12話 シェアハウス
爺様が、ノエルの隣の席に座った。俺は爺様の向かい、エミィの隣に座る。
「エクス、それにお嬢さん。単刀直入に頼むが、ノエルをここに住まわせてやってくれないか」
爺様の言葉に、ノエルはキョトンとして爺様を見た。エミィも俺を見て、「どういうこと?」と小声で尋ねてくる。俺は肩を竦めて「一旦話を聞こう」と返す。
爺様は続けた。
「この子はな、可哀想な子で、親をなくし身寄りもない。事情があって、儂が表立って養うことも難しい子なんだ」
ノエルは話が抽象的で、首を傾げながら話を聞いている。俺をジロリと睨んでいるエミィに「親経由で流行り病があって、村八分なんだと」とかいつまんで伝える。
「それは……。確かに可哀想な子なのね、と思うけれど」
「幸い部屋はまだ空いてるはずだ。二人とも仲良くやれているようだし、もう一人増えてもいいのではないかね?」
「えぇ……。エクス一人でも手を焼くのに?」
「俺は養われる側だった……?」
「そうでしょ。野菜の植え付けと言い料理と言い」
「お世話になってます」
俺は頭を下げる。エミィは「ふん」とそっぽを向いた。
するとそこで、ノエルが口を開く。
「わたし、料理できる。……ちょっと」
「……ふぅん? 続けて」
エミィは頷き、ノエルの言葉を促す。
「野菜は、よく分かんないけど、お肉なら、獲れる。魚も、釣れる」
「この時点でエクスより優秀ね」
「バッカエミィお前、俺だって魔物なら倒せるぞ」
「狩りは?」
「爆殺するから炭か肉片になる……」
「じゃあダメじゃない」
なんてこった。俺はこんな細い女の子以下だった……?
「でも、わたしのお肉、誰も買い取ってくれない。お肉は腐っちゃう、から。獲れない日は、困る……」
「なるほど、保存法は知らないのね」
「塩漬け、とか聞くけど、お金、なくて」
「お塩も買えないほどお金がないなんて……分かったわ」
エミィは頷く。
「私は、ノエル、あなたのことを歓迎するわ。多分エクス、釣りしたいとか狩りしたいとか言い出すだろうし、そのときは世話してあげて」
「! 分かった……!」
「俺はあくまで世話される側なの? なぁ」
堂々とした様子のエミィをゆする。全く動じる気配がない。何だこいつ。
「エクス、だよね」
そこで俺は名を呼ばれ、ノエルを見る。
「わたし、頑張ってお世話するから、ね」
「俺ノエルより一回り近く年上なんだけど」
震えるわ。
そこで、爺様が咳払いをした。俺を見て、「エクス、お前は」と尋ねてくる。
俺は肩を竦めて言った。
「俺は最初から歓迎だよ。わざわさ家に連れてきて、爺様に話を聞いた時点でな」
「……そうか。いや、安心したよ」
爺様はほっと胸をなでおろす。
「じゃ、さっそく気になってたことをしていいかしら」
言いながら、エミィは立ち上がる。一番小さなエミィは、スタスタと歩いてノエルの手を取った。
「? どうした、の?」
「どうしたのも何もないわよ。頭のてっぺんから足の先まで丸洗いしてあげるから、覚悟しなさい!」
強気に言い放ちながら、エミィはノエルを連れて風呂場へと向かう。姿だけ見れば、強気な妹がのんびりした姉を連れまわしているように見えるのだから、面白い。
「この様子なら、安心か」
「みたいだな。いや、つき合わせちゃって悪いな」
「いいんだ。むしろ、ここまでスムーズに話が運んだのはお前のお蔭だよ、エクス。礼を言わせてくれ、ありがとう」
「むずがゆいこと言うなって」
ノエルに必要だったのは、爺様が支援しやすいのもそうだが、何より働きを金に換える隠れ蓑だ。
話し振りを聞く限り家はあるのだろう。だが、村八分で、働いても金が得られなかった。分の悪い取引くらいなら想像できたが、まさか取引拒否とは。
恐らく金を持っていても何も買えなかったろう。だから、俺たちという隠れ蓑がちょうどいいと爺様は判断したのだ。ここに住む、住まない、というのは、ついでの話でしかない。
「移り住んで数日で、ドンドン賑やかになってくな」
俺が言うと、爺様は「縁というものだろう。そういう流れは、あるものだ」と語る。
「では、儂はもう帰るよ。あんまり長居すると良くないのでな」
「へえ? ちなみに俺って、村の中心ではどういう扱いになってんの?」
「悪ガキが毒気を抜かれて帰ってきた、と」
「ふーん?」
この分だと、ちょっと目立つが放っておけば馴染む程度のものだろう。幸いここは郊外もいいところだ。派手に動かない限りは、ノエルのことがバレて問題にもなるまい。
爺様は立ち上がり、「じゃあ、二人と仲良くな」と告げて帰っていった。
それから数十分。俺が今日は何をしようかなぁと考えていると、二人がホカホカ湯気を上げながら風呂から出てくる。
「エクス!」
そして何かエミィが叫んでいる。
「何だよ」
「ノエルだけどね」
「おう」
生返事しながら、俺は二人の方を見る。
そこには、二人の美少女が立っていた。
エミィが美少女なのはいいだろう。エルフだしそういうものだ。だが、ノエルはちょっと驚いた。
というのも、出会った時は結構薄汚れていたのだ。だが全身の埃を洗い流して、髪を洗ってまとめるだけで、かなり整った顔立ちをしていたのだと理解させられた。
「磨いたら輝いたわ」
「ビビった」
俺とエミィは目を丸くするしかない。それに、ノエルは表情を萎ませた。
「て、照れる……」
ノエルは少し顔を赤らめて俯いている。俺とエミィは、お互いに目をパチパチと見合わせて、ハイタッチした。