5話 エミィの農業教室1
「そもそも、まず中身を確認なさい」
エミィに言われて、俺は買った袋の中身を確認した。三袋あった内の残り二袋。
中身は、どちらも苗だった。
「……種じゃないのか?」
「素人が育苗からできる訳ないでしょ。さっきのはホウレンソウモドキだから種だけど」
「いくびょ……?」
「あーいい! 分かったわ。ここまで来たからには、責任もって全部教えてあげる。感謝しなさいよね!」
「するわ。ありがとな!」
「この素直さどこから来てるの? 冒険者って嘘でしょあなた」
逆に一から十まで世話されて感謝しない方がおかしいと思うんですけど。
と思いつつ、俺はエミィを見つめる。エミィは「それがおじいさまから貰った農作具?」と聞いてくる。
「うん。使うのか? っていうか使えるのか?」
俺が見た限り、エミィの身体はかなり細い。筋肉も脂肪もほとんどない、少女のような体だ。その体躯で農具を扱うにはある程度日ごろから動いている必要があると思うが。
余談だが肌も異様に若い。やっぱこいつ12歳だと思うんだけど。いやでもエルフだからこんなもんなのかな。分からん。
「何でよ? よく分からないけれど、バカにしないでほしいわ」
俺でも結構重い道具なのだが、エミィは問題ないらしい。俺は成り行きを見守る。
エミィは俺が見守る中で、鍬を手に取った。「んっ……しょっ!」と引き抜く。
「こういうのはね、まず畝を作るのよ」
「何だうねて」
「見てなさ、……これ重くない?」
思ったよりギブアップが早かった。
「重いだろ」
「……指示するからその通りに動いてもらっていいかしら」
「了解」
俺はエミィから鍬を受け取って、「で、どうすればいい?」と問う。
「まず柔らかくなった土を、こう……長方形に集めるの。それを畝と呼ぶわ。平易な言い方をするなら、野菜のベッドね」
「平易」
「何よ」
「いや、平易って言葉が平易じゃねーだろって思って」
「知能指数が低いのだけ分かったわ」
この野郎。
とはいえ世話になってる身。俺は肩を竦めて流し、言われた通り良い感じに土を寄せ……。
爆破させて集めた方が早いか。
「エクスプロード・ミニマ」「さっき注意したばっかりでしょこのおバカ!」
スパーンッ、と俺の頭をはたくエミィだ。こいついいツッコミしてやがる。
「何で鍬を持たせたと思うの。ねぇ! あなたに魔法を使わせないために決まってるでしょうが!」
「俺は……無意識に操られていた……?」
「操られてないのよ! 普通ならある程度操られてくれるところを、まったく操られてくれなかったのがあなたなのよ!」
なるほど。
「いいから! 鍬を! 使いなさい!」
エミィが必死になって言うので、俺は仕方なく鍬で土を何となく長方形に集め、畝を作る。お、これ何か見たことあるぞ。
「そう。畝が作れたわね? そこに、この苗を植えなさい。魔法使うんじゃないわよ!」
「そんな心配しなくても、こんなところで使う奴いないって」
「さっきあなたが使ったから言ってるのよ……!」
苗袋を受け取りながら笑っていなしたら、エミィは血管がブチギレそうなほど力強く訴えてくる。マズいな。もし120歳のおばあちゃんと言うのが本当なら、命の危機だ。
「エクス。あなたものすごく失礼なこと考えてない?」
「エミィって結局幼女扱いとおばあちゃん扱いならどっちがいいんだろうなって」
「そのどっちかの扱いをしたらぶちのめすわよ」
ぶちのめされたくないので、俺は素直に苗袋から苗を取り出す。
立てていた鍬を手に取り、……いやでも爆発魔法の方が「鍬でやるのよ。鍬で」鍬で苗を植えこむための穴を開ける。
そこに、俺はしゃがみ込んだ。苗を取り出し、植える。そのままだとすぐに倒れてしまいそうだったので、手で土を寄せて根元の部分を植えた。
苗が直立する。ピンとその伸びあがる枝を、天に向けて立っている。
「おぉ……」
俺は我ながら、自分の行動がいかにもスローライフっぽくて感動してしまった。これこれ、こう言うのでいいんだよ。こう言うのがやりたかったんだ、俺は。
「エミィ……いいな、スローライフ」
「苗植えただけで感動してる人初めて見たわ」
水を差すんじゃないよバカ野郎。
俺は立ち上がって、「ふぅ」と汗をぬぐう。作業そのものの負荷は軽いが、日差しが強くて汗をかいてしまう。
「それで? 次は水をやればいいのか?」
「ワクワクしちゃって。その前に苗、全部植えちゃいなさい。苗は最初たっぷり水をあげて。種は別に水やりは要らな……いんだけど、そもそも砕けたから今回は気にしなくていいわ」
苦笑気味に、エミィは俺に教えてくれる。俺は「分かった」と頷いてから、畝に目を向けた。
呪文を唱える。
「エクスプロード・ミニマム・シーケンシャル」
ボッボッボッボッと連続で音を立て、畝に等間隔で小規模の爆発が起こった。中心の土が飛び散り、まるでちょっとした爆心地のように穴が開く。
「は?」
エミィが目を丸くしてその光景を見ている。
俺は気にせず畝に近寄っていき、苗を植えていった。手で丁寧に植え付け、土を寄せて倒れないようにする。
そして俺は、うんうんと頷きながら呟くのだ。
「いやぁ、いいな。こういう、丁寧に心を込めて、ゆっくりと何かを成すっていうのは。何つーかこう、心にゆとりが生まれる気がする」
「まず丁寧の意味を辞書で引き直してもらえる?」
エミィがとても冷たい目で俺を見ていた。