辛
三題噺もどき―にひゃくさんじゅうよん。
目を開けると、視界いっぱいに空が広がっていた。
その視界の端から端に向かって、1つの気球が進んでいく。
あれは、どこまで行くのだろう。
果てしない旅路なのか、それとも、すぐそこの近所とか。
―あれに、人が乗っているかどうかは知らないが。
なにせ、かなり上の方を飛んでいるので、下にある籠の中身の事までは見えない。
察しも悪い人間なので、よくわからない。
もしかしたら、ただの風船だったりするかもしれないし。
でもまぁ、この距離であれだけはっきりと見えるのだから、あれはきっと気球だろう。
あれはどこまで行くのだろう。
風の吹くまま、気の向くままに。
どこまで、飛んでいくのだろう。
いいなぁ、自由で。
縛られなくて。
地面に落ちる必要もなくて。
そこに足をつける必要もなくて。
羨ましい。
:
目を開けると、そこは公園だった。
もう時間が遅いのか。
遊具や砂場は、赤く染まっていた。
よく見れば、人っ子一人いない。気配がしない。
ここに、1人、取り残されていた。
それなのになぜか、1人ではできない遊具の上に座っていた。
他にもたくさん、ブランコとか雲梯とかジャングルジムとか、たくさんあるのに。
1人でも遊べるものはあるのに。
なぜか、シーソーの上に座って。
上がるわけでもないのに。
飛べるわけもないのに。
ただ膝を曲げて、伸ばして。ただの、座りながらの屈伸運動みたいなことをして。
ギー、ギー、ギー。
と、静かに軋むだけのシーソーに乗って。
なんでこんなことをしているのか、全く分からない。
意味の分からないことを、ひたすらに繰り返して。
何も返ってこないのに。
何も成し得ないのに。
何も、できやしないのに。
起きて。
生きて。
息をして。
寝て。
ただの決まり事のように、淡々と。
あぁ。
だれか、飛ばしてくれないだろうか。
シーソーで。
空の上まで。
:
目を開けると、近所のカフェにいた。
机の上には、1つのコップが置かれていた。
ふわりと白い湯気がたち、その中身を訴えてくる。
ここにそんなものは、ないはずなのだけれど。
市販品のカルピスなんて、ここのカフェには置いていないはずなんだけど。
それでもなぜか、そういうものかと思ってしまった。
なぜだろう。
不思議なものだ。
そこにあるはずのないものでも。
あれば当たり前だと思えてしまう。
いいなぁ、そんな風に想われて。思われることができて。
いることが当たり前なんて。
それはつまり、求められて、そこにいるからだろう。
それが当たり前に思えるのだろう。思いたいのだろう。
必要とされているから。
ないはずでも、そこにあれと。求められているから。
いいなぁ。
居なくて当たり前だって。
いない方がましだって。
そこにあるはずでも、ない方がいいって。
あることの方があり得ないって。
そう言われないことが。
そう思われないことが。
羨ましい。
いらないと言われた奴は。
いったいどこに行けばいいだろう。
空にでも、飛べばいいのかな。
:
目を覚ますと、自室の天井が広がった。
「……」
腕にずきりと、痛みが走る。
あぁ、またやってしまったのか。
「……」
いやだな。
生きるのは。
こんなにも。
辛い。
お題:気球・カルピス・シーソー