16話 魚の宴
出来上がった食卓を見て、俺は「おぉ……」と感動していた。
机に並ぶのは、魚の塩焼きに、小魚のから揚げ、あとエミィが作り置きしていたらしいトマトのサラダだ。
いい匂いが机の上に立ち上っている。ちょうどお昼時で、空腹も相まって実においしそうだ。
「何か……いいぞ。これ、いいぞ!? こう、程よく豪華で、健康的な」
「私一人だったらトマトサラダ食べて終わりだったし、こう言うのも悪くないわよね」
「ごちそう……!」
全員でじゅるりとよだれをすする。そして手を合わせて『いただきます』だ。
早速俺は、俺が釣り上げた魚の塩焼きに取り掛かった。フォークで触れると、カリカリに焼かれた皮が、パリ、と破ける。さらに奥に進むと、白身が出てくる。
俺は焼かれて皮にくっついた塩の部分を確保しつつ、自分の取り皿に取り分ける。
そして満を持して、口に運んだ。
「……はーうめぇ~!」
ほくほくの白身に、塩っ気のよく合うこと! これが俺の初めて釣った魚なのだから、さらに感慨深い。魚自身の旨みを良く感じる、素朴な味わいだ。
「エクスも一杯どう?」
「お、ありがたい。じゃあ一杯」
ヘヘへ、と二人笑い合いながら、エミィが俺のグラスに白ワインを注いだ。魚には白ワインが合うのだ。この世界が生まれた時からそうと決まっている。
「エクス、こっちもおいしい」
「ん、ノエルが釣った小魚の、から揚げだよな。じゃあご相伴に預かりまして」
フォークで刺して口に運ぶ。おー! これもうまいぞ。揚げものらしい衣のザクザク感に、しっとりとした身の旨さがある。下味も絶妙だ。
俺はその流れで白ワインを口に運ぶ。あーうまい! これがマリアージュちゃんですか! 白ワインが魚を! 魚が白ワインを! うまいっ!
「うめぇ~。箸休めのトマトのサラダもうめぇ~」
トマトのサラダもちゃんと味が付いていて、じゅわっと果汁が口の中に溢れる感じが溜まらない。いや待て、このトマトサラダめちゃくちゃうまいぞ? スルーできなかったぞ?
「エミィ……! このサラダうまいよ。どうなってんだ!」
「そりゃ私エルフだし。植物の事なら誰にも負けないわよ」
「確かに!」
エルフのトマトサラダなんてものを食えるとは。俺はどこでそんな徳を積んだのだろう。魔王候補を皆殺してた時かな。あれただの虐殺だったけど。
そこでノエルが「あ、やっぱりエルフだったんだ」と小さな声で言った。エミィはにっこりと笑って、そっと白ワインをノエルに勧める。
「飲みなさい。そして人種なんてお酒の前では無力だと知るのよ」
「エミィ、子供にそれはまずい。ノエルって確か14だろ」
「うん」とノエル。酒を嫌そうな目で見ている。
「じゃあ酒は飲ませちゃダメだな。成人までは我慢だ。ま、その都市ならすぐって感じはするが」
「来ても飲まない……」
俺は肩を竦めておく。飲む飲まないは個人の自由だ。
「ということで、今回は俺が飲もう」
「何するの! このワインは私のよっ!」
「えええ」
エミィがすっかり出来上がっている。俺は面白くてケラケラ笑ってしまう。
「やっぱ酒が入ったエミィ面白いわ~! 酒もうまいし! 飯もうまいし! 何か知らんけど美女に囲まれてるし! この世の天国だな!」
実に酒が進む、とカパカパ飲んでいると、何故か二人は揃ってそっぽを向いている。
「う、いや、その、この体躯だから、正面切って美女とか言われるの、慣れてなくて……」
「び、美女。そんなこと言われたの、初めて」
「んぇ?」
俺の軽い褒めで、二人は顔を赤くして視線を逸らしている。俺はとりあえず小魚のから揚げを食べ、白ワインをくぴと飲んで言った。
「お前ら、もしかしてガチで可愛いのか……? 全然そんな目で見てなかったんだが。え、でもな。小さいだろお前ら」
「はぁっ!?」
「うぅ」
エミィは目を剥き、ノエルは小さく縮こまる。俺は胡乱な目でそんな二人を見て……ん~……いやぁやっぱ小さいよこの二人。ないない。
「うん。いっぱい食べて大きくなるんだぞお前ら」
「あ、あれ……? ねぇ、今言外に射程圏外認定下らなかった? 意識されるのも戸惑うけど、『ない』って思われるのも遺憾だわ」
「え、エクス、わたし、小さい……?」
「ノエルはなぁ、年齢は問題ないけど、ちょっとやせ過ぎだな。背も俺のみぞおちくらいだし。でも成長期だろうから、一緒に大きくなろうな」
「エクスはこれ以上大きくなってどうすんのよ」
余談だが、俺は中肉中背だ。そこまで大きくはない。けどちっこいエミィからみたら巨人なのかもしれないと思う。
「魚うめ~!」
「くっ! エクス! そこに直りなさい! 失礼な男ねあなたは!」
「まぁまぁ、魚の塩焼きがエミィの口に向かって行くぞ。あーん」
「えっ!? あ、あーん……」
「んーおいしいねぇ! ワインも飲もうねぇ!」
「んん……うん! おいしい!」
「大人はお酒でこんなにおバカになる……。わたしもう、一生お酒飲まない……」
ノエルが何か重大な決心をしているようだが、俺は気にせず食に舌つづみを打つ。トマト食おうトマト。マジでこのトマトサラダ旨い。ビビる。
「はぁ~……幸せだ……。昼間は全部寝るか」
「ありぃ~あははっ」
エミィはケラケラ笑って、ワインをグイグイ飲んでいる。随分飲むなぁと思いながら、俺はノエルを見る。
「ノエル、明日は狩りを教えてくれないか。松明専門の冒険者でな、弓の領分というか、狩りはよく分からんくてな」
「ん、いいよ。教えてあげる」
「おーサンキュー! いやぁ賑やかでいいなぁ。やることもいっぱいだ。でも好きなことからやればいい。自由だ。まったくいい暮らしだなぁ」
俺は白ワインを飲む。このワインもずいぶんうまい。すいすい行けてしまう。
そんな飲んだくれの俺に、ノエルは言った。
「ね、エクス。冒険者って、どんな?」
「どんな~? どんなってそんなの決まってる」
俺は小魚のから揚げを口に運び、話した。
「荒くれどもの集まり。暴力と困りごとの終着点。弱い奴は死ぬしかない」
「……」
「だが」
俺は苦笑する。
「チャンスはあった。英雄にも、化け物にもなれるとしたら、冒険者だ。他の立場じゃあそうはいかない」
「エクスは、どうだったの?」
「俺? 俺かぁ」
俺はノエルの無垢な質問に、肩を竦める。
「俺は失敗したよ。仲間をもっと選ぶべきだった。もしかしたら、俺一人で良かったのかもとも思う。仲間があれであそこまで行けたのなら、俺に仲間なんて要らなかったのかもな」
俺は魚の塩焼きを食う。ノエルを見ると、戸惑った顔があった。俺は、まずったな、と少し思う。それを取り繕うために、ノエルに言った。
「もし良ければ、俺からも魔法を教えようか。まず冒険者になる必要があるが、冒険者そのものには義務なんてものはない。教えられることは、色々あると思う」
「ほ、本当っ?」
「ああ、本当だ。金を稼ぐなんて、簡単だってことを教えてやる」
くくっと笑いかけると、ノエルは力強く頷いた。何とも可愛い妹分が出来たもんだ、と俺は白ワインをさらに煽る。