#4.最高の卒業式を
かごめんの頑張りにより、この世界にも多くの建築物が出来た。ざっと100人は住めるんじゃないかというレベルに。しかし依然として新たな死者は来ない。なにか条件が必要なのだろうか。
「疲れたァ!もうやだァ!どんだけ頑張っても出てくるのはお米だけですよ!」
「そんなにシュルを求めてくれるなんてダーリン大胆……。」
「お前の耳はあれか、米が詰まってんのか。」
本格的に食糧事情に問題が発生している。似たような力はないか探したが、今のところ見付かっていない。というかこの【与える者】は一体どれだけの力を秘めているのか。全能感が半端じゃない。しかし俺自身には「力を与える力」しかない。誰かいい人材が来ないだろうか。いや、それもあまりいいことではないのだけれど。
「……ん?」
今、何だか他称神の声が聞こえた気がする。大量に人を送る……、みたいな事を言っていた気がする。急いでかごめんが初めて作った建造物、100分の1東京タワーの元まで走った。
「……、おい、そこのお前、ここが天国ってのは本当か?」
オールバック。サングラス。何故か上裸に革ジャンを羽織ったどう見てもマフィアのドンにしか見えないいかつい男が声をかけてくる。こちらを見るするどい眼光に思わず腰が引けたが、ここで今最も力を持っているのは俺だ、恐れるな。
「えーと……、暗殺でもされました?」
「あ?ちげぇよ。このガキども連れてバスで卒業式の会場に行く途中に、交通事故で……、みんな……、死んじまったんだ……。」
「このガキども……?……あ。」
身長2mはあろうこの大柄なマフィアのドンに目が行き過ぎて気が付かなかったが、居た。数えてみれば10人程か、みんなランドセルを背負った小学生たちだ。
卒業式の会場に行く途中に事故った、ということは、
「え、じゃああんたマフィアのドンで他組織に暗殺されたとかじゃなくて……」
「ちがうよ!どんちゃんは私たちの先生なんだよ!」
きーきーと甲高い声で小学生たちが訴えかけてくる。まて、名前はドンちゃんなのか。
「あー、俺の名前は夢宮 愛夢。今のところこの天国の最高責任者だ。」
「……あのもやもやが言ってたやつか……。」
もやもや、恐らく他称神のことたろう。
「俺の名前はドム・クラネル。アメリカ生まれの日本育ちだ。英語は学校で教える程度にしか知らねえ」
「… えっとさ、まずひとつ聞きたいんだけど、なんでこっち来たの?転生する選択肢もあったよね。」
「……、俺ァ、こいつらの担任だ。ド田舎の閉鎖的な村の小学校だったが、どいつもこいつも出来が良くてな。卒業式を、やりてえんだ。見たところここには建物もある。どこでもいい、一軒貸してくれたら、真似事でも、こいつらを卒業させてやりてえんだ。」
「……。……ははっ、良い奴じゃん。任せろって。かごめーん!!!!」
思わず笑みがこぼれる。なんだ、良い奴じゃないか。いい教師だ。最高の卒業式をさせてあげよう。俺は大声でかごめんの名前を呼んだ。
「なにむーちゃ、……なにむーちゃん!大量殺人!?こいつ犯人!?地獄に送れよ!」
「違う違う、この人は教師のドンちゃん。で、この子達はその生徒。」
「チビ助達よ、腹は減っとらんかね。おにぎりお食べ。」
初めてシュルがまともに見えた。口には出さないが。子供たちも喜んで食べていた。
「〜……。てなわけで、会場を作ってくれ。」
「なるほどね、いいじゃん、卒業式。任せて。」
「……恩に着る。」
ドムは素直に頭を下げた。……そうだ、せっかくなら……、とかごめんの方を振り向く。
「わかってるって、あれだろ?」
「わかってんね、あれだ。」
「……?」
ドム……、ドンちゃんは何かわからない顔をしていたが、これは俺たちふたりだけに通じることだった。
「任せてドンちゃん、最高の卒業式を、あんたの教え子たちに送るよ。」
1時間後____
「……っぶはっ!ぜぇ!はぁ!できた!!!」
「お疲れダーリン、はいおにぎり。」
「いや今はムゴォ」
「お疲れ、アレの準備もできた?」
「もぐもぐ……。ング。出来たよ。仕組み知らなくても作れるの強いわこの力」
完成したのは無限を彷徨う魂の壁の向こうに見える太陽(?)の光が沈み出した頃だった。あれは太陽なのか。朝昼夜の概念はあるらしい。
かごめんが作ったのは天井のない開放的な体育館、一見ライブ会場にも見える建物だった。
「ドンちゃん、こんな感じでどう?」
「……ちょっと想像してたより派手だが、文句は言わねえ。それよりアレってなんだ。」
「んーふふふ。合言葉は お前たち、卒業おめでとう かな。ちゃんと大声で言ってね」
「……?……わかった。よくわからんが任せる。おい!お前達!卒業式やるぞ!!!」
「そつぎょーしき!できるのー?」
「なんかでけーたてものがある!」
子供たちは大はしゃぎだ。会場に入っていき、観客席とも言えるような席にみんなが座っていく。ステージ……、教壇(?)ではドンちゃんが一人立ち、生徒の名前を呼び出した。俺とかごめん、シュルは観客席からその様子を眺めていた。因みに卒業証書はドンちゃんが事前に用意していたらしく、幸いにもこの世界に持ち込めていた。
「黒羽 鴉!」
「はい!」
ドンちゃんが名前を呼び始める。一人一人きちんと返事をし、ドンちゃんの元へ駆け寄り、卒業証書を受け取る。その時のドンちゃんは、片膝をつき、その巨体でも生徒たちと目が合うように屈みながら、淡々と卒業証書を読み上げて行った。
「増岡 悠里!」
「はい!」
「よし。お前たちの未来は、ここで決めような。」
「……ドンちゃんは?どこか行かない?消えちゃわない?」
「お前たちが立派な大人になるまで見届けてやるよ。安心しろ、ここは天国だ。いつかお前たちのかーちゃんやとーちゃんもやってくる。」
「……そっか!えへへ……。」
最後の生徒が卒業証書を受け取り、元の席に戻る。その後ろの席から、ドンちゃんに合図するよう身振り手振りで合図を送る。
「……ごほんっ、お前たち……、卒業おめでとう……!!」
「きたっ!点火!」
その直後、かごめんが密かに右手に握りしめていたスイッチを押す。その瞬間……
ひゅるるる……、と紐のほどけるような音と共に、空に一本の線が走る。その数秒後、ドンッ、という爆発音とともに、暗転した空に満点の花が咲く。先程からかごめんと言っていたアレとはこのことだ。俺は生前から派手なことが好きで、特に花火が好きだった。それを知っていたかごめんは、俺の思いどおりに花火を設置、それも色とりどりの花火を無数に打ち上げてくれた。子供たちは花火の打ち上げに大興奮。作戦は成功だ。花火の明かりで遠くに見えるドンちゃんは、ここに来て初めて、歯を見せて笑っていた。目尻に涙を浮かべながら。
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卒業式が終わって、子供たちには家屋で休息を取るように伝え、俺、かごめん、ドンちゃんの3人で今後の話し合いをしていた。
「ドンちゃん、あんた見たところ強そうだしさ、力を与えたいんだ。……そうだな、この世界の防衛大臣、みたいな。」
「……力?アニメの話か?俺ァついていけねえぞ」
「違う違う、見てて。建築者」
かごめんが試しにミニチュアの家屋を創って見せた。
「……おぉ……」
「この先さ、どんな奴がこの世界に来るかわからなおじゃん、あの他称神が気の迷いで殺人犯送ってくるかもしれないし。」
「ドンちゃんはあれだな、防衛大臣。」
「……なら、俺に、せめてあのガキ達だけでも守れる力をくれ。特別なことは出来なくてもいい。いざと言う時、何か出来る力を。」
「任せて。ちょっとそのままね。」
三人であぐらをかいて座っていたところ、俺は立ち上がりドンちゃんの頭に手をかざす。
子供たちを、あわよくばこの世界を守れる力を、彼に与えたい。
「【与える者】」
パァっと一瞬光が刺したかと思えばそれは直ぐに収まった。
「……どう?なんかわかる?」
「どんな力与えたの?」
「保護する者って奴。」
「……なんか体の奥から力が湧く気がするが、どういう力なんだ。」
「物は試し!俺たちを守るためだと思ってこの家ぶっ壊してよ。」
「それ僕が頑張って建てたんですけどね」
「……【保護する者】!!」
がんっ、と鈍い音が鳴る。……が。
「……。」
「ドアぶっ壊れただけじゃん!」
「殴る場所が悪かったのかな」
「……おい、力は」
「……あれぇ……?」
「スカってやつですかね。所謂」
かごめんが言う。
「スカ?」
「力に適合できなかった、みたいな。」
「なんだそりゃあ、俺にはあいつらを守る力は相応しくないってのか」
「そうは言ってませんでしょうドンさんごめんなさい。」
「ハイハイ二人とも落ち着いて、かごめんには【建築者】が適合したし、シュルにも力は適合した。なにか条件があるんだよ。多分。」
「……久しぶりに修行でもするか……。」
「……むーちゃん、今この人修行って言ったよ。教師の前は僧侶かなにかだったのかな」
「鍛える、とか言って欲しいな……。」
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この力が、次に来る厄災に大いに役立つことを、今はまだ誰も知る由もなかった。