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11話 村八分

 ここ最近の俺は、毎日が早朝の起床だった。


「……なんて健康的な目覚め……」


 ちょっと感動してしまう。カーテンを開けて窓の向こうを見ると、まだ日は昇り始めだ。時計は五時を指している。


「冒険者時代は、昼過ぎまで寝てたからなぁ」


 というか、街に戻ったら一日中寝ていた。ダンジョンでも寝たが、薄暗がりの迷宮で朝も夜もないわけだ。


 だから、こんな朝早くに目覚める、という体験は、それこそ子供の頃以来な気がしてくる。


「ん~! はぁ、爽快だ」


 俺は伸びをして、朝焼けをじんわりと見つめた。それから窓を開けると、涼しい風が舞い込んでくる。


「春ってのはちょうどいい時期だな」


 俺は軽く着替えて、家を出ることにした。


 エミィはまだ起きてないようで、部屋の扉をノックしたが反応がなかった。まあ無理に起こすこともない。ぐっすり眠らせてやろう。


 俺は靴をつっかけ玄関の扉を開け放つ。朝の清涼な空気に目を細め、深呼吸をした。


「ああ、いいな。空気がうまい」


 俺はほんのり笑みを浮かべながら、朝焼けの田舎道を歩き出す。


 生まれ育ったこの村、リボーヴィレは我が故郷ながらちょうどいい村だ。


 中心の家々は程よく栄えていて、カラフルに見栄えが良く、しかし都会ほどではないので自然が近い。


 俺が住んでいる今の家は郊外なので、家を一歩出ればすぐ畑や川が流れていたりする。少々遠いが、村の中心部を突っ切れば山へも行ける。


「幸せの青い鳥は、家に居ましたってか」


 家、というか故郷だが。俺は童話になぞらえて、自分の境遇にクスリと笑った。


 そんな時、俺は畑の片隅に気配を感じた。


「……」


 気配を感じたのは、最近マンドラゴラに追加して植えた危険植物の辺りだ。


 何でも、非常に美味な実が生る代わりに、放っておくと人間だろうが動物だろうが絡めとって食べてしまう、という品種らしい。


 その成長速度は凄まじいものがあって、植えて三日の昨日でもう木が生えていた。近づくと俺を絡めとろうとしてきたので、ちゃんと爆発魔法で処してやったのは記憶に新しい。


 で、そんな食人木の方で、食人木でない何かの気配を感じたので、どちらかというとその人物に対しての心配をしてそちらに足を向けた。


 で、案の定人がいた。


「助けて……。食べられる……」


「キッシャッシャッ」


 小柄な少女が、食人木のツルに逆さづりにされていた。食人木は新しい餌を得たことに、ご満悦に笑っている。


「柵、作らなきゃだな。成長早すぎだろ、ったく」


 俺は存在しない爆破ボタンを押して、食人木のツルを爆破して少女を地面に落とした。べちゃっと落ちる少女。


 俺が近づいていくと、食人木が怯えてツルをしまう。上下関係を理解したか。


「おーい、大丈夫かー」


 声をかける。少女が起き上がる。少女は、俺に困ったような目を向けた。


 緑の髪は肩口まで雑に伸ばされている。手には血抜きの済んだ鳥が握られており、俺はそれに、ふむ、と思う。


 狩りをした帰りに、道を通っていたら捕まった、と言う感じか。急に現れたしな、食人木。まだ実もなっていないので、近寄る理由もないので、そんなところだろう。


 しかし、違和感のある装いだった。髪もそうだが、服も薄汚れている。それは狩りには適したものではなく、街歩き用の服が薄汚れたものを身に纏っていた。


「だ、大丈夫……。ちょっとびっくりした、けど」


 言いながら、少女は地面にへたり込んだまま俺を見上げた。口を開く。


「ん……誰?」


 食人木から解放された緑髪の少女は、俺の存在に小首を傾げた。何となくのんびりした雰囲気を感じる。


 少女の素性はひとまず置いといて、無用な警戒をされるのも面倒だ。一旦名乗っておくか。


「俺はつい先日にリボーヴィレに戻ってきたエクスってんだ。昔住んでたから、その時村に居た人間は知ってるはずだが……」


「知らない」


「それはさっき聞いた。ふぅむ」


 俺はその子を見る。緑の髪はそう珍しいものでもないが、リボーヴィレのような田舎村においては数も絞られてくる。


 俺はその性格から、何となく親を察して言った。


「ビリージャーさんのとこの娘か? 俺が村を出てった時、まだ赤ん坊だった」


「……! 正解。ノエル・ビリージャー。14歳」


「見た目より年齢が上だけど、俺が出てった時のこと考えるとそんなもんか」


 確か俺が家を出たのが12年前辺りなので、と当たりをつけたところ、正解だったらしい。


「しかし、デカくなったもんだ。そりゃ12年も経ったらなぁ」


「デカイって、初めて言われた」


「いやデカくはないぞ」


 俺のみぞおちくらいの背丈だろお前。そういう意味ではない。


 とはいえ、12年だ。12年前って言ったら、俺も12歳。よく勢いに任せて飛び出したよな、と思う。


 冒険者になると言って家を出たら、15歳までは冒険者の訓練所にすら入れなかったのだ。あんな笑い種あるか、と言う感じ。


 結局言った手前戻れなくて、都市で働きだしたり、親に見つかったが引き戻されず、代わりに手紙のやり取りを始めたり、その癖父の栄転は知らなかったりと色々あったが。


 という思い出はさておき、だ。


 俺は改めてノエルに目をやる。手入れのされていない薄汚れた姿。この早朝に鳥の解体をするという状況。俺は目を細めて問いかける。


「ノエル。お前、何でこの時間に鳥なんか狩ってんだ。しかもそんな格好で」


「? お腹減ったから」


「家の飯を食えばいいだろ。昼飯夕飯を狩りで取るなんてのは普通だが、そんな着の身着のままで、朝に狩りってのは」


 ―――ちょっと異常だ。


 俺はその言葉が何だか残酷に感じて口をつぐむと、またも首を傾げながらノエルは言った。


「仕方ないよ。家にご飯ないし……」


「……何だって?」


 俺が聞き返すと、ノエルはむっとして俺に言う。


「だから、家にご飯がないの。でも何か盗んだら痛い目に遭わされるから、鳥を捕ったの」


「……」


 俺は、その言葉に眉を顰めた。それから何となく察して、息をつく。


 そして言った。


「朝飯が食いたいならウチに来るか?」


「! ……で、でも」


「施しが不安か? なら、その鳥をよこせ。それとウチの朝飯を交換だ」


 俺が提示した条件に、パァッとノエルは明るい表情になった。こくこくと縦に頷いて、ノエルは家に戻る俺の後ろについてくる。






「……なるほどね」


 起きてきたエミィに成り行きを説明すると、エミィは腰に手を当て、難しい顔で頷いた。


 机には俺向かいにエミィが、そして横にはノエルが座って、ノエルだけガツガツと朝のトーストを貪っている。結構な量食べてるなあいつ。何枚目だろう。


「ひとまず、朝一から薄汚れた女の子を連れてきて、『ご飯もう一人分作ってくれ』って言いだしたことは、お咎めなしにするわ」


「……ごめん。ありがとな」


「むしろ、エクスがちゃんとした大人をやってることに驚いたけどね。―――どう? おいしい?」


「うん!」


 ノエルは目玉焼きの乗ったトーストを頬張って、元気いっぱいだ。相当飢えていたらしい。


「一応頼れる大人ってことで、爺様も呼んでおいたから、そろそろ来ると思うんだが」


 そう言っていると、コンコンコン、と玄関ドアが三回ノックされる。俺は「来たな」と呟いて、玄関に向かった。


「おはようエクス。しかしお前は、こっちに戻ってきて数日で騒がしいな」


「そう言ってくれるなよ、爺様」


「まぁいい。それで、ノエルが来ている、という話だったが」


「そっちで朝飯を食ってるよ」


 爺様は俺の背中から、リビングの様子を見る。元気にトーストにかじりついている様子を見て、何処かほっとした様子だった。


「エクス。一度外で話そうか」


「分かった」


 俺は爺様の言う通り、玄関から外に出た。と言ってもそこから離れるわけではなく、俺は玄関扉を背もたれにして、爺様に肩を竦める。


 爺様は口を開いた。


「エクス。お前が察している通り、あの子は村八分にあっている」


「だろうな」


 村、というのは狭い。煩わしさもあるが、その分仲が良ければ困った時すぐに助けてもらえる。


 だから、あの年ごろの娘が朝飯に困るような状況では、普通すぐに助けの手が伸ばされるはずなのだ。


 だが、ノエルはそうではなかった。


「ノエル本人に問題があるのか? それとも親か」


「親だ。父親のオットー・ビリージャーのことは分かるな?」


「ああ、世話になったからな」


 おっとりした良い人だった。村八分にされる理由が分からない。


「数年前、流行り病があってな。オットーが最初に掛かった。オットーは都市に行くような仕事をしていて、オットーが都市から病を持ってきたって話になってな」


「……なるほど」


 それは、また。


「それ以来、ビリージャー家を村八分にするような雰囲気がある。親が両方死んでも、誰も世話を看なかったりな。儂も、釘を刺されたよ」


 沈鬱な表情で、爺様は言う。恐らく、手を差し伸べようとした時、誰かが苦言を言ったのだろう。


 爺様のような老人にとっては、村八分は本当に死に直結する。爺様は善人だが、自分の命とは比べられなかったらしい。


「だから、人に見えないように、こっそりと食べ物を置いて行ったりしていたんだがな。やはりバレないようにするのには限界があって」


 全然やってたわ。爺様やっぱ聖人じゃね?


 俺は頭を掻く。ひとまず、事情は分かった。ならば、ここからは本人を交えて話すのがいいだろう。


 俺は「分かった、話してくれてありがとな、爺様」と頷いて、玄関を開けた。


「さ、入ってくれ。続きを話そう」


「おぉ……。そうか、そうか。エクス、お前は立派に育ったなぁ」


「やめてくれよ、褒められるのは慣れてないんだ」


 俺ははにかみながら、二人で家の中に入った。エミィと話していたらしいノエルは、爺様を見つけるなり「おじいちゃん!」と目を丸くする。

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