3話 エルフの少女
翌朝、ふん縛って聞き出したところ、このエルフの少女は『エミィ・ルーフ』というらしかった。
「ふーむ……? 幽霊の正体はこのエルフの娘で、隠れ家にしていた家に住む者を脅かして追い出していた、と?」
「ってことらしい」
「ふんっ」
縄でぐるぐる巻きにされたエルフ少女は、地面に座り込んでいた。ぷいっ、とツインテールを振り回し、ご機嫌斜めを精一杯アピールだ。
その様子を見て、地主の爺様は「ふぅむ」とさらに考える。
「エルフ、か。善良で一際美しく、気高い民と聞く」
爺様は言って、まじまじとエルフ少女を見る。俺もその顔を見るが、実際美少女だ。かなり小柄で、結構幼く見えるので、そういう対象ではないが。
「この目で見たのは生まれて初めてのことだが……。お嬢さん、何でこんなところにいたのかね」
「そんなことはどうでもいいわ! 私は言っているでしょうっ? 土地は長年住んでいれば、この国では土地の権利が委譲するって! じゃあこの家は私のよ!」
「そうは言ってもなぁ。まさか幽霊話が何年前からあったか、なんてことを根拠にするわけにもいかんだろう」
「く……それは、一理あるわ」
俺はそのやり取りを聞いて、確かに善良らしい、と思う。法律でモノを言う奴なんか初めて見たほどだ。俺が少女の立場なら俺も爺様も殺して奪っただろう。冒険者スタイルである。
しかし、善良さで言えば爺様の方がよほど上だ。
「なら、こういうのはどうだ。お嬢さんも住んでいい。長年住んだら正式に譲ろう。だが、その数え始めは今日からだ」
「本当に!? あなた、人間の癖に話が分かるじゃない!」
「だが、このエクス坊と一緒に住んでもらう」
「え?」「はい?」
俺とエルフ少女、エミィの声が重なる。
「俺はてっきり別の場所を案内されるもんだと」
「生憎、ポンと貸してやれる家はここくらいのもんでな。我慢してくれ」
「俺は文句ないが……」
文句アリアリで目を怒らせているのはエミィだ。
「嫌よ! 何で私がこんな粗野な男と住まなければならないの!?」
「粗野」
こいつ難しい言葉使うな。
「お嬢さん。何も強制しているわけではない。エクス坊にも、お嬢さんにも、平等に、この家を貸す、と言っているだけだ。断ってもいい。当てがあるなら、他の誰かに頼るといい」
「うぐ……」
そして爺様の笑みである。強い。
一方困ったように言いすがるエミィ。
「で、でも、襲われたら……」
「襲わねぇよお前みたいなガキ」
見た目12歳くらいだろ。
「ガキ!? あんたの方がよっぽどガキよ!」
「俺24だけど」
「ガキじゃないの!」
お前何歳だよ。
そこで、爺様がすっと割り込んでくれる。
「まぁまぁ。まず、エクス坊。お前は、性根は良い奴だが、口が悪い。穏やかに過ごしたいというなら、まずは言葉遣いからだ」
「確かに」
「いやに素直ね……」
「そしてお嬢さん。この通り、素直な若者だ。産まれた頃から知ってる。女性を力づくで手籠めにするようなバカモノではないよ」
「……確かに、昨晩縄で縛られて他の部屋のベッドで転がされてからは、指一本触られなかったけど」
「だからガキに手を出すほど飢えてないって」
「ガキガキ言うんじゃないわよ!」
「エクス坊、言葉」
「おこちゃま」
「ヨシ」
「ヨシじゃないわよ。私的には悪化したわよ今」
「ともかく、だ」
爺様がはまとめに入る。
「エクス坊にも、お嬢さんにも、平等に家を貸す。エクス坊は子供のころから知ってる、孫のようなものだから。そしてお嬢さんは、女性を寒空に放りだすまいという義侠心から」
「俺は何も問題ない。元冒険者なんだ、このくらい屁でもないね」
「……遺憾だけれど、いいわ。人間を無闇に警戒して、立場を悪くした私自身の責任でもあるもの」
「遺憾」
こいつ難しい言葉使うな。
「では、そういうことでな。何かあればまた呼ぶんだぞ」
言って、爺様は帰っていった。早朝のことだ。わざわざ来てもらったのである。爺様が俺の中で着々と聖人化している。
ということで、さて、二人きりになってしまったわけだが。このツンケンした少女を前に、俺はどう振るまえばいいのだろう。
「あなた、名前は」
そんな事を考えていたら、エルフ少女のエミィに呼ばれる。
「エクスだ」
「そう。エクス、遺憾ながら私たちは同居という形になったわ。だから、一緒に住む上でのルールを決めましょう」
「ルール、ね。まぁいいだろう」
俺は首肯する。するとエミィは指を立てて、偉そうに話し始めた。
「一つ、お互いの部屋には許可なく入らないこと。これは絶対よ。破ったら何かペナルティを負ってもらうわ」
「すでにお前は破ってるけど」
「今この瞬間からのルールだから例外よ」
「こいつ都合いいな」
「一つ、一緒に住むからって馴れ馴れしくしないこと」
こいつ都合いい耳持ってんな。
「せっかく家全体を掃除してくれたみたいだし、有効活用してあげるけど、馴れ馴れしくされたら困るわ。人間と一緒に住むだけでも鳥肌ものなのに」
「扱いが虫レベルで泣きたくなってくるわ」
「……表現が過ぎたわ。ごめんなさい。適切な表現を取ると、『この急展開で警戒心が高まっているから、無闇に刺激しないで』というところよ」
「お前冷静だな」
こんなに自分の事をよくよく理解できてるのスゲーなって思う。ただの態度悪い奴かと思ってたけど一味違いそうだ。
次、とエミィは言う。
「一つ、可能な限り助け合うこと」
「あれ? ルール設定する人変わった?」
明らかに態度が軟化している。エミィはちょっと照れ臭そうにそっぽを向いて言った。
「自分を客観視して、大人げないなって思っただけよ」
「客観視」
俺はそろそろ理解する。こいつインテリだな?
「一緒に住む以上、いがみ合っていてもいいことは少ないわ。どうせ私もあなたも暇でしょう。何か困っていることがあれば、意地悪で手を貸さない、というのはなしにしましょう」
「それは、そうだな。スローライフと言えば助け合いみたいなところあるだろ。うん。人助け大事」
「冒険者やってたとは思えないほど純朴ねあなた」
「人に裏切られて田舎戻ってきた身だからさ」
「……人生、色々あるわよね。分かるわ」
「やめろよ優しくされるとマジで泣いちゃうぞ」
当たり強いのには慣れてるけど優しいのに不慣れなんだよ。冒険者だから。
「最後に一つ」
エミィは、キッと鋭い目つきを取り戻して俺に言った。
「私は、ガキじゃない!」
「いやそれはガキだろ」
「あなたの方がガキよ! 何よ24って! まだ赤ん坊じゃない!」
「俺が赤ん坊ならお前生まれたてだろ。何歳の立場で言ってんだよ」
「120歳の立場で言ってるのよ」
「……」
?
「シンプルに理解に困る顔をするんじゃないわよ。『何言ってるんだ?』って顔で首を傾げないの」
「そういう……設定?」
「本当に120歳よ。疑う以前にまるっきり信じてない顔やめなさい」
「……」
俺は思い出す。冒険者になると飛び出して行った幼い頃のこと。冒険者のおっさんたちに舐められないようにホラを吹いて、笑われても意固地になって撤回しなかったことを。
俺は言った。
「そうだな。120歳なんだよな」
「や、やめて? ねぇ。その『おっきな見栄張っちゃう時期、俺にもあったな』っていう生温かい目、やめてよ。そういうの良くないわよ」
「じゃ、よろしくな、エミィ。これから助け合って生きていこう」
「うぅ、遺憾だわ……」
俺の差し出した手に、渋々手を伸ばして握手するエミィ。意外に仲良くなれそうだな、と思った朝の一幕のことだった。