14話 爆発離れを考える
三回魚を取り逃がした俺は、「なぁ」とエミィに呼びかけた。
「爆発……させていいか?」
「ダメに決まってるでしょ……?」
俺のお伺いに、正気を疑う目を向けてくるエミィ。
ノエルが聞いてきた。
「爆発って、何?」
「俺の魔法だよ。好きな場所に好きな規模の爆発を起こせる。俺だけ爆発に巻き込まれても無傷。頑丈だから」
「わ、わたしとエミィは……?」
「巻き込まれたら死ぬ」
「ひっ」
「おバカ! こんな小さな子を脅かすんじゃないの!」
エミィにひっぱたかれる。危険なのは事実なので、脅かしておいた方がいいのだが。まぁ言うて相手の体内で爆発させればいいだけの話か。
「で、ダメ?」
「ダメよ。っていうか爆発でどうするつもりなの」
「分からんけど、爆発に巻き込まれた魚が肉片になって浮いてくるとか」
「全員死ぬわよそれ」
確かに俺以外死ぬな。威力は極小にとどめるべきか。うーん。魔眼とか使えば行けなくはないと思うのだが。かなり正確だし。
「じゃあどう爆発を釣りに活かすんだよ」
「活かさなくていいって話をしてるのよ」
俺とエミィの話は平行線だ。普通の釣りが難しくて爆発でどうにかしたい俺。爆発は絶対に許さないエミィ。
ノエルはあわあわしながら言葉を差し込んでくる。
「よ、よく分かんない、けど。石打漁って方法は、ある」
「何だそれ」
「石を思いっきり叩くと、周りの魚がびっくりしてぷかーって浮いてくるって方法」
「へぇ、そんなのがあるのか。ちょうどいいな!」
ノエルの説明を聞いて、俺はうんうん頷く。しかしエミィが言った。
「補足だけど、それをやるとかなりの量の魚が獲れる代わりに、周囲の魚が根絶する可能性があるわ」
「……ってーと?」
「ここではもう釣れなくなるってこと」
俺はそれを聞いて顔をしかめる。それは……よくないな。俺は、その場がどうなってもいいから大量に魚が欲しいわけではない。何か釣れないから手っ取り早く釣りたいだけなのだ。
「短絡的な方法は良くないってこと、そろそろ分かった?」
「くうぅ……! 畑を耕すのだけは、爆発で何とかなったのに……!」
「アレは何でかうまくいったわよね。でも『耕す』って分類としては破壊に入るから上手くいったのかしら」
スローライフ的な行動で、他に破壊と言うと何があるのだろう。鍛冶も俺の中ではスローライフなので、その材料を集めるための鉱石掘りとかがいいのか。
「敵を殺せばよかった冒険者よりも、スローライフって難しいなぁ」
「冒険者に未練があるの?」
「ないね。正直限界感はあったんだ」
まだまだ先がある、と自分には言い聞かせていたが、やめてみれば先なんてなかったように思う。どんな敵でも一撃爆破。殺すも殺さないも俺の胸先三寸。
神のように力を振るえたといえば聞こえはいいが、存在しない起爆ボタンを親指で押すだけの仕事と考えれば、つまらないことこの上ないというもの。
ならば、この難しい、という感覚こそ望んでいたものなのでは、と思い直す。難しいから挑み甲斐があるように。忙しかったから『何もしない』の大切さが分かるように。
その時、俺の釣り竿が震えた。
「来た」
ノエルの言葉に、咄嗟に俺は釣り竿を上げた。合わせ、というらしいこの動作で、魚がかかれば強い抵抗感があるらしい。
俺は手の内に、竿が引っ張られるような感覚を抱く。ノエルを見ると「掛かってる。魚が見える。根掛かりじゃない」と鋭く言う。
「こ、ここからどうすればいい!」
「糸が緩まないように、かと言って切れないようにして。そうしてると魚が疲れてくるから、竿を立てて自分の方に魚を近づけて」
「分かった!」
俺は糸が緩まないように、しかし切れないように、強すぎない力で魚を引っ張る。伝わってくる手応えは、魚の本気の抵抗の証だ。
俺はどこぞの怪物を相手取るような気持ちで、竿を引く。すると途中で、魚の動きが弱まったことに気付いた。竿を立てる。後ろに下がる。
すると、川辺にびちびちと跳ねる魚が現れた。ノエルが持ってきた道具の内、網を持ってきて魚を掬う。
網の中で、魚が残る力を振り絞って暴れている。俺はそれを見て、一瞬言葉が出なかった。
「エクス、おめでとう。初釣り成功」
「おめでと。爆発させなくても釣れたじゃない」
「うぉ……! うおおおお! やった!」
俺はノエルから網を受け取って、まじまじと眺めた。魚はだいたい40センチくらいだ。
「んー……川魚は全体的に似てて、判別が難しいわね。スウィムアッシュ……にしては小さいし」
「これはマウンテンレディ。スウィムアッシュはエミィの言う通りもう少し大きいのと、旬がもう少し前」
「詳しいのね」
「釣った片っ端から食べて覚えた」
「何でもいいけど、釣ったぞぉおおお!」
俺は網を片手に小躍りする。何か初めてまともにスローライフを成功させた気がする。めっちゃ嬉しい。初めてゴブリンの巣滅ぼしたとき並に嬉しい。
「やー……記念だなぁ。お前はどうしてくれようか。育てても良し、食べても良し」
俺がうっとりしながら言うと、二人が口を挟んできた。
「魚詳しくないのよね。研究したいし、育てるなら私が世話するわよ」
とエミィ。
「食べるべき。さっき台所漁ってたら調味料がたくさんあった。マウンテンレディで、憧れだった塩焼きとかから揚げを作りたい」
とよだれを垂らすノエル。
俺は言った。
「魚料理じゃあ!」
「勝ち」
「若い子たちの食欲には勝てないわねぇ。まぁいいわ。あ、でも塩焼きはともかく揚げ物かぁ……。揚げ物をエクスに任せるの不安ね」
「何事も、挑戦!」
「ふふっ、笑っちゃったじゃない。全部において情熱だけでどうにかするのやめなさいよ」
じゃあ仕方ないから、今回は私の指示に従って調理するのよ。エミィは肩を竦めて、草むらから腰を上げた。