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13話 はじめてのつり

 ということで、新たな仲間が増えた朝。俺は膝を打って言った。


「釣りがしたい!」


 俺の発言に、エミィは「始まったわ」と渋い顔をし、ノエルはキョトンとした。


「すれば……?」


「ノエル、違うのよ。エクスは人生で一度もやったことがないけど、何かやってみたい、って言ってるの」


「! お世話係の立ち上がる時」


 ノエルはひょこっと立ち上がった。それにエミィは目をパチパチ開閉させる。


「え、やる気なの? 本当に?」


「人に何か教えるの、初めて……!」


「ここにも初めてで燃える若人が……。心配だから、私もついていくわ」


「若人」


 相変わらず難しい言葉を使う、と思いながら、俺は道具箱を漁って粛々と準備をした。


 釣り道具を持って家を出る。家の裏手の坂を下るとすぐに川なので、そこに向かう。


 川は、サァアア……、と静かに音を立てて流れていた。朝の光を反射して、キラキラと水面が光っている。


 よく見てみれば、魚もたくさん泳いでいるのが見えた。透き通った川の水の中、伸び伸びと泳いでいる。


「この辺りの魚は、いい匂いのが釣れる。清流は泥抜きしなくていいからお手軽でおいしい」


「よく分からんけどお手軽でおいしいのはいいことだな!」


 元気に川に駆け寄るとノエルにチョップされる。


「魚が逃げる。大声は良いけど走るのはダメ」


「ごめん」


 ノエルは小柄なので、頭を狙ったチョップが顔を直撃した。鼻……、と俺は押さえる。


「……ごめんね? 鼻、痛かった?」


「え? まったく。というか俺、多分トンカチで殴られてもコブ一つできないから気にしなくていいぞ」


「エクス、あなた何者なの? 冒険者でも結構有名だったんじゃないの?」


 有名どころかダンジョン専門の松明の冒険者としては、世界最高峰だったが。そんなことは言っても仕方ないので言わない。


「あー……ボチボチ?」


「ふぅ~ん……? いいけどね、言いたくないなら言わなくても。どうせ私から見たエクスは、ポンコツの赤ちゃんだし」


「よしよし赤ちゃん」


「やっ、やめろ! 揃って撫でようとするな!」


 川を覗き込むべくしゃがみ込んでいた俺を、二人が撫でてくる。無能でも許される世界ってかつて味わったことがなくて、俺はソワソワしてしまう。


「ともかく、俺をからかうのはもういいから、釣りを教えてくれ」


「分かった。やったことある?」


 ノエルが、とろんとした目で俺に尋ねてくる。


「まったく。街中でやってる連中を、ちらっと見たことがあるくらいだ」


「分かった。じゃあ、一から教える。見てて」


 そういったかと思えば、何故かノエルは近くの草むらに手を突っ込み、何かを探し始めた。何だと思いながら見てると、「見つけた」と言って何かをつまみ上げる。


 ミミズだった。


「ひぅっ!」


 エミィが悲鳴を上げて飛び上がる。ノエルは首を傾げてから、俺に向かって言った。


「魚の餌。これを針に付けて、川に投げ入れる。あ、竿は投げ入れちゃダメ。竿は持ったまま、針だけ」


「俺の頭どんだけ低く見積もられてる? マジで赤ちゃん扱いされてない?」


「だってエミィが、エクスは赤ちゃんって。エミィ小さいから」


 幼いエミィが赤ちゃんというなら、俺は本当に赤ちゃんだろう、という見立てらしい。俺よりもエミィの信用の方が高いのは何故だろう、とかちょっと思う。


 その話にエミィが声を上げた。


「ちっ、小さくないわよ! 小さくないけどミミズ持ってる間は近づかないで!」


「エミィ、本人の話では120歳らしいぞ」


「……またまた~」


「ノエルに否定されると傷つくんだけど!」


 とろんとした目のまま、のんびりやんわりエミィ120歳説を否定するノエルだ。エミィは背格好の割にしっかりしているとは思うが、120歳の落ち着き方ではないと俺も思う。


「針はそんなに尖ってないから、かかった気がしたらすぐに強く引っ張って」


「その針、何製なんだ? 白いけど」


「動物の骨で、彫って作る。作るの大変だから、大切に、ね」


「了解した」


 鍛冶とか覚えれば、鉄製で加工しやすい針を作れたりするのかなぁと思ったりする。鉄魔法使いの奴と昔話したことがあったが、奴の魔法で生み出した針は鋭かった。


 ノエルは自分の針と俺の針の両方にミミズを突き刺し、俺の針を手渡してきた。ミミズはうねっていて気味が悪いが、初めての釣りという事で何だか面白い気持ちもしてくる。


「見本、見せる。真似して」


 ノエルは言って、竿を、ひゅんっ、と振った。風鳴りの音を出して、ミミズ付きの針は、ぽちゃん、と水に沈む。


 すると俺を見てきたから、俺も同様に竿を振るった。とぽん、と小さな水音を立てて、針が川に沈む。


 そして沈黙が流れた。


「……この次は?」


 俺が聞くと、ノエルは草むらに腰かけていた。俺を見て「座らないの?」と言う。


「え、お、おう……。座る」


「うん」


 二人揃って座る。エミィが俺とノエルの間、少し川からさらに上の辺りに移動して、腰かけた。様子を眺めるつもりらしい。


「ここから、反応があるまでぼーっとする」


「え?」


「釣りは焦っても仕方ない。魚が引っかかるかどうかだから。一応日陰で釣れるポイントに投げたけど、そろそろ水温も上がって来る頃だし」


「えーっと、つまり?」


「釣りはある程度知識もいるけど、最後には運。諦めも肝心」


 ノエルは言って頷いた。それから宣言通り、ぼーっとし始める。


「……」


 俺もひとまずそれに倣い、気を抜いてみた。すると、不思議とそれで落ち着いてきた。


 春の朝の風が吹く。釣り糸は僅かに緩みながら、川へと垂れている。風になびく草木の音。波紋を広げる水面。そしてぼーっとする俺たち。


 つい先週には冒険冒険で、忙しかったなぁと思う。今では時間をもて余して、こうしてぼんやりと釣りをしている。


 先ほどまでも同じだ。目新しいことを前に、やれ畑だやれ料理だやれノエルだと、結局忙しくしてしまっていたような気がする。


 しかし、今はどうだ。こんなに何もせず、まるで自然と一体になったかのように、気を抜いたことなんていつ振りか。


 それで俺は、何となく、ああ、これか、と気づいた。目新しいものに挑戦するのもいい。ワクワクするというものだ。だが、本当に求めていたスローライフとは、これではないのか。


「……」


 俺は目を細める。風が気持ちいい。陽光がぽかぽかと俺たちを照らしている。眠たいような、そうでもないような、微妙な心地。それがとても安心してくる。


 そう思っていたら、ノエルが「あ」と言った。俺は目を開く。ノエルの視線の先は、俺の竿の先。俺は目で追い、そして手触りで「揺れてる……?」と呟く。


 と思えば、すぐに手ごたえがなくなった。ノエルが首を振る。俺は竿を上げると、ミミズが針から消えていた。


「ちょっと遅かった」


 ノエルの悔しそうな顔に、俺は何故か吹き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 爆破漁やって怒られるのかと思った。
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