#7.保護する使命
僕の名前は黒羽 鴉。大好きなドン先生と、仲良しのクラスメイトと一緒に、小学校の卒業式のためバスで移動中に、トラックにぶつかり事故で死んでしまった結果、この世界、愛夢さん?が言うには天国、とやらに来てしまった。愛夢さんが天国を作ってなかったら僕たちはどうなってたんだろう、そう思うと少し怖いけど、今はその愛夢さんのおかげでドン先生と一緒に毎日楽しく、天国で中学生をやっています。
「よし、今日の授業はここまでだ。俺も頭が痛てぇ。お前ら遊んでこい。」
「「はーい!!!」」
あっ、気づいたら授業が終わってた。……えへへ、後でドンちゃんに分からないところ聞きに行こうかな。中学校は楽しい。新しい知識を得る感覚は僕にとってとても楽しいことだから。授業が終わるとみんなは教室の外にある湖に集まって水遊びをする。僕も混ざりたいけど、今日はちょっと散歩の気分かな、よし、散歩に行こう。
「ねぇねぇどこに行くの?どうしてみんなと遊ばないの?」
「わっ、……あ、いろはちゃん。ちょっと今日は散歩の気分なんだ、えへへ。」
この子は虹色 彩葉ちゃん。透き通るような白い肌に綺麗な水色の髪の毛。絵を描くのがとっても大好きで、しかもすごく上手いんだ。小学五年生の時、県の絵画コンクールでいちばんすごい賞を貰ったこともあるんだよ。自慢のクラスメイトなんだ。けど、彼女は人との距離感が少し変わってて、いつも間近で問い詰めてくるから、少し恥ずかしい。だっていろはちゃんは、とっても可愛いから。……好きとかじゃないよ!?かわいい女の子が顔を近づけてきたらみんな恥ずかしいよね!?僕だけじゃないよね!?
「お散歩にいくの?どうして?いろはも着いてっていい?」
「えっ、あ、うん。もちろんいいよ!っていっても、遊びに行くところなんてこの世界には無いんだけれど」
「ここはずっとお空が明るいから、今何時かも分からないもんね?どうして太陽さんとお月様はでてこないんだろう?」
「愛夢さんがいうには、無限の時を彷徨う魂の壁……?で覆われているから、だって言ってたよ?」
「へぇー!そうなんだ!凄いね鴉くん!伊達にクラスいちのしゅーさいじゃないね!」
「秀才かぁ、えへへ、ありがと。」
僕はクラスの中では今のところ1番頭がいいとみんなが褒めてくれる。ドン先生も、いろはちゃんも。言葉にされると照れちゃうけど、やっぱり嬉しい。この世界でも勉強はできる限り続けよう。
「ところでどうして散歩なの?」
「あ、それがね、ちょっと気になってることがあって……、この世界、虫さんが居ないんだよね。まだ見つけてないだけかもしれないけれど、もしかしたらどこかにいるかな、って」
「ん〜、死んだ虫さんの魂がこっちに来るとかかな?」
「あはは、どうだろうね。僕たちが死んだ時に現れたあの白いモヤモヤ……、愛夢さんのいう、他称神様が、虫さんたちの命まで見てくれてるといいんだけど……。」
「鴉くん虫さん好きだもんね!知ってるよ!ひょーほん、つくるんだよね!」
「えへへ、そう、標本が作りたいんだ。この世界でも。」
いろはちゃんも、距離感はズレてるけどその分人を見てる。僕の好きなことも覚えてくれている。
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「はぁっ!……はぁっ!……!」
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そんな他愛のない会話をしてる時、聞き覚えのない声が突然耳に入った。
「僕たち、虫を探しているのかい?」
「……だぁれ?」
「あ、こんにちは、初めまして。……虫!いるんですか!?」
「あぁ、あっちの方にね、着いておいで」
ボサボサの髪に無精髭を生やしたおじさん、こんな人ここにいたっけ?始めてみる人だ。授業を受けている間にこの世界に来た新しい人かな。……そういえば死ぬ前は、ドン先生から知らない人には絶対について行くな、もしついて行ったらそいつを殺して俺も死ぬ、なんて物騒なこと言ってたっけな。でもここ天国だし、きっとなにか事情があって死ん出しまった人なんだろうし、大丈夫だよね。
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「くそっ!これが俺の力……!間に合え……!」
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「……ん?」
よく見ると、不自然な歩き方をする人だ。右足が不自由なのかな。……これは、自分で言うのもなんだけど、僕には観察眼がある。人を見る目があるともドン先生に言われたけど、この人の場合、歩き方だ。右足だけ、ほんの少し足を曲げづらそうに歩いている。些細な違和感。
「ほら、この辺りに虫さんがいたよ、探してごらん」
「鴉くんっ、一緒に探そ!」
「……えっ、あ、うん。」
この世界に来た時の話、僕達は事故で体がぐちゃぐちゃになって死んだけど、この世界に来たら元通り、擦り傷ひとつ無くなっていた。この人も、なにか足に怪我をしていたのなら治っているはずなんだけど……。なにか条件が……
ザク。そんな音が聞こえた。アニメなんかでよく聞く、肉を裂く音。同時に言葉では言い表せない痛みと熱が、胸の部分から拡がった。
「〜っ!!」
声が出せないほどの痛みってなんだろう。痛む場所を、跪きながら触ってみる。
「赤……い……、……これは……」
それが自分の血だと気付いたのは手にべっとり着いた自分の手と、後ろを振り向いた時に見えた、満面の笑みに刃の長い包丁をもっているおじさんを見た時だった。
あぁ、あの不自然な歩き方、この包丁を隠し持ってたんだ。
「いろはちゃ、……!逃げ……っ!」
「虫さんいないよー?……、……えっ?」
あぁ!だめだ!いろはちゃんまで!誰か!誰か……!……、……ドン先生……!!!!
「やめろぉおおおおおおおおおお!!!!!」
「遅れて現れるヒーローに価値はねえんだよ、きひひっ!!」
シャッ、
「あっ、がフッ……」
いろはちゃんの首が、半分裂ける。遠くからドン先生がすごい顔でこっちに来てる。あぁ、ごめんなさい。知らない人についていってしまったから、いろはちゃんまで巻き込んで、僕達、また死ぬのかな……。あぁ……、意識が……。
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「鴉!彩葉ァ!!!」
「もう遅せぇよ!ヒーロー!心臓と頸動脈をスッパリだ!血も出てる。こいつらはこの天国で2度目の死を味わうのさぁ!!」
「……っ!!!」
くそ、くそくそくそくそくそ!!なんだってこんな世界に包丁を持った人殺しが……!違う!今はそんなことより二人の止血だ……!その為に……!
「……お前を殺す……!」
「出来るといいなぁ!」
ありったけの力を込めて、男の顔面に拳を振るう。がむしゃらでは無い。こういう時こそ冷静に、敵の無力化を優先しなければならない。当たる、そう直感した時、男が視界から消える。
「……てめぇ強えな……?殺しがいがあるなぁ……!」
こいつ、なにか格闘技を齧ってやがる。俺の動きを、拳を躱すとは。
「っ!」
拳を交わした直後に、腕に包丁で傷を入れられる。血を流すなんて何年ぶりだろうか。視界から消えた、つまり下だ。切られた腕とは反対の腕で、上から殴り下ろす。その直後、拳から腕にかけて激痛が走る。
こいつ、俺の拳が落ちる場所に合わせて包丁を構えていやがった。……だが。
「……もうてめぇに武器はねえぞ……!」
「……!?」
ありったけの力を込め、包丁の突き刺さった拳を握りしめる。筋肉が包丁をきつく固定し、そのまま相手の手から包丁を奪い取る。
「……きひっ、マズイマズイ、獲物を取られちまったなぁ??きひひひひっ!」
それでも尚余裕そうな表情をうかべるこの人殺しに、どうとどめを刺すべきか。
俺はここに来た時、愛夢から力を与えられたが、かごめの坊主がいうには力が体に適合していないと言われた。力もない。一発で仕留めるほどの力も出ない。
そう思った、その時だった。視界に入る、血にまみれた鴉と彩葉の姿。2人とも、助けを求める目をしていた。
ドクン
「!?」
力が、湧き出てくる。
「……。【保護する者】!!!」
バチバチっ、と体から黒い雷が迸る。それらが右腕に集まり、圧倒的なパワーが凝縮される。
「きっ、なっ、なんだそれは!?」
動揺する人殺し。正直俺も動揺しているが、これが俺の力だ。あの日、初めて愛夢と籠目の坊主の前で力を発揮した時に力が発動しなかったのは、守るもの……、この力の名前で言うなら、保護する対象がいなかったから。
だが、今の俺の頭の中には次々に浮かぶ。鴉、彩葉、きっとお前らを助けるのはもう手遅れだろう。悔しいが現実だ。だがそれでも、この人殺しを逃がせば他の、俺の大切な生徒たちが危険な目にあう。俺にはあいつらを保護する使命がある。
「……これで死ね……!護る為の拳……!!!」
っバンッ、と弾ける音。男の頭は俺の拳でバラバラに砕け散る。……すまない。鴉、彩葉。俺にはこんな方法でしか、仇を打てなかった。
「……何事だよ……。」
「ドンちゃん!?」
あぁ、愛夢、籠目の坊主。今来てくれてよかった。頼む、頼むから……。
「愛夢、俺はどうなってもいい。俺の命ひとつで助けられるならそれでいい。鴉を……、彩葉を……、元に戻してくれねえか……。」
「待って待って、わかんない、は?え?」
「むーちゃん!しっかりしろ!多分この頭吹き飛んでるのが悪者で、この2人はドンちゃんの生徒だ!助けなきゃ!」
「……けど、死んでんじゃん……、待て、待てよ……。」
____
頭を回せ、夢宮 愛夢。この状況下で2人を助ける方法。あの他称神に祈れば戻してくれないか?いや、あいつは直接この世界には干渉しない。ならどうやって……。
「……!?」
「2人が……、魂に……。」
「鴉……!彩葉……!だめだ!お前は俺の生徒だ!2度もお前たちを失ってたまるか……!!」
魂にまでなられたら、心結のファボテイクでの治療も宛にならない。どうする、どうすればいい……!
「……こりゃあ米を供えるしかないのかね……。」
「シュル!お前こんな時にっ!」
「……待てっ!そうだ!シュル!お前だ!!」
「あん?」
そう、この世界に来て初めてシュルが来た時のことを思い出せ。あの時シュルは無限の時を彷徨う魂から、力を授かることで人間の形を取り戻した。なら今魂になってしまったこの2人にも……!
「ドンちゃん、あんたのクラス、出る杭打つような真似はしねぇだろ……!【与える者】!!!」
ふたつの白い魂。ドンちゃんの傍を心配そうに浮遊する魂に、手を掲げ、力を与えた。その途端、みるみると元の鴉、彩葉の姿を、2人は取り戻した。
「……!どうして!?どうしてまだ生きてるの!?」
「いろはちゃん……、……!ドン先生!」
「!!!、ドンちゃん!!!」
「……お前たち……!」
「……ふぅ……。」
「……さすがむーちゃん。」
「お前と……、……シュルのおかげだ。」
かごめんとシュルにそう言葉をかける、そして、さらに遅れて心結と双子が現れた。
「なんだ?何があった?」
「状況が掴めんな」
「……あら、ドンちゃん、お手手が酷いことになってるわ〜、私に任せて〜。【癒す者】」
「……っ!……すまねぇ。」
ピンク色のオーラがドンちゃんの腕を包み、傷を癒していく。五分ほど経つと、傷跡も残らず綺麗さっぱり元に戻った。回復能力ってすげー。
「ほっ……、よかった、ドン先生の腕、元に戻った……。」
「ごめんなさいドンちゃん、いろはたちが知らない人について行ったから……。」
「あぁ、いいんだ。お前たちが生きてくれてるだけで、この世界にいてくれるだけで……。……愛夢……、この借りは、この恩は……!一生忘れねぇ!ありがとう……!本当にありがとう……!!」
「……いやまぁ、俺もテンパってたけど……、俺ここの最高責任者だし。この位はね。俺自身に力は無いし、それに、力を得た死者がまた死んだらどうなるかは分からない。だから、次からはみんなを、……みんなの笑顔を守るために戦って。……これ意味わかる?」
「……安心しろ、俺は死なねぇし、もう誰も死なせねぇ。」
「ならよし!」
「……なぁなぁ、俺達何しに来たの?」
「……みんなの笑顔を見守るため、かな。」
双子が影で呟いていた。