2話 実家に帰ったら家なかった
馬車に揺られて数日。何回も乗り継いだ先。複数の領地を越えて都市を離れ、さらに田舎の数少ない定期便でやっと、俺の実家のある村にたどり着いた。
「はー! やっぱこの一面の緑ってのも、久々だと趣があっていいな!」
冒険者にもいくつか種類があり、その内俺はダンジョンを潜るタイプの冒険者だったから、こういう緑とは縁がなかったのだ。そうそうこれこれ、という気分になってくる。
懐かしい気持ちで見て回る。見渡す限りの大農地。大きな川。すぐに近くにそびえる山々。
空気が旨い、と思う。何をするにしても、何だか伸び伸び出来る気がする。そんな期待を胸に、俺は実家のあった場所にたどり着いた。
家がなかった。
「……んん~?」
おかしいな。ここにあったはずなのだが。俺はキョロキョロ見回して、隣家と間違えたかと疑うが、やはり俺の実家があったはずの場所が空き地になっている。
「……なんで?」
俺が首を傾げていると、隣の家の爺様が顔を出した。
「んん……? おー!? お前、もしかしてエクスの坊主か! 風の噂で、王都で冒険者やってるって聞いてたんだが」
「ああ、ちょっと色々あってやめてきたわ。それで実家にしばらく世話になろうと思ったんだけどさ」
「なるほどなぁ。だがお前、その様子じゃあ知らないらしい」
「何を」
俺が問い返すと、爺様は言う。
「お前のところ親父さん、新しい事業立ち上げたら成功してな。今じゃ都会に移り住んで色々やってるそうだ」
「はぁ~?」
知らないんだが。何それ。親父そんなに商売上手だったのかよ。意外過ぎる。
「何だエクス、お前知らないのか。結構前に、手紙のやり取りをし始めたとか聞いたが」
「何も知らなかったわ。お互いに『便りがないのが元気な頼り』って感じだったし。え、じゃあ本当に家もないのか?」
「ああ、そうだ」
「うわマジかよ、困ったな」
俺は渋面で唸ってしまう。それに爺様は同情する。
「確かになぁ。この村には宿はないから、今日寝る場所にも困ってしまう。とはいえ、まだそう遅くない時間で良かったな。都市に戻る定期便、数時間後にもう一本だけあるはずだ」
爺様の言葉に、俺は口をへの字に曲げて首を振った。
「いーや、俺は都市にはもう戻らないんだ」
「ほう? そらまた何で」
「そりゃあスローライフするからに決まってる! 俺はこの村で、のーんびり過ごすんだよ。野菜育てて、釣りして、家畜育ててもいいし、家も建てたい!」
「ほー……。こんな村退屈だ、俺は冒険者になるって、飛び出した悪ガキがなぁ」
爺様は何か考え込むようにして、アゴをさすっている。それから「ちょっと待ってろ」と言って、物置小屋に入っていった。
戻ってきた爺様の手には、何やらいろいろと道具があった。それをまとめて押し付けられる。
「え、何だよ爺様」
「ウチの古くなった道具一式だ。家建てたり、農業したいとか言ってたろ? 古くなっちゃあいるが、まだ使える道具ばっかりだ。持っていけ」
「おお~! 爺様!」
「小さい時から知ってるガキが、わざわざこんな辺鄙な村に戻ってきてくれたんだ。応援したくなったんだよ」
「ありがとな!」
俺は満面の笑みで礼を言う。爺様は肩を竦めて、俺にあれこれ言ってきた。
「まずは寝床だな。この辺りから少し外れた川沿いの辺りに、ポツンと古ぼけた一軒家があるはずだ。物置に使ってるんだが、掃除すれば寝れるようになる。そこを貸してやるよ」
「え、い、いいのかそこまで世話してもらって」
「なぁに、誰も使ってないような家だ。妙な噂もあるから、冒険者やってたエクス坊なら解決してくれるか、っていう期待もある」
「妙な噂」
「ああ。何でも、出るんだと。移り住んできた小作人を住まわせようとしたら、飛び上がって逃げ出したことがあってな」
手で幽霊のジェスチャーを取りながら、爺様は言う。聞きながら、そういや爺様って地主だったな、とか思った。まぁ適宜力を貸せばうるさくは言われないだろう。
「ダメならウチに寝泊まりしていいから、ひとまず行ってくれるか? 退治してくれたらそのまま住んでいい」
「マジかよ! 任せてくれ」
「はははっ、頼もしいねぇまったく! じゃ、任せたぞ」
背中を叩かれ、俺は道具一式を抱えて言われた家へと赴いた。
言われた家にたどり着き、俺は一言漏らす。
「家……? 屋敷じゃね?」
そう。かなり大きい家だったのだ。
昨日爆破したバニッシュの家が普通サイズとするなら、この家は二倍から三倍の大きさがあった。
「しかし、幽霊屋敷、ねぇ。そういうところは明らかに分かるもんだが」
ここには、そういった予感は何もない。本当に幽霊屋敷なのか? と疑いながら、俺は鍵を開けて中に入った。
ざっと一通り確認した限り、リビングキッチン風呂場とあって、さらに個室が六つほど。何故か開かない部屋が二つあったが、立て付けが悪いのだろうと今は放置する。
ついでに隣の空き地を確認したら、畑だった。荒れ果ててこそいたものの、耕せば十分に使えそうだ。
「しかも近くに川があるから釣りもし放題。これは理想にスローライフにぐんと近づいたぞ!」
俺は意気揚々と掃除に勤しむ。ゴミを片付け、埃を掃き、雑巾拭きをし終えたら、日が暮れ始めた。
その辺りで爺様が「おう頑張ってるな。これは夕飯だ。食ってくれ」と差し入れを持ってきてくれた。俺は感涙しつつ食べ終え、再び掃除に戻る。
ある程度片付いたな、というタイミングで、夜もとっぷり暮れてきた。
俺は蝋燭をつけ、ひとまずベッド周りも整理して寝られるようにしたことを確認する。それから、今日は早々に床に就くことにした。
そうやって眠りについてから、すぐのことだった。
ギシ、ギシ……と何者かの足音が聞こえてきた。その足音は、微かに、息を潜めるように、俺の眠る部屋に近づいてくる。
扉が開いたのが分かった。そこで向けられる感情が敵意であることに、寝ぼけ半分でもすぐに気づいた。
だからその対象が近づいてきた瞬間、俺はこう口にする。
「エクスプロード・ミニマム」
迫りくる足跡の主の目の前が、突如として爆ぜた。「キャッ!?」という声を上げて、影は後退し尻もちをつく。
そこに俺は飛び起き、襲い掛かった。マウントポジションを確保して、片手で敵の両手を押さえ、起き上がりざまに手に取った蝋燭に爆発魔法で火をつけて敵を照らす。
するとその敵は、予想だにしない姿をしていた。
「……エルフ」
「ッ。は、放してっ! 人間が、私に触らないでよ!」
吊り上がった目つきの、気の強そうな金髪ツインテールの少女。街で見れば、息をのむほどの美少女だ。
だが、一番の特徴はやはり、その尖った長耳だろう。
この人間界における人類の中で、もっとも長く生きる種族。森の守護者。高貴なる妖精の貴族。
エルフの少女が、俺の下で暴れていた。