1話 追放されたので追放した奴の家爆破してきた
「エクス。お前は追放だ」
いつものように迷宮での稼ぎを終えて、ギルド併設の酒場でのんでいた時のことだった。
酒をチビチビ飲んでいた俺に、パーティリーダーのバニッシュがそう言った。俺は何のことか分からず、「ん?」と聞き返す。
「何が」
「だから、お前は今日で追放だ」
「ふぅん……何から」
「このパーティからに決まってんだろバカ野郎が!」
スパーンッと頭を叩かれ、俺は妙な顔をする。それで酔いも冷め、やっとバニッシュの言っている意味が分かってきた。
「……は? 俺が? 追放?」
「そうだ」
「クビってか」
「そうだ。分かったら出てってくれるか?」
バニッシュは蔑みの表情で俺を見る。俺は目をパチクリとさせた。
―――俺の所属するパーティ『シャイニングユニオン』は、今最も勢いのある冒険者パーティだ。
十年近く前に訓練所を卒業したばかりの新人だけで結成したパーティで、俺たちは目覚ましい成果を挙げ続けた。
例えば大迷宮の踏破。本来なら地下10階で手練れも死にかねないほど危険とされる中、俺たちは地下500階の最下層を踏破した。
迷宮を通して地上に乗り込んでくるモンスターたちを無数に倒したし、ギルドの依頼を受けて魔王候補とされる魔人を何人も処してきた。
なので、俺は尋ねる。
「えーっと……まぁ、それならそれでいいんだけどさ。いくつか確認させてくれ」
「何だ」
バニッシュは不機嫌そうに言う。
「それお前の独断?」
「あ? そうだが。俺のパーティだ。俺が追放を決めるのが筋だろ」
ちなみに状況としてはサシ飲みだ。俺とバニッシュしか、この場にパーティメンバーは居ない。
「お、おう……じゃあ次な。何で俺追放されんの?」
「お前がサボっているからだ。指差しして呪文を唱えるだけで仕事している面が気に食わん」
「……やっべーだいぶ香ばしくなってきた。えっと、じゃあ俺の魔法と、理屈とかは分かってるか?」
「ああ、謳い文句はな」
バニッシュは嘲るように口端を持ち上げた。
「爆発魔法の使い手、だろ? 最も攻撃力に優れた魔法属性だ。だがダンジョンに潜る以上、崩落を防ぐために小規模の爆発を敵の体内で起こしている。だから外からは見えない」
そこまで言って、「ハッ」とバニッシュは鼻で笑った。
「バカバカしい。他の連中はそれを信じているようだが、俺は信じないぞ、エクス。パーティリーダーの俺が首を横に振ったら、それはノーという事なんだよ!」
言って、バニッシュは俺に酒をかけてきた。俺はすっと立ち上がってそれを避け、再び着席する。バニッシュは舌を打った。
「そ、それにだ! お前ひとりだけ、銀等級だろう。その所為で、俺たちは金等級パーティを名乗れないんだぜ!? 他全員金等級だって言うのによ!」
「ぷっ、アハハッ! え!? お前これ銀等級だと思ってんの?」
俺は吹き出して、首元の冒険者証を取り出した。真っ白に輝く俺の松明の形の冒険者証を見て、「違うって言うのか!」とバニッシュは怒る。
「いやぁ? お前がそう思うならそれでいいんじゃないか」
俺は悟る。どうやらバニッシュの目は節穴だったらしい、と。他のメンバーは金等級だけあって実力も見る目もちゃんとしていたが、リーダーがこいつじゃ台無しだ。
俺は、いい機会かな、と思う。行き詰まり感はずっと感じていた。この先はない。もう冒険者という立場は、俺にとって遊ぶ余地をなくしてしまった。
「じゃ、みんなによろしく言っておいてくれ」
俺は肩を竦めて立ち上がる。そこでバニッシュは「このクソ野郎がァ!」と殴りかかってきた。
俺はやはり躱すが、俺の胸元に揺れた冒険者証を奪われてしまう。腐ってもバニッシュは金等級の冒険者。紐くらいなら簡単に引きちぎってしまった。
「おっと」
「ハハッ! お前には銀等級すらふさわしくない! 分かったらとっとと出ていけよ!」
「はいはい。出ていきますよっと」
そこで騒動を聞きつけて受付嬢がこちらに駆け寄ってくるが、俺は興味を失っていたので、踵を返して立ち去ることにした。
「ちょっ、ちょっと何の騒ぎですかこれは! あっ、エクスさん!? どこへ行くんですかっ?」
「ああ、冒険者証をそこのヤバい人に取られちゃって。ま、色々やり尽くしたし、潮時かなとは思ってたんだ。冒険者やめて、田舎でスローライフでも送るよ」
「はぁあ!? えっ、エクスさんがですか!? ちょっ、バニッシュさんも何か言って」
「何を慌てているんだ。銀等級なんて、代わりの居る程度の等級だろう?」
「銀っ!? あなた何言ってるんですか!? エクスさんは―――」
俺はやり取りするのも面倒で、ギルドを出た。そのまま宿に直帰して、一夜を過ごす。
眠りながら考えていた。
実のところ、俺は冒険者に飽きていた。俺は強くなりすぎたのだ。どんな敵でも魔法一つで倒せてしまう。これがまーつまらないと、最近悩んでいた。
だから、いい機会だという風に俺は捉えていた。簡単なだけの忙しさから遠ざかって、のどかな場所で新しい何かに打ち込んでみるのもいいのではないか、と。
寝覚める。気持ちのいい朝だった。俺は呟く。
「よし。こうとなればスローライフに精を出そう」
俺は伸び伸びと起き上がった。何だか新しいことが始まりそうな気がしていた。
弾かれるように機敏に、俺はベッドから飛び起きる。身支度を素早く整え、宿を出た。
「どこに行こうかな。久しぶりに実家に戻るか」
実家は今のような都市ではなく、国境沿いの片田舎にあった。
あの頃はつまらないと思っていたが、疲れた心にはちょうどいいかもしれない。そんな風に、今では思う。
「いいよな、野菜を育てて、狩りをして、釣りをして、家なんかも自分で作っちゃったりしてさ」
そんなことを呟いていると、何だかワクワクしてくる。これからの人生を、そんなゆったりとした過ごし方をしたい。
そうしていると、バニッシュの家を通りかかった。
そういやここにあったか、なんて思う。シンプルに忘れていた。
……改めてみるとでっかいな。爆破し甲斐がありそうだ。
「……」
俺が怪しい目を向けていると、扉を開けて現れる影があった。
「やっぱり来たな、エクス」
「……バニッシュ」
「お前は陰湿な奴だ。だから復讐しに来るだろうと思っていた。まさかこんな朝っぱらだとは思わなかったが」
俺が陰湿? と首を傾げる。バニッシュの自己紹介だろうか。
そう思っていると、バニッシュは忌々しそうな顔をして、俺を睨みつけてくる。
「あの後、パーティメンバーにお前の脱退を説明した」
「ん、おう」
「―――どれだけ払った! アイツらは全員、血相を変えて『エクス追放はあり得ない』『それなら俺も抜ける』だのと言ってきた! おかしいだろう! 何をした!」
俺はそれに笑ってしまう。あいつら気のいい奴だなぁ。バニッシュは俺の表情を見て「チィッ!」と大きな舌打ちをして、それから嫌らしい笑みを浮かべてくる。
「だがな、それももう終わりだ。昨日受付嬢に聞いたぞ。―――お前、白金等級の松明の冒険者なんだってな」
「あ、やっと知ったか」
金のさらに上。白金等級。冒険者において、もっとも優れた冒険者である証。
「いやぁよかったよ」とバニッシュは続けた。
「まさかあんな形で、詐欺師の嘘を暴くことになるとはな。しかし、考えたな。大きな嘘はバレにくいというが、まさかあんなくすんだ銀等級の冒険者証を、白金等級だと偽るとは」
ククク、と笑って、バニッシュは続ける。
「白金等級は、各分野におけるもっとも優れた冒険者の証。お前が『敵の体内で爆発させてるんだ~!』なんて馬鹿な嘘が通じると思っているのが不思議だったが、そういうことか」
随分と都合のいい頭をしているなぁと思う。俺は唇を尖らせて、いいことを思いついて手を打った。
「そうだ! これで行こう」
「は? 何を企んで」
バニッシュの言葉を遮る形で、俺は言う。
「バニッシュ~。俺も詐欺師扱いされるのは悲しい。それにギルドを敵に回すのは、俺にとっても得策じゃない。だから」
俺は、にこっと笑う。
「証明させてくれ。俺が銀等級じゃなく、白金等級であることを」
「……何を企んでいる」
俺は答える代わりに、チラとバニッシュの家を見た。バニッシュはそれで蒼白になる。
「お、おい、やめろ。何を考えてる」
「ん? 何を心配してるんだよ、バニッシュ。銀等級の爆発魔法ごときじゃあ、お前の家ほどしっかりした建物は破壊できないぜ。自分の言葉を信じるなら、もっと堂々とするべきだ」
「そ、そう、だ、な……? お、おまえ、お前なんかに、俺の屋敷を爆発させられる訳ないもんな!」
「うんうん。その意気だ」
「な、何せ、俺の家は魔法で耐破壊のエンチャントをかけられている! もしお前が、仮に、仮に! 金等級以上だったとしても、攻撃力最強の爆発魔法でも! 俺の家は破壊できない!」
「ああ、そうだろうな。いやぁ立派な屋敷だ」
「だ、だろう!? だから、だからお前ごときの魔法使いに、サボってばかりの怠け者に、俺の屋敷を爆破できるわけがないッ―――!」
冷や汗をダラダラと流し、歯をガチガチと言わせながら、バニッシュはそう叫んだ。俺は満面の笑みを浮かべて、手をグーサイン、サムズアップの形にした。
「じゃ、証明しようか。俺が、白金等級であることを」
俺は、親指を下ろした。
「エクスプロード・ミニ」
一瞬の静寂。
それは、嵐の前の静けさだ。
轟音。バニッシュの家から、爆炎があふれ出した。爆風がレンガ造りの壁を破壊して、瓦礫が路上に散らばった。
バニッシュはその勢いに押され、ゴロゴロと地面を転がった。
もうもうと煙が上がり、炎がメラメラと揺らいでいる。我ながら、いつ見てもこの爽快感に胸がスッとしてしまう。
俺はその煙に巻かれながら、大手を振ってその場から歩き出した。
「よし! スローライフ始めるか!」
さらに背後で爆発が起こる。どこかで空気が入り込んで、さらに爆発する現象―――バックドラフトが起こったか。
爆風に飛ばされて、空から輝くコインが降ってくる。俺はそれをキャッチすると、金貨だった。
「いいね。餞別としてもらってくぜ、バニッシュ」
「う……、ま、て……えく……」
ガク、と力尽きるバニッシュを放置して、俺は歩き去る。都会の薄汚れた人間関係も、ハードな冒険者稼業も、今日で最後にしよう。
まずは、どうしようか。実家に帰って、ゆっくりさせてもらうかな。