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19.警護の現実

 依頼人が席を立った。


 と思ったら仁さんが何か話している。

 依頼人を通すと。


『俺は一緒に中に入る。後入りたいやついるか?』


『念の為、俺は行きます』


 返事をしたのは流さん。

 なんで行くんだろう?

 そんなにトイレは危険なんだろうか?


 この時の俺を数時間後に呪う事になる。


 依頼人は忙しいようでかなりの人数の患者を診察していた。

 俺にな普通に仕事をしているように見える。

 わざと誰かを殺す様には見えない。


 警察も一応捜査をしたそうだ。

 しかし、医者として適切な治療をしていたと判断されたんだとか。

 だとしたら、何で恨むのか。


 俺には考えつかない。

 むしろ、感謝するんじゃないだろうか。


 考え事をしてたらトイレに行きたくなった。

 無線を使う。


「ちょっとトイレに行ってきます」


『はぁ? バカが。ダメに決まってるだろ』


「えっ!? そんな!」


『先生が次に行くのを待て。自由に行けると思ってたのか? はぁ。後藤班で何を学んできたんだか……』


 それは何だか腹が立った。

 なんでそんなに言われなくちゃいけないんだ。


「そんな言い方しな────」


『何が来るぞ!』


 病院内にロングコートを着た女が走ってくる。

 コートの中に何かを隠している。

 ナイフかなにかか?


 そう思い迎え打とうと構える。

 俺の前で立ち止まるとコートから出したのは、黒く光る銃だった。


「えっ!?」


『飛べ!』


 身体が勝手に横に飛んだ。

 爆竹のような音が聞こえ。

 先程までいたところを何かが掠めていく。


 おいおいおい。

 銃はヤベェって。


「お、落ち着いて! それで誰を撃つ気ですか!?」


「私は! あの医者が必ず助けるって言うから信用して父をお願いしたんです! 寝てくれたらお金がかからないようにするって言うから、一緒に寝たんです! 死ぬなんて思わなかった! 死んで償ってもらいます!」


 女性の悲痛な叫びは院内に響き渡った。

 聞き捨てならない事を叫んでいた。

 金がかからないように一緒に寝た?


 アイツ……患者を人質に女と寝たかったのか?

 クズ野郎が。

 死んで当然だ。


『おい。亮。その銃奪え』


 俺は、心の中で迷ってしまっている。

 この女性の主張は正しい。

 そして、奴はクソ野郎だった。


 許せねぇ。

 アイツを撃てばこの人は犯罪者になってしまう。

 止めないと。


「落ち着いて……」


 そう声を掛けながら。

 銃口をよく見て撃ってしまった時でもよけれるように観察する。


 ゆっくりと近づく。


「来ないで! 撃つわよ!」


 引き金に指がかかっている。

 銃は撃鉄があるタイプ。

 こちらに銃口を向ける。


 勝負は一瞬だ。


 体を沈ませて女性に肉薄する。

 慌てて銃口を移動するが遅い。

 即座に撃鉄の間に指を入れて銃を抑え込む。


 これで弾は出ない。

 そのまま指を剥がして銃をひねり。

 奪う。


「気持ちは分かりますけど、もうやめましょう?」


「あぁあああぁぁ!」


 突如錯乱する。

 身体を振り回して髪も乱れる。


 周りの患者も何事かとこちらを見ている。

 錯乱しているならちょっと落ち着くのを待とうか。

 そう思っていたら。


「あぁぁああぁぁぁ!」


 叫びながら院の外に逃げていった。

 あれ?

 ヤバイ。


『おい。何故逃がした?』


「ちょっと錯乱状態に圧倒されました」


『また来るぞ。あれ』


「ですかね……」


 一先ず回収した銃の安全装置をかけて、発射されない様にする。

 腰に差しておく。

 これ、あっても俺は使えないからなぁ。


「想像以上にそいつクズでしたね?」


『それでも依頼人だ。公私混同するな』


「はぁ。嫌な仕事」


『それが現実だ。あっ。依頼人がトイレだそうだ』


「俺行きます!」


 急いで向かう。

 一応辺りを警戒しながら用を足す。

 何処から何が来るか分からない。


 さっきの女性の感じを見ると相当恨んでいるようだ。

 これは、長期戦になるかもしれないぞ。

 しかも何処から仕入れたのか、銃まで用意して。


「君は俺を軽蔑するかい?」


 突然話し掛けられた。

 依頼人が話しかけてきた。

 俺は、少し思慮を巡らせる。


 俺は、完全にクソ野郎だと考えている。

 しかしここでそれを率直に言った場合、信頼を失うかもしれない。

 そうなると護衛するのに支障をきたすかも。


 少し答えに逡巡していると。


「まぁ、答えられないか。俺はな、的確な診断をして的確な処置をした。そして、助けになるように提案しただけ。間違ったことはしていないんだよ。恨まれるのはお門違いだ」


 いきなり饒舌に語り出した。

 言っていることがクズすぎる。

 俺は、コイツを守らなきゃいけないのか?


 何故こんなやつを守らなきゃいけないのだ。

 仕事だから。

 俺が選んだ仕事だから。


 大切な人を守りたい。

 その一心でこの仕事を選んだ。

 けど、現実はこんなクソ野郎を守らなきゃいけない。


「そうなのかもしれませんが、自分では分からないのかもしれないですね」


 言葉が口から出ていってしまう。

 思っていることを留めようとするが。


「自分が他の人から見てどう思われるか。それは自分では気付きにくい」


 どんどん口が動いてしまう。


「それの積み重ねで気付けば色んな人に恨まれている。そういった事態になるのかもしれませんね。俺はできた人間じゃない。でも、人を騙すとか貶めるとかはしたことがありません。なので、あなたの事を好きにはなれません……話しすぎました。失礼します」


 ヤバイ。

 話しすぎた。

 はぁ。これが身辺警護の現実か。


 現実は思ったより残酷だった。

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