2.新生活
「ここッスか?」
「そうだ。入るぞ」
俺は逮捕術を学ぶということで護さんについてきた。
行き着いた先は雑居ビル。
これから袋叩きにでもあうような雰囲気だ。
ここでビビる訳にはいかねぇ。
俺の名が廃るってもんよ。
護さんの後をついていく。
階段を一階、二階と登っていき。
息が切れた頃。
「ここだ」
息一つ乱さずにこちらを向いて言った。
こちらはといえば少し息が乱れている。
目の前には鉄の扉。
扉が悲鳴のような音を鳴らしながら開いていく。
足を踏み入れるとだだっ広い部屋に一人の壮年に見える男性が瞑想していた。
「先生。よろしくお願いします」
先生と呼ばれた男はスッと目を開けるとこちらをチラリと見て立ち上がった。
俺の中で何かがざわめいた。
咄嗟にファイティングポースをとる。
知らないうちに息が乱れている。
この男に緊張しているんだ。
「フンッ。そう構えるな。とって食ったりせんわ……しかし、一年で同等にまでしろとは頭が狂ったかと思ったが……」
上から下まで観察される。
全てを見透かされているようだ。
「ふむ。素材は一番いいかものぉ」
「本当ですか?」
その男の言葉に護さんが驚いていた。
俺は驚いてない。
当然だと思っているからな。
「亮。この方がお前を指導してくれる。桂 玄龍先生だ」
「おねしゃス!」
「ホッホッホッ。こやつは話す方もやるのか?」
笑いながらチラリと護さんをみて言った。
「そうです。同時進行ですねぇ」
頭を掻きながら「参りましたよぉ」と言って困ったような顔をしている。
話す方というのがよくわからねぇが、まぁ大丈夫だろう。
「こっちに何時間割ける?」
「そうですねぇ……八時間ってとこですか」
先生の眉間に皺が寄る。
不穏な会話が聞こえた気がする。
こっちに八時間?
会話とかいう方には何時間割く気だ?
俺、死ぬんじゃねぇか?
「ふむ。微妙なとこだな」
「なんとかなりますか?」
腕を組んで難しそうな顔。
眉間に皺を寄せ、目をつぶっている。
今後の予定を考えているのだろう。
「間に合わせるわい。黒の中でも漆黒に近くしてやるわい」
「お願いします。では、明日の六時五十分で」
「あぁ。こちらも準備しておく」
「はい」
護さんが頭を下げると後ろに引いた。
顎で先生に挨拶しろと合図する。
「先生! 明日からおねしゃす!」
「ホッホッホッ。今日はゆっくり休め。明日からは休み無しだ」
「えっ?……おっ、押忍!」
礼をして玄龍先生の元を後にする。
次に向かったのは徒歩十分。
これまた雑居ビル。
電気がチカチカしていて怪しい雰囲気だ。
都内はいろんな入り組んだところにビルがある。
表の通りではないこの辺には怪しい稼業をしている奴らの根城が多かったりする。
そんな場所に何をしに来たかというと。
話すことの教育をしてもらう為である。
ある一室の前で止まり。
コンッコンッ…………コンッ……コンッコンッ
リズミカルにノックをする。
「入っていいですよ」
入った先にいたのは白衣を着た綺麗な女性。
先生には先生だろうが。
なにか種類が違う気が……。
「連絡したのコイツです。明日の三時半から六時間みっちりお願いします。挨拶しろ」
九十度の礼からこちらを見て挨拶を促す。
「亮ッス! おねしゃす!」
ニコニコしていた女性は急に般若のような顔になり、メスを投げてきた。
咄嗟に避ける。
あっぶねぇ!
なんだコイツ!
「あっぶ────」
喉元にメスがある。
動いたら切れる。
「美しくない言葉を発さないで……わかりましたか?」
「わかったっ────」
「わかりました。です」
「わ、わかり……ました」
再びニコッとした顔になる。
メスを離して再び椅子に腰かける。
「いい子ね。ちょっと時間かかるかもしれないけど、なんとかなるでしょう」
足を組んでその女性が言った。
「良かったです。よろしくお願いします。亮、このお方は菅田 美麗先生だ。明日からお世話になるんだからしっかりと挨拶しろよ?」
美麗は常に笑顔だが。
恐る恐る口を開く。
「え……えー……よ、よろしく……おね……がい……しま……す」
「はいよく出来ました」
そう言いながらいつの間にか手に持っていたメスをトレイに置いた。
この人がいちばん怖いかもしれない。
部屋を出ると深呼吸する。
スゥーーーーハァーーーー。
あぁー。生きてる心地がしなかった。
「みんな優しい先生だろう? よく学ぶんだぞ?」
護さんをみて「どこがだよ!」って言いたい気持ちをなんとか我慢して後をついていく。
雑居ビル郡を抜けた先に少し古めの二階建てのアパートがあった。
金属製の階段を登り二階に行く。
一番奥の部屋の鍵をガチャッと開ける。
「ここがお前が生活する部屋だ」
ワンルームの部屋だが、綺麗だ。
電化製品も揃っている。
「おぉ。えぇー!? 俺が今までいた部屋は!?」
「もう解約済みだ」
「なんで!? 俺が関わってないのになんで解約できるの?」
「で、部屋にあった荷物がこれだ」
ドサッと地面にカバンが置かれる。
随分と俺の荷物が少なくなったなぁ。
「必要最低限は残してある。食品は定期的に補充してやる。だから、金の心配はするな」
「あれ? 金ないと何も買えな────」
「大丈夫だ。必要な物はこちらで用意する」
食い気味に答えられる。
有無を言わせない感じ。
「では、明日から頑張れ。じゃあ、一年後」
背中を向けて手を振りながら去っていく。
本当にあの人に会うのは一年後になるんだろうか。