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7話 はじめてのりょうり

 昼飯時になったので、俺はやる気に燃えていた。


「俺料理したい!」


 俺がそう主張すると、リビングで本を開き、丸眼鏡をかけて読書していたエミィが、俺を見た。


「え? ……すればいいんじゃないの?」


「よし! 任せろ。俺の可能性を見せてやる」


「……あっもしかして初めて!? 人生初ね!? ちょっと待って教えるか、待ちなさい!」


 俺がよく分からないまま包丁とフライパンを両手持ちしていると、エミィがストップを入れた。


「ストップ! ストップよ。いい? いいから、まずはその二つを置くの。そう。そうよ、いい子ね……」


「俺、物を置いただけで褒められたの人生初だわ」


「私も物を置いただけで人を褒めたことは人生初だわ」


「初めて同士だな!」


 俺が言うと、エミィが嫌な顔をする。


「邪推を招きそうな表現はやめなさい。じゃあ料理で火事でも起こされたら嫌だから、ちゃんと教えてあげる」


「邪推」


 こいつ難しい言葉使うな。


 エミィは世話焼きだなぁ、とありがたい思いで頷く。「素直なのだけが救いよね」とエミィは長い長いため息を吐いた。


「まず、これだけは絶対に守って欲しいことを伝えるわ」


「分かった。覚えるぞ」


「まず一つ。爆発魔法を使わない」


「使わんわ」


 俺は眉根を寄せる。建物の中で爆発魔法を使うバカだと思われていたとは。


「そんなことしたら燃えるだろ家」


「あなたの今までの行動を見てたら使いそうだと思ったのよ」


「いやいや、俺は開けた場所でしか爆発魔法を使わないぜ? あとダンジョン」


「そのドヤ顔ウザイからやめなさい」


「はい」


 俺が頷くと、エミィは「次に一つ」と指を立てる。


「レシピ通りに作ること。レシピがない料理は作らないこと」


「何で?」


「初心者はそこから道を間違えるのよ」


 エミィはとても厳しい目でそういった。よく分からないがそうらしい。


「最後に一つ」


 エミィは薬指を立てた。


「レシピに出てこない限り、強火にしない」


「何で? 早く焼けそうでいいじゃん」


「黙りなさい。強火に、するな」


 エミィが怖いので、俺は頷いておく。


「よし。これで基礎の基礎はいいわね」


「マジで? 料理って簡単だな!」


「ええ、言われたことを言われた通りにやれるなら簡単よ。で、ここから質問」


 エミィは俺を見上げてくる。


「手取り足取り教えて欲しい? それとも最初は自分の手でやってみたい?」


「俺は挑戦の男」


「自分の手でやるのね。じゃあちょっと待ってなさい」


 言って、エミィは自分の部屋に戻っていった。少しすると、何やら本を片手に出てくる。


「はいレシピ本。あとそこの長い箱、私が魔法で作った冷蔵庫だから、中身好きに使っていいわよ。あ、でも何作るかだけ教えて」


「最初だし、簡単なのにしようとは思ってるけど。昼飯だしそこまで重くない……オムレツとかどうだ?」


「んー……クオリティを気にしなければ簡単かしら。分かったわ。とりあえず、包丁使うときはまた色々教えるから、しまいなさい」


「あいよー」


 俺は包丁を包丁置きに戻す。これ設置した覚えがないな。素性がバレたタイミングでエミィがやったのか。


「じゃあ、こんなところでいいわね。あとは逐次教えていく感じで。分からないところあったら呼んで。あと予言だけど、エクスあなた多分大惨事一歩手前まで行くから」


「俺が? ハハハ冗談いうなよエミィ」


「まったく冗談じゃないのだけれどね。とりあえず、魔法以外なら私が何とかできるから、魔法だけは使わないでよ」


「分かった」


 俺は力強く頷く。エミィは肩を竦めて、キッチン傍の大机について、本を広げた。


 とにもかくにも、人生初の料理である。ちょっと不安を覚えつつも、俺は「ふふふ……!」と燃えてくる。


「ここから俺の料理道が始まる!」


「そのポジティブシンキングで冒険者続けてないの、甚だ不思議よね」


「はなはだ」


「何よ」


 俺はレシピ本を開いて、オムレツのページを探す。あ、あったわ。


「っていうかエクス、あなた字は読めるのよね? この辺りの元冒険者なら、訓練所出てるはずだし」


「ああ、読めるし書けるぞ。銀から金に上がるってタイミングで、『金が文字を書けないのはマズイ』ってギルドの職員さんに叩き込まれたからな」


「は……? 金? まさかとは思うけど金等級? い、いや、さすがにそれはないわよね。金等級の冒険者が死ぬ以外で冒険者やめるわけないし」


「ハハハ、そうだな」


 俺白金だしな。金で辞めたわけじゃないので、否定することもないだろう。


 ただあんまり突っ込まれても嫌なので、「まぁまぁ、ドンと構えててくれよ。うまいオムレツ用意するからさ」と俺はエミィをたしなめる。


「……そうね。ドンと構えておくことにするわ。大惨事に備えて、ね」


「またまた~」


 俺はエミィを適当にあしらいつつ、早速ページを見始めた。


 何々? 卵を割ってかき混ぜて、シャカシャカ焼く……か。多分そんな感じだろう。細かいところ読むの面倒くさくて飛ばしたけど。


「材料は、卵、塩、バター。よし!」


 俺は冷蔵庫を開け、卵を五つくらいと塩、バターを用意した。こんな少なくていいのか。何か足そうかな。


「ふぅむ……。トマト入りのオムレツってうまいよな」


 俺は冷蔵庫の中を確認して、ハゴロモトマトを取り出した。レシピには書いてないけど、このくらいの改変なら問題ないだろ。分量はよく分からなかったので二つ取り出す。


 あ、でもトマトって包丁必要かな。必要な気がする。俺は振り返ってエミィを見る。エミィは再び眼鏡を装着して、足を椅子に折りたたんで乗せて、じっと本を読んでいる。


 ……邪魔しちゃ悪いか。


 俺はトマト柔らかいイメージあるし、多分包丁がなくても行けるだろと判断した。


 さて、ここからはレシピ通りだ。まず卵を……何個? 三つ? レシピには、ああ、三つだ。三つ容器に割入れる。


 次にフォークでかき混ぜる。レシピを見て……ここで塩か。小さじ1/6ね。


 ……小さじって何だ?


 俺はエミィに振り返る。エミィは集中して本を読んでいるらしく、ペラ、とページをめくった。


 俺は僅かに考えて、適当に塩の瓶を三振りくらい入れた。


 分からんけど多分こんなもんだろう。で、次。熱したフライパンのバターを溶かす。バターはどのくらいだ? 10グラムか。ふむふむ。


 ……10グラムってどのくらいだろうか。


 俺は四角形のバターを見下ろして考える。そもそもこのバターの塊が何グラムなのか分からないのに、いきなり10グラムとか言われも困る。


「……でもいうてバターだろ? パンに塗るときはバターなんていくらあってもいいしな」


 俺は少し考えて、バターを全部フライパンに投入した。どうせオムレツは二個作るし、多分こんなもんでいいだろ。ちょっと多いだろうが、バターをケチるほど金に困ってない。


 っていうかこの前にフライパンを熱するのか。まぁこの順番は別に問題ないだろ。俺は魔法式のコンロのつまみを捻り、魔力を吸われる感覚と共に火を起こす。


 するとバターが段々溶けだした。俺は何だか面白くて、「おお」と声を上げてしまう。


「どう? 順調?」


 机のエミィから声をかけられる。俺は「ああ、バッチリだ!」と返した。


「そう、良かったわ。……絶対すでにいくつかやってるわね」


 言われてギクリとするが、エミィはこっちの様子を見に来ることはなかった。意外に伸び伸びとやらせてくれるらしい。あんまりやーやー言われても窮屈だしな。ありがたい。


 バターが溶けたので、俺はかき混ぜて置いた卵を一気に投入した。レシピ通り急いでシャカシャカかき回す。


「お、それっぽいそれっぽい!」


 明らかにバターが多いが、ご愛嬌というものだろう。……いやでも流石に多かったかな。卵の量と同じくらいバターがあるように見えるのは、気のせいか。


 しかし思ったよりも卵が固まるのが遅い。俺は首をひねって、弱火だったかな。とつまみを確認した。中火。


「……チラッ」


 エミィの様子をうかがう。変わらず本を読んでいる。


 俺はこっそりと強火に変え、ついでにトマトを投入した。あ、やべヘタ取るの忘れてた。俺はフライパンをの中に手を伸ばして、手でトマトのヘタを取ってしまおうとあっつ!


 あまりの熱さにフライパンを手放してしまう。そのタイミングでフライパンが変な角度になったのか、コンロの火が溶けたバターに引火して燃え上がった。


「うぉおおおおおお!?」


 オムレツで!? オムレツでこんなことになるの!? 俺は人生初のフライパン炎上体験をして、どうすればいいのか分からずパニクってしまう。


 そこで、エミィが俺を押しのけた。


「ぷっ、アハハハハッ! トマト丸ごと入ってる! バターもこんな並々入れちゃって、勿体ないわね」


 ふっ! とエミィは炎を吹き消して、コンロの火を消した。それからフォークでトマトを刺し、適当な皿に移して避難させる。


「んー、オムレツっていうか卵焼きにしかなんないでしょうけど、適当にやるのでいいかしら。エクス、あなたトマトオムレツにしようとしたの?」


「え、ああ、うん……」


「ふふっ。私も好きよ、トマトオムレツ。じゃああなたはここまで。ここからは私がやるから、大人しく見てなさい?」


 言われ、俺は「はい……」とこうべを垂れた。


 それからは実にスムーズで、エミィは「トマトは意外に張りがあって、火が通らないと柔らかくないのよ」とか「強火にするなと言ったの、破ったわね?」とかいいながら、俺の大惨事オムレツを見事なトマトオムレツへと変貌させた。


「すげぇ……」


「はい、皿用意して。取り分けるから」


 それぞれのお皿にとりわけ、机に運ぶ。それから揃って口に運ぶ。


「お! うまい!」


「味付けがシンプルな塩だったのが良かったわね。ちょっと薄いかしら」


 エミィはケチャップを掛けて食べ出す。「ん! いいわね。粉チーズかけてもいいかも」とか何かお洒落なことを言いだす。


 俺はそんなエミィを前に、すっと身を引いて、改めて頭を下げた。


「お見それしました……!」


「ふふっ。言ったでしょ、大惨事一歩手前まで行くって」


 得意げにエミィはトマトオムレツを口に運ぶ。そして言うのだ。


「ま、これに懲りたら、しばらくは手取り足取り、私から教わることね」

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