15話 魚の台所
「エクスとエミィの」
「お料理クッキング~、って何やらせるのよ」
俺が雑に振ったらエミィが乗ってくれた。お料理とクッキングって意味同じじゃないですか?
「わーパチパチ」
ノエルものんびりとしたテンポで、まばらな拍手をしている。一人でまばらな拍手してるのすごいな。リズムの概念どうなってるのだろう。
「じゃあ魚の塩焼きと小魚のから揚げ、作ってくわよ」
言って取り出したのは、ノエルが釣った無数の小魚だ。俺が釣れない釣れないと言っている間に、細かいのをかなり釣っていたのである。
ちなみに小さすぎるものは、エミィが生簀を作って育てることになった。全員の意見が図らずしも叶った形だ。
ともあれ、俺はエミィの呼びかけに頷いておく。
「はいエミィ先生」
「先生って呼び方あんまり好きじゃないのよね」
「呼ばれたことありそうだな先生」
「そりゃあこれでも『ルールブック』筆頭博士の一人だし」
エミィ実は結構偉い人だな?
「で、魚だけど、釣った魚をどうこうするのって実は初めてなのよね。買った魚ならともかく。ノエル、分かる?」
「分かる。とりあえずまだ生きてるから締める。小さいのは神経締めは難しいけど」
「あーはいはい。そうね、生きてたら調理しにくいものね。んー、でもこのくらい小さいなら、氷水で良いんじゃない?」
言って、エミィは水を張った。そこに指を入れて指先を少し濡らして言う。
「『我が身は霜の巨人ユミルの恩寵を受けたり。この一滴に冷たき息吹を授けたまえ』」
指を振るう。指先のしずくが、水を張った器の中に落ちる。そこから、一気に器の中の水に氷が浮かび上がった。ノエルが目を丸くする。
「すごい。エミィも魔法使い」
「これでも魔法研究機関の人間だからね。最低限の魔法は覚えておいた方が、どこでも生きられるわよ? エクスは尖りすぎだけど」
「詠唱魔法……ドルイドか」
俺が言うと、エミィはニヤっと笑って「正解」と言う。
「エクス、あなた結構魔法とか戦闘とかなら詳しいわね? 冒険者でも、複数の魔法が分かる人間って少ないわよ。あなたの魔法も結構特殊だし」
「……」
「? 魔法って、種類があるの?」
黙する俺。首を傾げるノエル。得意になって、エミィは語る。
「ええ、魔法は大別して五種類あるの。今私が唱えた詠唱も魔法だし、エクスの呪文だけでドッカンドッカンやるのも魔法」
エミィはそう説明する。俺は脳内で、どんなんだったかな、とおさらいする。
俺の使う魔法は、『変身魔法』と呼ばれる魔法だ。体に神と同じ入れ墨を入れて、あとは簡単な呪文で神の奇跡とやらを再現できる。
一方で他にも魔法はあって、例えばエミィの言う『ドルイド』という奴は、杖と詠唱とやらで神にメッセージを伝え、奇跡を代わりに起こしてもらっている。
でもエミィ、杖なかったよな。エルフだからか? よく分からん。まぁいいか。
ひとまずの理解としては、「エクスプロード」と呪文を唱えるタイプの魔法もあれば、「神よ、うんたらかんたら」と詠唱するタイプの魔法もある、ということだ。
文化と神話の違いでしかないが、思っていると、ノエルが言う。
「エクスのドッカン、見たい」
「今度な今度。さっきも言ったが危険なんだぞ」
魔法についての雑談をしながらも、エミィは小魚を氷水に入れていく。小魚は最初暴れたが、すぐにシンと静かになった。
一方氷水に入れないのは俺が釣った一匹だ。この魚は大きめなので、塩焼きにするとのことだった。
「こっちは大きいから神経締めがいいかしら。ノエル、やってくれる?」
「分かった。任せて」
ノエルは道具箱から針を取り出して、魚の頭の辺りから突き入れた。何度かスコスコ出し入れすると、抵抗していた魚が静かになる。
「締まった」
「ありがとう。でもいいわね。マウンテンレディなんて普通にしてたら高級魚よ? 昼間っから食べられるなんて嬉しいわ。今日もワイン開けちゃおうかしら」
「!? ダメ。エミィにはまだ早い」
「だから私120歳だって言ってるでしょうが」
やいやい言ってる横で、俺は締まった小魚を他の器に移しておく。うまいだけの飯なら随分食ったが、自分で一から作るとなるとワクワクしてきてしまうのだから面白い。
「魚ぬるぬるしてるけど、このまま調理するのか?」
「まずぬめり取りね。こういうのは酢をかけると一瞬よ」
魚を器にひとまとめにして、お酢をぶっかけるエミィ。ノエルは「ぜ、ぜいたく……」と目を見開いている。この子は不憫な子だよ本当に。
それで指でこすると、エミィは「うん。取れたわ」といって俺に大きい方の魚を触らせてきた。ホントだ全然ぬめぬめしてない。
「いずれは包丁も任せるけど、今日は私がやるわ」
エミィは言って、手早く鱗をこそぎ落とした。次に魚の腹を開いて内臓を取り出す。それが済んだ魚から、ぽいぽいと違う場所に移していく。
「小魚はこっちの調味料を入れてある器に入れて、混ぜ合わせるの。大きい方は串を刺しましょう」
「エミィ。私、串刺すの得意」
「ならノエルに任せるわ。混ぜるのはエクスね」
「任せろ」
俺は魚を器に移し、調味料を掛けたり上の方の小魚が下の方に行くようにグルングルン混ぜたりする。ノエルは鉄製の串を、うまくデカい魚に通していた。
その間にエミィは油に木の棒を入れ、様子を見て「ちょうどね」と笑う。言いながら俺の持つ器に指を向けて言う。
「『我が身は時の神クロノスの恩寵を受けたり。この器の中の時間を四半刻後に飛ばしたまえ』。……よし、これで三十分浸け置きしたのと同じね」
「メチャクチャ便利で笑う」
エミィは何だ? 万能魔法使いか?
俺がエミィを見ると、エミィは肩を竦めて「小規模だけど色んな属性の魔法が使えるのよ。ここがドルイドの詠唱の強みよね」と。
「俺、爆発魔法しか使えないが」
「エクスって変身魔法でしょ? あの、体に神と同じ刺青を体に入れる奴。そりゃ一属性しか使えないわよ」
「何でだよ」
「そりゃ『神様に似る』ことで力を得る魔法なんだからよ。一人の神様の真似をして、一人の神様の力を再現するの。ドルイドが万能なら変身魔法は一点豪華なのよ」
「ふーん……」
俺はへの字口で言う。エミィは「ほらへそ曲げてないで次の工程行くわよ。興味があるなら、今度ドルイドも教えてあげるから」と俺を台所最前線に引っ張った。
「さ、ここからが正念場よ。エクス、あなたは魚をこの粉に付けて、そのまま油に投入するの。揚げ時間は七分。温度調節はすでに済んでるから気にしなくていいわ」
「揚げるぜ」
「その意気よ。ノエルはそこに用意してある炭火で焼いてね。本当なら結構時間かけてじっくり焼く必要があるけど、炭焼きの上だけ時間を三倍くらい加速させてあるから、エクスの数分遅れくらいでいい感じになるわ」
「了解」
「じゃ、焦がさないようにね」
言って、エミィは台所を俺たちに任せて机に移動した。かと思えばどこかに立ち上がり、ニマニマと笑みを浮かべてワインボトルを持ってくる。
「エクス、もしかしてエミィが120歳って、ホント?」
隣で塩焼きを作っているノエルに聞かれる。俺は「多分、6、7割くらいの確率で」と答える。
「何で私そんなに信用ないのよ」
「見た目が完全に幼女だからだろ」
「エミィは、同年代でも一番小柄な私よりも小さい。多めに見積もっても15歳以下」
「遺憾だわ……。こんな悲しい気持ちはお酒で吹っ飛ばすわよ!」
「ちなみに昨日エミィガブガブ飲んでたぞ。ザルだった」
「あなたもねエクス。私に付き合える男なんて初めて見たわ」
俺たちはニヤリと笑みを交わす。そんな俺たちを、「お酒に溺れるおバカな大人たち……」とノエルが蔑みの目で見ていた。