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第2章 出会い 3

「…どうして禁術の書が欲しいの?そもそも、禁術の書って何」

「さぁ。俺も命じられたから探しに来ただけだ。どんなものかも、何に使うのかも、そもそもここにあるのかさえ知らない」

 男は諦めたのか、表情ひとつ変えずに素直に答える。


 男の、子供のように真っ直ぐな瞳が一切揺らがないのを見て、セレナはこれ以上禁術の書について追及するのは無駄だと思った。

 なら、別のことを尋ねてみよう。

「命令って、ディアヴォロスの代表から?」

 テオスにクラトス王がいるように、ディアヴォロスにも代表がいることを、セレナは知っている。


 スザンナ・テレーズ。

 数年前までは彼女の夫が代表をしていたが、夫が死んでからは彼女が代表を務めている。定期的に神族と魔族の間で行われている定例会議では、彼女と取り巻きの数名が参加している。

 セレナは直接彼女と対面したことはないが、一度遠目に見たことがある。


 鮮血のような赤い瞳に、黒い長髪。鋭い目つきに白い肌をした、顔つきだけで気の強そうな若い女性だった。

 だが、若いのは見た目だけで、本当の年齢は50近いらしい。どうやら彼女も魔力持ちで、魔法で若い見た目を保っているのだと、会議に居合わせていたオフィーリアの息子から聞いたことがある。


 男は一瞬、話していいのか分からない、というような顔をしてから、口を開く。

「いや……まぁ、確かに元を辿ればスザンナ様の命令だけど。俺はスザンナ様から命令を受けた人に命じられて……だから俺は代表から直接命令されたわけじゃない。…それと、一応言っておくけど、俺は純粋の魔族じゃない」

「え……?」

 男の言葉に、セレナは思わず声を漏らす。


 男の見た目は、間違いなく純粋の魔族のそれだ。どこをどう見ても疑いようはないのに、一体どういうことなのか。

 セレナの疑問を察したのか、男は言いにくそうに口をモゴモゴと動かし、渋々と言った様子で答える。

「…仲間の、魔力持ちに魔法で色を変えてもらってるんだ。本当は白髪だ」

「へぇ……」

 彼は、半端者だったのか。

 そういえば、スザンナも半端者だと聞いたことがある。


 セレナが見た時のスザンナは黒髪だったが、定例会議の会場として使われているオフィーリアの屋敷では、会議中に限り魔族側の魔法を全て封じているので、魔法によって変わっていたスザンナの姿は元の姿に戻るらしい。

 髪色や目の色を隠す半端者は、テオスにも多くいる。(もっと)も、彼らは全員が魔力持ちであるわけでないので、ヴィッグや帽子で髪を隠したり、フードを深く被ったり、仮面で目元を隠したりしているのだ。


「ディアヴォロスにも半端者って結構いるのね。こっちも多いけど」

「当たり前だろ。…というか、今時純粋のやつの方が少ないぞ」

 言われてセレナは、確かに、と口の中で呟く。魔族の方は分からないが、純粋の神族は確かに少ない。セレナと父のクラトス、王族の直接の血族にあたる大公家に数名と、三大賢者に十数名の賢者のみ。全体の人口や半端者、交ざり者と比べると、本当に数が少ないのだ。


 納得して頷くと、途端セレナはハッと我に返る。

「どうして教えてくれたの?」

 いくら数が多いからといって、《半端者》という差別的表現から想像できるように、半端者たちは多くの人たちからいい印象を持たれていない。同じ半端者同士でも、自分より少しでも見た目が違ったり、髪色が魔族の色に近い神族寄りであったりするだけで差別の対象になるほどだ。

 この男にとって、自ら半端者と名乗るのは勇気がいるはず。それも、元の色が白髪ということは神族の血も混ざっている魔族寄りの半端者だということ。自分を捕らえている人間に対して話すことではない。


 そんなことを考えていると、男はわざとらしく咳払いをしてから、ぶっきらぼうに答える。

「……お前だけ話すのは、フェアじゃないだろ」

 セレナは思わぬ返答に仰天する。

 先ほど彼女が、自分を『出来損ない』と称してまで遅咲きであることを打ち明けたのに、自分は何も言わないのはフェアではないと言うのだ。


 確かに、自分が遅咲きであることを話すのは本意ではなかったし、出来ることならば見ず知らずの他人に知られたくなかった事だ。彼はそんなセレナの心情を察して、自分も他人にはあまり知られたくない秘密を暴露したのだ。

 そうしてお互いに嫌な思いをする事で、相殺(そうさい)しようというのか。

 それに気づいたセレナは、あまりにおかしくて声を殺して笑い出す。

 全くこの男は、本当に敵対している種族の人間なのかと疑うほど純粋で、馬鹿がつくほど律儀で正直者だ。


 突然笑い出すセレナの様子に、男の顔が呆れるような表情になる。

「……お前、警戒心とかねぇの?気ぃ張ってる俺が馬鹿みてぇじゃん」

 男は先ほどとは打って変わって、砕けた口調で話す。心なしか、座り方も崩れている。


 ……それは、こっちの台詞なのだが。


 侵入した城の人間に頭を下げたり、自分の正体を明かしたりなど、警戒心のないことの証明ではないのか。

 男の馬鹿にするような口調に、セレナはむっと顔を(しか)める。

「警戒心くらい、私にもあるけど……」

「嘘つけよ、俺は敵だぞ。その気になればこんな拘束なんて魔法ですぐに焼き切れる。なのになんで、そんな態度が取れるんだ」

 セレナは少しの間黙り込む。

 確かに、警戒心はある。彼を拘束したのも、彼を警戒してのことだ。警戒心は、ある。のだが、この男に対してはどうしても気が抜けてしまうのだ。


 理由は、ひとつ。

「だって、あなたからは殺意を感じないもの」

 口調、声色、躊躇いなく他人に刃物を突きつけてきたその姿は、一見彼女の命を奪わんとする人間の行動だが、その行動ひとつひとつに、殺意と呼べるような暗い感情を感じないのだ。

 男が自分でそう言っていたように、目的さえ果たせば、他人の傷つけようとは微塵も思っていなかったのだろう。


 常に父親の顔色を窺って、気を張って生きてきたセレナは、他人の顔や目を見るだけで、相手が自分に対してどんな感情を向けているのかを理解することができるのだ。

 ……この男の目は、1度も暗い光を放っていない。

 先ほどセレナを拘束していた時、彼の魔力の風はまるで怯えるように流れていた。

 まるで、無理をして強く冷酷な自分を作り上げているかのようだ。


 だから、怖くない。

 怖いとは、思えないのだ。


 男は俯き、色のない声で呟く。

「……俺は、人を傷つけることのできない、臆病者なだけだ」

「…?人が人を傷つけたくないと思うのは、当たり前の感情じゃないの?」

「――っ」

 さも当然のように言われて、男は激しく動揺し息を呑む。

 セレナは男が動揺する理由が分からず、軽く首を傾げた。

 セレナの様子に男は心底呆れるような、しかしどこか安堵したような顔で口を開く。


「……変な女」

 ニコラオスがそう呟くと、セレナは口を尖らせ、怒ったような口調で言い返す。


「失礼ね。私にはセレナ・レヴィンっていうちゃんとした名前があるんだからねっ」

 鼻息荒くそう言い放つセレナの姿に、ニコラオスは思わずプッと吹き出す。

 急に笑い出した男が不思議で、セレナは思わず怒りを忘れて微笑む。と、突然思い出したように「あっ」と声を漏らしてから続けた。


「そういえば、名前聞いていなかったわね」

「……敵である俺が答えると思うのか?」

「でも、私だけ名乗るのは()()()ゃないわよね?」

 男の言葉を真似るようにセレナがそう言うと、男はやれやれ、というような顔をして答える。

「……ニコラオス」

 そう答え、ニコラオスは優しい笑みが浮かべる。セレナもつられて口角を上げた。


 と、その時。ニコラオスの視線が再びセレナの首元に向けられる。その視線はまるでどこか1点を見つめているようで、セレナは上げていた口角を戻し、不思議そうに首を傾げる。

「何?なんかついてる?」

「……気づいてねぇの?首、傷ついてる」

「えっ!?」

 セレナは驚きのあまり勢いよく立ち上がり、自分の首に手を当てて傷を探す。すると、先ほどニコラオスに刃物を向けられていた場所に1本線のような傷を見つける。

 慌ててドレスのポケットに手を入れ、コンパクトミラーを取り出して見る。血は既に止まっているが、そこには赤い線のような傷が。小さいものだが、数日は跡が残るだろう。


「さっき吹き飛ばされた拍子に刃が当たったのかもな。……悪い」

 視線を逸らし、引き攣ったような笑みを浮かべながら、ニコラオスは申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 さっき彼が後悔しているような顔で視線を送ってきたのは、これのせいか。


 セレナはそう納得したが、それとこれとは話が別だ。

「どうするのよこれ、王女の身体に傷ができたなんて!周りになんて説明すれば……」

 焦るような、怒りのような声を上げる。

 王女の首に傷ができているなんて、誰かに見られたら何があったのか問われるに決まっている。

「いや、だから悪かったって。ていうか、お前があんな無茶な抵抗しなきゃ手元が狂うこともなかったのに」

「私のせいだって言うの?そもそもニコラオスが強盗まがいのことしなきゃ、私だって抵抗することもなかったわよ!」

()()()()()じゃなくて、紛れも無い()()だ。ていうか、あの状況で相手を後ろに飛ばすような竜巻なんか吹かせたら、下手すりゃそのまま短剣が刺さってたぞ。俺が咄嗟に腕を解いたからその程度で済んだんだ」

「しょうがないじゃない、それしか思いつかなかったんだから!苦手なのに無理やり魔力を引っ張り出したせいで、あの後すっごく苦しかったんだから!」

「それはそっちの問題だろ。上手く操作できれば、引き出した程度で疲れたりなんかしねぇよ」

「じゃあ見本見せて見なさいよっ」

「上等だ。見てろ」

 子供のような口喧嘩を繰り広げながらも、2人の心を占めている感情は怒りでない。むしろ口論すら楽しんでいる自分に、お互い仰天していた。


 上等だと啖呵を切ったニコラオスは、軽く深呼吸をすると自分の魔力に集中する。すると、赤と白の魔力の風がニコラオスを包むようにして出現する。その風はそのまま手首を拘束していたベルトを、傷つけることなく解く。

 静かに見つめてくるセレナを、ニコラオスは手首をさすりながら立ち上がり見下ろす。どんなものだとばかりに得意げな表情をするニコラオスの顔を、セレナは真っ直ぐに見つめる。正面から見て初めて知ったが、ニコラオスの身長はセレナより頭ひとつ分大きい。


 彼の、赤と白が交錯するような魔力の風が、まるで細い糸のように伸びてユラユラと揺れている。

「……綺麗」

 思わず呟く。

 セレナの心にいつものモヤモヤとした暗い影は出現せず、本当に感激していた。

 セレナに綺麗だと言われたニコラオスは、少し照れ臭そうに頭を掻き、「当然だろ」と答える。

「散々訓練したんだ。これくらいできなきゃ師匠にどやされる」

 そう答えると、ニコラオスはセレナの首の傷に触れる。と思うと、ニコラオスは小さく詠唱する。

「……《魔力を(もっ)て、癒えよ》」


 詠唱に応えるようにニコラオスの魔法の風が傷に向かって流れ込む。しばらくしてニコラオスの手が触れると、まるで初めからそこに何もなかったかのように傷が消える。

 セレナは首を触れて確認するが、完全に傷は無くなっていた。


 これは魔法だ。


 先ほどのようなただの魔力操作ではなく、《エール》派の詠唱による癒し系の治癒魔法だ。

「……ありがと」

「いや。お前の言う通り、元は俺の責任だしな」

 そう答えて笑うニコラオスは、やはりセレナがずっと聞かされてきた《冷酷無比な悪魔の子》には見えない。

 どこにでもいそうな、普通の若者だ。


 ……どうして私たちは、長い間争いを続けてきたのだろうか。

「……どうして、戦う必要があるの?」

「え?」

 驚いたようなニコラオスの声で、セレナはハッと我に返る。

 声にするつもりはなかったのだが…。慌てて口元を押さえたが、時既に遅し。ニコラオスは真剣な顔つきになって答える。


「……仕方ないだろ。お前の親父さんが、20年前に俺たち魔族とと氷の王女の間でやっていた交易を無理やり切らせたんだから」

「……え?」

 ニコラオスの言葉に、セレナは素っ頓狂な声を上げる。

 クラトスが王になった時、半端者の王が魔族と行なっていた交易を絶ったことは、歴史に残っている。ほんの少しでも気になる言葉があれば、突き詰めて追求してきた。

 …今、彼は何と言った?

「今……()()()()との交易って……」

 そんな話は聞いたことがない。


 そもそも氷の王女……オフィーリアは、王妃だった頃は発言力がなく、心を病んで完全にお飾りの王妃であったとされていた。

 そんな彼女が、魔族との交易に関わっていただなんて……。


 セレナの声と様子に、ニコラオスは困惑しながら口を開ける。

「あれ、そうじゃなかったか?少なくとも、俺はそう習ったけど」

「習ったって、誰に?!」

 彼に迫る勢いでセレナがそう尋ねると、ニコラオスは急に何だよ、というような顔をしてから、これ言ってもいいのか?と口の中で呟き考え込む。少し経つと、戸惑いながら答える。

「師匠に」



「……ん?」

 自室で魔法書の整理をしていたオフィーリアは、何かに気づいたように声を漏らして、その手をピタッと止める。


 彼女の自室には魔法書が多く、手で整理するのは面倒なのでいつも魔法で整理をしている。

 そのため、様々な魔法書が彼女の飛行型魔力系浮遊魔法によって宙に浮いている。

 本は彼女の手の動きに合わせて宙を舞い、本棚に収まっていっていたが、彼女が手を止めると本も動きを止めた。


 オフィーリアは本をそのままにして窓に歩み寄ると、王城のある方向に目を向けて、低く唸る。

「……何かしら、この気配。随分と上手く隠してるみたいだけど……魔族?」

 そう呟いてから、違う、と心の中で否定する。


 いや、この気配は完全な魔族のものとは何かが違う。

 …そうか、半端者か。

 半端者、それも『魔族に近い者』が、城内に紛れ込んでいる。


「……侵入者ね」

 オフィーリアの冷たい瞳が、怪しげな黄金の光を放つ。



 ……さて、どうしましょうか。


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