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第1話

「私を連れて行って…お願い」

断れば、消えてしまいそうな少女。

だから私は、その手を取った――……。




王立魔法研究所。

王都郊外に設置されたここは、国内でもずば抜けて力のある魔法使いしか属することの出来ない、最高の名誉と権威ある職場だ。王の直接支配下に置かれている。主な仕事は、国内で起こる魔法がらみの事件の解決。王室の警護。国中に設置された警備隊の詰め所に配置された、魔法使いを統括する役目もある。

その責任は重い。

魔法大国サミンのエリート集団として、彼らの行動は常に国内外に注目されている。そのため、失敗は許されない。

だからこそ人々の信頼は厚く、数々の魔法使いの羨望の的でもあるのだ。




その研究所。

石造りのそれは、見ようによっては昔の牢のようでもあった。側面の丸い、高い塔。所々に窓があり、バルコニーらしきものもある。

誰でも訪れていいことになってはいるが、滅多に人が訪れることはない。…のだが。

その研究所を見上げながら、近づいてくる1人の女がいた。

ずいぶんと若い。おそらく10代の後半か、20代前半だろう。彼女は入り口の前に立つと、かぶっていたマントのフードをとった。

蜂蜜のような薄い茶色の短い髪が、風になびく。

茶色の目が、楽しそうに笑っていた。



木の扉が開く音に、受付に座っていたタニア・トレは顔を上げた。

眼鏡の向こうには、依頼人にしては若すぎる女が立っている。相手はタニアに気づくと満面に笑みを浮かべた。

「はじめまして」

そう言いながら勢いよく頭を下げる。

「今日からここで働くことになったリア・マックフィーンです」

「…ああ」

タニアはいすから立ち上がると、リアの前に立って手を差し出した。

「受付のタニア・トレよ。よろしくね」

「は、はい」

リアは緊張した面持ちで手を握り返してきた。

「ごめんなさいね。実は今所長は地方に行っていて。私が代わりにいろいろ案内するように仰せつかっているの」

「あ、そうなんですか」

リアは少しがっかりしたようだった。それはそうだろう。ここの所長は、歴代最高の魔法使いだと言われている。リアのような若い魔法使いにとって、神様のような存在なのだ。

「それで…推薦状は持ってるかしら?」

「はい」

リアは慌てた様子でかばんをおろした。ずいぶんと古ぼけている。どうやら彼女は、かなりの距離を旅してきたらしい。

推薦状を受け取ると、タニアはリアにソファーを勧めた。自分も向かいに座る。

リアは地方の警備隊で魔法使いとして働いていたらしい。そこの隊長の推薦状と、王の許可証を確認すると、タニアは早速働き始めた。

まず、リアにお茶を入れる。それから部屋の案内。研究所の説明をしながら廊下を歩いていると、誰かが階段を駆け上ってくる音がした。

現れたのは若い男だった。黒髪と黒い瞳。一目でルーン一族だと言うことが知れる。

「ちょうどよかった。アレン、あなたの新しいパートナーよ」

ここは全て2人1組で行動している。アレンのパートナーが引退したので、そこにリアが入ることになったのだ。

「はじめまして。リア・マックフィーンです。よろしくお願いします」

リアはアレンの若さに驚いたようだ。当然だろう。ここは20代の若者がいるような場所ではないのだ。

間を置いて、アレンが言った。

「よろしく。…早速だけど、仕事なんだ」

「あっ、行きます。行かせて下さい!」

タニアの後ろから、リアが飛び出す。

「ちょ、ちょっとアレン、彼女今日来たばかりなのよ!?」

「平気です!」

彼女が言うと、アレンは少し笑ったようだった。

「気をつけてー!」

タニアはそれだけ言うと、廊下を引き返した。




アレンは空を飛ぶわけでもなく、ただ早足で歩き続けている。

たくさん聞きたいことはあるのだが、緊迫した様子にリアは声を発することが出来ず、黙って彼の後を追っていた。

研究所の周りは高い木で覆われていて、細い小道を抜けると市街地に出た。すぐ近くに王宮が見える。リアが来るときに通った道だ。

さすがに王都が近いだけあって、通りは広くて賑やかだ。人々の笑い声や掛け声にあふれている。きっと春が近いせいもあるだろう。

リアはだんだん楽しくなってきて、きょろきょろと辺りを見回す。

通りの服屋では、季節を先取りした明るい色彩の服が並べられている。旅人も多く、酒場からは陽気な歌声が聞こえてきた。

「あっ、すいません」

人にぶつかっても、誰も怒ったりしない。きっとおのぼりさんだと思われているのだろう。苦笑したり、笑って通り過ぎていく。

頭の上にため息がふってきた。

「…前見て歩け」

びっくりして上を向くと、心なしか焦った顔のアレンがいた。リアより頭ひとつ分は背が高く、彼女は影にすっぽり包まれてしまう。

「…あ。すみません…」

どうやら自分はいつの間にか、彼とはぐれていたらしい。慌ててリアを探してくれたのだろうか。

アレンは黙って背を向けると、再び歩き出した。リアも今度はしっかり後を追う。

少し先に橋があり、そこを渡るともう王宮の正門だ。

目的地は王宮なのだとようやく理解出来たリアは、急に体が緊張するのを感じた。

アレンは橋を渡らず、道を曲がると王宮を取り囲む堀に沿って歩く。ちょうど王宮の裏の辺りに小さな橋があって、そこを渡るともう城壁の中だった。

正門から入らない。そこがすでに差し迫った状況を表しているような気がして、リアはごくりとつばを飲み込んだ。

そこは住み込みの使用人寮のようだった。細長い廊下の両端にびっしりと扉があり、背後の扉を閉めて振り向くと1人のメイドが待っていた。

彼女はケリーと名乗った。

「お待ちしておりました。こちらです」

どうやら事情を知っているらしく、青白い顔をしている。

案内される間に気づいたのは、事情を知っていて不安そうにリア達を見ていくのは着飾った人々ではなく、この城で働いている人間達のようだということだ。

やがて2人が案内されたのは、2階の重苦しい扉の前だった。

「こちらです」

ケリーはそういうと、扉を押し開けた。アレンに続いて、リアも中に入る。入った途端に倒れそうになってしまった。

そこに国王がいたからだ。

「ああ、アレンか。待っていた」

細長い机の上座に座った王が言った。周りの席についているのも、きっとリアは想像できないくらい偉い人に違いない。その威圧感に、彼女はたじろぐ。けれどアレンは表情を変えないまま、淡々と答えていた。

「お待たせして申し訳ありません。それで、その後魔族からの接触は?」

まぞく…!?

リアは思わず固まった。けれど、なんとか頭を動かして話をつなぎあわせる。

概要はこうだった。

 最近この近くの、薬草が採れる西の森に、魔族が住み着いたという噂が広まった。

その場所へ今朝、アンという12歳のメイドが薬草を摘みに行ったらしい。らしいと言うのは、アンは出掛ける時に「ちょっと街へおつかいに行ってきます」としか言わなかったからだ。結局、昼になっても彼女は帰ってこなかった。

最初に異変に気付いたのは第2王子のルーセルだった。彼はアンと歳も近く、仲の良い話し相手らしい。

しかしその時にはもう、王の元に魔族からの脅迫状が届いていたのだ………。



そして今、リアの目の前にはその脅迫状がある。

毒性の強いポップルという葉に、魔力を持った光輝く字が躍っている。

『アンは預からせていただいた。代わりに血の盟約を受けた水晶を要求する。契約は、次の満月の夜まで有効だ』

最後に細く赤い血で、魔族の名前が書いてあった。フォロン。

どす黒く赤いそれは、間違いなく人の血だ。

満月の夜まで、まだ7日ほど時間はある。アンの命はあと7日だった。

「あの…この水晶って何ですか?」

リアは壁際に寄って、そっとケリーに尋ねてみた。

「紫水晶と言って、この国の宝です」

紫水晶。

ようやくリアにも合点がいった。

何代もの前の王の時代に、ある魔族が王との友情の証として残した、途方もない魔力を持つ宝石だ。その力のおかげで、この国は魔族とも対等に渡り合ってきた。 

それを守ることもまた、リア達の役目でもある。


まさか、紫水晶を渡せるわけがない――…。

それでも、リアは人の命を見殺しにしたくはなくて、顔を曇らせた。

「それで、具体的に僕等は何をすればいいんでしょう?」

表情を変えないでアレンが問う。

国王もまた、それに静かに答えた。

「フォロンの抹殺だ」

「え……」

リアは息を呑んだ。頭に血が昇っていくのがわかる。

まだ12才の女の子を、見殺しにするというのか?

「ま…」

「待って下さい!」

リアが抗議しようとしたら、甲高い声にさえぎられた。

視線を向けると、扉の前に黒髪の少年が立っている。黒色の瞳からは今にも涙がこぼれそうだ。

ルーセル・サミン・オディアート。アンと仲がいいと言う、この国の第2王子だ。

「王子っ。ああ、申し訳ありません。王子っ、お戻りくださいっ!!」

バタバタと足音がして、彼を追い駆けてきたらしいメイドが現れる。

けれどルーセルは差し出された手を振り払って、搾り出すように叫んだ。

「アンを助けて下さい!…紫水晶なんかよりも、大切なものがあるだろう…!?」

追って来たメイドが青い顔で息を呑む。

誰も何も言えなかった。

「なんで…どうして誰もアンを助けてくれないんですか」

父親の瞳を真っ直ぐに見つめて、ルーセルは言った。

怒りを込めた口調で。父を心から信頼している、子供の口調で。

「アンは生きてるんでしょう…」

ああ、この王子はまだアンの安否さえ知らないのだ。

口を開きかけたリアを遮り、アレンが抑揚のない声で言い放った。

「王子には教えられません。どうか部屋にお戻りください」

その言葉が、必死に王子としての威厳を守ろうとするルーセルの仮面を、剥がしてしまったようだった。

「じゃあ僕がアンの身代わりになる。西の森に行って、魔族に会ってやる!」

「王子、落ち着いて下さい」

 ケリーがルーセルをたしなめる。確かに今の王子は冷静な判断が出来なくなっている。けれど、これが王子の本音で、必死な言葉には誰も国の利益を説くことが出来ない。

「どうして何も教えてくれないんだ!僕は王子だぞ!?」

「ルーセル。子供のようなことを言うんじゃない」

「子供のままでいい!」

王ですら言葉を失った。

「アンは…?」

目に涙をいっぱいにためて、けれどもちゃんと物を見ようと涙をこらえながらルーセルは言った。

もし死んでいるとしたら、この王子はどうなってしまうのだろう。

リアがそう思った時、アレンが冷たく言い放った。

「アンは、死にました」


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