。人を巻き込む事故こそ起こしたことはないものの、車を壁に擦ったりガードレールにぶつかったりと、よく車をボロボロにしていた。
しかしついに、死ぬレベルの事故を起こしてしまったか。しかも私が死んでからまだ1ヶ月も経ってないのに。
「……新入りか?」
「あ、羅漢さん。ちゃす。」
少し話がそれるが、羅漢の天地創波者のお陰でこの世界の周囲に山ができ、景観が少し良くなってきている。正確な方角は分からないが、海辺も作って貰えた。……正直、かなりのスタミナを使うと思うんだが、やはりこの人は異常だ。
「筋肉すごっ」
「あぁ、俺の取り柄だ。朝倉 羅漢、あんたの名前は?」
「あ、夢宮 神夢威。羅漢さんはー、エプロンしてるってことは主婦?」
「呼び捨てで構わねぇよ。そうだな、4人のガキの親だ。」
「へー!4人!すごかね!あーしはこのバカ息子で手一杯やったが!」
「……うん?あんた、こいつの親なのかい?」
「そー!葬式終わって虚無りながら運転してたら電柱に激突して即死した!いやー、痛い思いせんでよかったー!」
「……、愛夢の母親かい……、ちと驚いたね……。」
「なんかあの子、ここで天国作りよっちゃろ?あーしも手伝いたい!」
「……、切り替えが早いね。じゃあ、あんたの息子から力を貰いな。」
「……力?」
「そう、今この世界では、愛夢の坊主がみんなに力を与えることで、みんながその力でこの世界を作り上げていってる。例えばこの辺の民家なんかは籠目って坊主が作ったもんだ。」
「へー!あーしもなんかつくりたい!強いのがいい!」
「だとよ、愛夢。」
「ふむ。」
強いの、って言われてもなぁ。今この世界に必要なのは切実におかず。お米との比率が10:0の世界だから、おかずが欲しい。けど味の再現者は既にシュルに与えてしまったので、他の力でカバーするしかない。まずはおかずの元となる食材からだ。
「野菜……、肉……。どれがいいかな。」
「動物?動物生み出せるん?」
「うん?あぁ、うん。そういう力もあるね。」
「それがいい!!」
「……、うーん、頭貸して。」
「ほい。」
「【与える者】」
「……ん、……ん?おお?なんか力が湧くね!」
「なんか試しに生み出してみてよ。」
「どっから?」
「どっから……?」
「いや、口とかおしりとか。」
「どっちも嫌だわ、普通に手をかざすだけでいいよ。」
「あぁそう。おいでっ。花子っ!【野生の開拓者】」
花子……?誰だ、なんて思いつつ、かーちゃんが作り上げたのは、紛れもない豚、だった。
「……豚かぁ。」
「あんた豚肉好きやろ?花子、よく育つんよ。」
「くっそ食いづらいじゃん……。小学校で豚育てて食うのと同じやつじゃん……。」
「なはははは!そんなんあるん?命は大事にせなね〜。」
「……なぁ、お前のかーちゃん倫理観大丈夫……?」
「あぁかごめん、居たなそういえば。大丈夫だとは思う。多分、きっと、おそらく。」
「おけ、信用ならんのはわかった。まぁむーちゃんかもう1人増えたと思えばいいか。」
「それはそれで嫌だな……。」
「でもこれであとは動物捌いて調理できる人が来ればモーマンタイじゃね?」
「だね。」
……さて、次は誰が来るかな。早めに来て欲しいな。食料問題が解決出来る。
「おーい愛夢ー」
「愛夢殿。」
「ん……?あぁ、双子じゃん、どうしたの、って……」
陽と陰の双子がやってきた。相変わらず区別がつかん。しかし今日は二人の間に双子の妹、命結が両手を掴んで挟まれていた。
「どしたの命結たん。」
様子を聞こうとすると、双子がすかさず俺を囲んでコソコソと話し出した。
「いやなに、妹者もみんなの力になりたいと、先程駄々を捏ねていてな」
「俺達が愛夢殿に進言するから安心しろと約束してしまったのだ。」
「というわけでどうか、妹者にもなにか力を与えてくれないか。」
「頼む。」
「……まぁ他の誰でもない命結たんの為だからなぁ。仕方ない。」
幼女には優しく、これは俺の信条だ。
「へい命結たん!力を授けたらほっぺにチューしてくれる!?」
「きっしょ。」
「黙れカス。」
「……。」
かごめんが横から軽蔑の眼差しを向けてきているがお構い無しだ。
「いいのじゃ!たくさんちゅーするのじゃ!だから命結にも力を与えるのじゃ!」
「はいはい、頭貸してね〜、【与える者】」
「……、のじゃっ!早速使ってもいいのじゃ?」
「いいよいいよ、あ、羅漢さん、畑作ってくれない?」
「ん?畑?……あぁ、はいよ。【天地創波者】」
緑一色だった地面が、ボコボコと隆起して、耕される。あっという間に畑がその場にできては、命結がそこに向けて手をかざす。
「のじゃのじゃ〜……、【種の革命者】!」
ぱらぱらっ、と、命結の小さな手のひらから種がばら撒かれる。それらは畑にばら撒かれると同時に、瞬く間もなく目を生やし、メキメキと成長しては、やがて、地面になにかが生まれた。
「何作ったん?どれどれ。」
掘り出してみると、それはジャガイモだった。
「うおおおおおお!!!!米以外の食料だ!!」
「花子もおるばい」
「うるせえ!食いづらいんじゃ!それよりこれでじゃがバタ作ってよ!」
「なになにむーちゃん、叫んでるけど。」
「かごめん!芋!!ジャガイモ!!」
「なん……だと……。」
「浮気かコラ。」
シュルも来ていた。
ついに新しい食材をゲットした。あとは調理器具の揃ったキッチン付きの家をかごめんに作らせれば、羅漢なりかーちゃんなりが作ってくれるだろう。
これで、1つ問題が解決したわけだ。
あぁ、生のじゃがいも見るだけでヨダレが止まらない。はやく、早く食べたい。
「かごめん!今日は宴だ!今この天国にいる全員を呼んでこい!!」
「任せろって!」
あの世に来てから、ずっと先のことばかり考えていた。
でも今は、少しだけ、目の前の時間を楽しんでもいい気がする。
「ねぇかーちゃん、ちゃんと食べられる豚も作れる?」
「まかせんしゃい!おいで、太郎!!」
「太郎ッッッ」
かーちゃんが笑う。俺も笑う。
──きっと、今夜は楽しくなる