封印された夏休み
県立鈴木高校の一年の夏休みが終わり、9月。
この夏は本当に色々あった。
僕こと高城稀人の夏休みはひとことで言えば、女難の夏。
ファミレスでのアルバイトに、由奈姉ちゃんのニセ彼氏役からのマジ入院患者への転身。
同じく妹の茉莉のニセ彼氏からの殴り合いに、オフクロ冬子の自称彼氏の社会的抹殺と、忙し過ぎた。
挙句の果てにはお隣さんで幼馴染の川崎萌のガチ彼氏紹介と、単体ですら数年に一度レベルの嬉しくない女難が夏休みの間に団体で押しかけてきたのだ。
出来ればこの夏の記憶は、このまま一生封印して過ごしたい。
夏休みなぞ存在しなかった、終業式と始業式が繋がってるんだ、いいね? 僕。
……よし、夏休みは存在しなかった。
都合の悪いことは忘れるに限る。
なんかお隣の川崎さん家の娘の萌さんに彼氏が出来たっぽいが、まあおめでとうだ。
僕には関係ないけどね。
そんな感じでいろんな事を、僕の地獄の釜の蓋に放り込んで閉じていた。
「……では、急だけど今日から友達が一人増える。おまえら、仲良くするように」
担任の先生は告げる。
「うちのクラス、登校拒否は居なかったはずだよな」
「せんせー、質問です。転校生ですか?」
「最初の質問がそれかね?」
「まあ、外資系勤務の親なら転勤はこの時期だし……」
「夢がない生徒たちだな。留学生だ」
「分かりましたっス」
「留学生って聞いてもアッサリしたもんだ。おまえら他に聞きたいことは無いのかね?」
「いや、そんだけ聞ければ充分っス。配慮はしますよ、子供じゃないんだし」
「……私も、バイト先の店員さんの半分は外人さんですし。
今さら転校生が日本人じゃないぐらいで驚きません、そこまで田舎じゃないんですから」
「ウチも〜」
「親父の会社の従業員の皆さんも、半分は日本国籍じゃないから今時騒いだりしません」
「ウチ、お父さんがゲイバーのママやってるんですけど、日本人のほうが少ないよ? むしろ日本人はウチの兄さんぐらい?」
「ゲイバーの跡を継げと言われてる例のホスト兄さん?」
「あの人、進学資金のためにやってるビジネスオネエだから。お父さんと違ってガチ両刀じゃないの」
「世知辛すぎる人生やね……」
「最近、将来は立派な即身仏になりたいとか言っててヤバいんだよね」
「お前ら、せっかく海外からの留学生なのに興味無さすぎるだろ! 一瞬で脱線するな!」
「分かりましたセンセー、じゃあ留学生のかたをお呼びください」
「今どきの若い者は夢が無い……まあいい、入ってくれ」
引き戸を引いたその先には美少女が居た。金髪碧眼の。
露骨に金髪碧眼の美少女……と言ってもコッテコテのチアリーダーみたいな感じではなく、強いて言えば女性外国人コスプレイヤー?
とにかく、美少女アニメから出てきたような感じだった。
まずその美少女ぶりにクラス全員がドン引きしている。
どう見ても、レイヤーがコスプレのまま学校に来たようにしか見えないのだ。
「やっハロ〜! おはようございます日本の皆さん、キャシーはキャサリン ディレルヴァンガーでス!
火急的速やかにキャシーって呼んでくださいネ!」
しかも喋りは完全にVtuberのソレだ。
それにしても、この外人のなんだか分からないプロっぽさはなんだ?
例えばそう……プロの素人としか言いようのない謎の説得力があると言っていい。
しかし、素人にあってはいけないのが迫力や安定感ではないだろうか?
留学生というより美少女アニメの金髪枠のキャラクターのコスプレに見えるキャシーは、無意識的にクラスメイトを睥睨している。
目力の圧が強すぎるのだ。
今から新兵に絡む気満々の軍曹のように見える。
今から僕達は、泣いたり笑ったり出来なくなる殺人マシンに叩き直される気がしてしょうがない。
……と思っているのはどうも僕だけじゃないようで、みんなガクガク震えながら留学生の視線から目を逸らしている。
おい、兄貴以外は全員外人のゲイバーの娘!
なんでこのクラスで一番根性が座ってるはずのオマエまで震えてるんだ?
天を仰ぎそうになった僕と、新感覚地雷系アメリカ人留学生キャシーの目が合ってしまった。
しかも、一瞬で間合いが詰められている。キャシーは目の前に居た。