#6.俺の名前は後藤 籠目。予定ではイケメンに生まれ変わるはずだった。
俺の名前は後藤 籠目、15歳。死ぬ直前、付き合っていた恋人を通り魔から守るため殺され、気がつくと目の前にはよくんからん喋るモヤがいて、俺の知り合いが天国を作っているとの事でこの世界にやってきた。予定では圧倒的イケメンに生まれ変わってたはずなんだが。
そこに居たのは生前ネットグループで仲の良かった夢宮 愛夢こと むーちゃん、の姿だった。お前何死んでんの?とは聞けないまま時間が経ち、今は自称恋人を名乗るシュルという女に毎日色んな種類のお米を食べさせられ、おかげで最近お米の種類によって味の違いが分かるようになってきてしまった。末期だと思ってる。
色んな理由で人がやってくるが、今俺は非常に興奮していた。今目の前にいるのは、俺が生きていた頃よく見ていたドラマや映画に必ず出てくるハリウッド女優、美心 心結が目の前にいるからだ。
「し、し、心結!?女優の!?アルバムも出しちゃったりしてるあの美心心結!?あっあく、いやサインか!?」
「あらあら落ち着いて〜、私のファンかしら、嬉しいわ〜。でも残念、今の私はもう死んじゃったから、女優なんかじゃないわよ〜」
「あのっ!おれ!えっ!でも!あっ!そうだ!コンサートホール気合で作るんで!自分建築大臣なんで!任せてください!生歌聞かせてください!」
「あらあら、そこまでしてくれるの〜?なんだか嬉しいわぁ。そんなことより、そちらは彼女さんかしら?可愛らしいわね〜、そんなに引っ付いちゃって、ふふふ。」
「見る目あるなお前。」
「あ違いますちょっとまっててください。」
気がつくと真横でいつのまにか腕を組んですまし顔で並んでいたシュルを引っペがしながら建物の隅に隠れる。
「やだダーリンこんなところで……?」
「ダーリンじゃねえんだよふざけんな、この死後の世界ならワンチャンあの美人女優ともお付き合いできる可能性が無きにしも非ずなんだから」
「安心してダーリン、ダーリンの顔じゃあの女とは不釣り合いにも程があるから夢のまた夢だよ。」
「お前それ自分の恋人に暴言吐いてるんだからな」
「ダーリンの顔シュルは好きだよ」
「(疫病神だ……)」
ひとまず離れてもらうことになりもう一度心結の前へとやってきた。
その隣では心結の母、羅漢が双子の陽と陰をボコボコにタコ殴りにしていた。
「……、あに、違うのじゃ、おにーさんは姉者が好きなのじゃ?」
「うわびっくりした、誰?」
「あら、挨拶がまだだったかしら〜、命結、自己紹介出来るかしら〜。」
「のじゃ!命結は命結なのじゃ!5歳なのじゃ!」
「かっっっっっわいいねえええええええええええ」
「あぁもうびびる。」
突然隣からむーちゃんが飛び出しできては、頭からスライディングして命結の足元から見上げていた。
「のじゃっ!?」
「あらあら〜」
「あぁ、その人ロリコンなんですよ、命結ちゃん気をつけて。」
「ロリコンってなんなのじゃ?」
「俺みたいな紳士の事だよ〜」
「……。ほんとに三次元ロリにも反応するんだ……。」
「この可愛さは二次元だろ!」
「好きにしてください。」
いやぁ、気持ち悪いなこの人。前からだけど。
それはそうと、羅漢さん、陽、陰、心結様ときて、命結ちゃんだけ糸目じゃない。父親にでも似たのだろうか。クリクリのおめめがキュートだ。そしてそこまで考えて気づいたけど父親は来ていないのか……?
「命結様、父親は?」
「父者なら出勤してたわ〜、多分今頃現世で地獄の気分を味わってるんじゃないかしら」
「他人事ッスね……、後追い自殺でもしないかな」
「アイツァそんなヤワなたまじゃねえよ。独りになっても意地汚く生き続けるさ」
羅漢さんが割り込んできた。隣を見ると例によって双子の頭が地面に埋まっている。またなにかしたのか。
「さいですか。……それよりお母さん心結様を僕にくださいって言ったら驚きます?」
「驚くかどうかで言われりゃ驚かねえな。心結、選びな。」
「あらヤダわ、可愛い娘がお婿さんに行くかもしれないのに。……けどゴメンなさいね、人の男を奪う趣味は無いの〜」
「やっぱ分かってんなお前。米食うか。」
「ちょ、ちが、まて、こいつは恋人じゃないんだ!です!」
「でもその子私よりスタイル良いし、顔立ちも綺麗よ〜?そんな簡単に手放していいのかしら〜」
「いや全然余裕で手放します。はいさようなら。君とは今日限りだ。」
「死後の世界で餓死したらどうなるんだろうなぁ。」
「お前ェッッッ」
今この世界の食糧事情は全てシュルが握っている。下手をすれば自分だけ食糧(米のみ)を与えて貰えないかもしれない。いや、さすがにそこまで冷酷な女では……、……あぁ、そういう女だ。嫌気がさすほど他人事のようなのほほんとした笑顔でこちらを見ている。疫病神め……。
「シュル、いや、シュルさん、俺ほんとに、心結様が好きなんだ」
「お前現世に恋人いるっつってシュルのこと突き放そうとしたよなぁ!!!」
「ギクッ」
「ブチコロォス!!!」
「ちょっ、待て、落ち着け情緒、いたい!いたっ!ぐほっ!」
そう言われてみれば俺は当初現世に残してきた恋人を理由にシュルからの求愛を拒んだのだ。動揺してしまった俺にすかさずシュルが馬乗りになりマウントをとっては怒涛の拳の連打を放ってくる。防御も間に合わずタコ殴りにされる。DVと認めるとそれはシュルが恋人だと認めるようなものなのでここはただの暴力として受け止めよう。しかしこの女力強いな!
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「ふう。塩おにぎりでも食うか?」
「傷口に塩ってか」
触ってわかる。いま俺の顔はギャグ漫画バリにボコボコのたんこぶまみれだ。シュルが塩おにぎりを勧めてくる。こいつまだ怒ってんのか。嫌がらせか?ほんとに好きなの?俺の事。
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「むーちゃん、むーちゃん。」
「……何そのギャグ漫画バリのボロボロの顔」
「シュルにやられました」
「もう諦めて付き合えよ。恋人いないよかマシだろ」
「……、とりあえず怪我を治す力が欲しいです。」
「あー、心結と命結たんにも力与えるかな」
「心結様と呼べ」
「俺アイドル興味無いし」
「心結様は女優だっ!!」
「あぁそう。とりあえず医療大臣ってところで力与えるか。」
「あら〜、こんな所にいたのね、あの過激な彼女さんに沢山殴られてたから心配してきちゃったわ〜」
「心結様ァっ……」
「心結、ちょっと君に力を与えるがいいかね?」
「母者や兄者と弟者が貰ってたやつかしら?平和なのがいいわね〜」
「そのつもり、ちょっと頭近づけて」
「は〜い」
怪我をした俺を探しにここまでやって来てくれるなんて、なんていい人なんだ。心まで天女のようだ。むーちゃん、どんな力を与えるんだろう。
「【与える者】」
「んっ、……なるほどね〜、私にぴったりの力かもしれないわ。かごめんくん、こっちへおいで」
「はい喜んで!」
「行くわよ〜、【癒す者】」
心結様がそう唱えると、手からピンク色のオーラが溢れ出てくる。それが辺りに充満し、俺の顔まで覆い尽くす。
「おぉ?」
あの女にボコボコにされて腫れ上がっていた顔が治っていく。更には、これは気の所為なんかじゃない、先程までシュルのおかげで荒んでいた心がなんとなく落ち着いてくる。心のリラックス効果もあるのだろうか。
「いいなぁ、お前らそんな自由に力使えて。俺は与える力しかないからなぁ。」
「お陰様でこの通りです。」
「良い力ね〜、かごめんくんが言ってたライブ、この力を使ってやるとみんなもっと笑顔になるんじゃないかしら〜」
「是非やりましょう!!」
「シュルも見に行ってやるよ。お前とは気が合いそうだからな」
「「うわびっくりした」」
むーちゃんと声が被る。シュル、お前はなんでいつも神出鬼没なんだ。
「ダーリンさっきはごめんね、でもダーリンにはシュルだけ見て欲しかったから、その気持ちが抑えられなくて、愛してるよ」
「言い訳がDV彼氏のそれ。」
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かくして、医療大臣が生まれた。
そしてその頃、今や天国の入口となるシンボル、100分の1東京タワーには、ニタリと笑う新たな死者が訪れていた。