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第1章 黒い影 2

「魔力を制御するには、まず己を知ることだ。私の教室では、魔力を通して自分自身を見つける、と言うことを覚えてもらう。……素質があれば、すぐにでも魔力の声を聞き、己を知ることが出来るだろう」


 『素質があれば』という言葉に含みを感じたが、セレナはそれに気づかないふりをする。

 何やら一瞬オフィーリアがこちらを見たような気がするが、それもきっと気のせいだろう。


 話を終えたオフィーリアが銀髪の従者に目配せをすると、従者は首肯して右手の人差し指をピン、と立てて空を切るように動かす。すると、どこからともなく水晶玉が飛んできて、子供たちやセレナの手の中にひとつずつ配られる。


 それは、子供の小さな手にスッポリと収まるほどの小さなもので、よく見るとその中で小さな青い炎がチラチラと揺れている。

「その魔法器具は、魔力を込めることで炎が光を放つようになる望めば色を変えることもできる」

 セレナは配られた水晶玉をジッと見つめる。


 テオスに存在する魔法器具は、そのどれもが使用者の魔力を動力とするため、使うことが出来るのは魔力持ちのみ。それも、第二覚醒を終えた魔法使いだけだ。

 覚醒前の魔力持ちが訓練のために使用する魔法器具はあるが、それらのほとんどは最近できたものばかりで、15年前まで訓練用の魔法器具はこの水晶玉だけだった。


 現在、使用者の魔力を必要としない魔法器具を研究してる賢者が何人かいるが、簡単にはできないらしく、誰も発表には至っていない。

 オフィーリアは子供たちの手を示すようにして指差すと、続けて口を開く。


「そこに自分の魔力を流し込み、できるならば好きな色に変えてみろ。運が良ければ、その炎が魔力の声を聞かせてくれるかもしれない。その時は、その声を聞き漏らすな。……始めろ」

 オフィーリアの合図で、子供たちは各々水晶玉に魔力を込め始める。


 と同時に、子供たちの周りを取り込むようにして魔力の『流れ』がユラユラと揺れているのが、セレナの目に映る。

 セレナは、16歳になろうとする現在に至っても、いまだに第二覚醒が訪れていない。

 さらに他人の魔力は視認できても、己の魔力は視認できないのだ。


 魔力持ちの中には、本来覚醒するはずの年齢である15歳を超えても覚醒しない《遅咲き》がいる。《遅咲き》の多くは16歳まで覚醒しなければ魔法使いを諦め、普通の人間として生きる道を選んでいる。


 セレナももうじき16歳になるが、彼女には魔法使いを諦められない理由がある。


 セレナは子供たちの魔力の流れをボゥッと眺める。魔力の流れは、まるでその人を守る風のように魔力持ちの周りを常に取り囲んでいて、本人の感情によって動きが変わる。気持ちが穏やかな時はそよ風のように静かに流れ、悲しんでいる時は陽炎(かげろう)のように重々しく揺れ、怒りに満ちている時は突風のように激しく吹き荒れる。

 魔力の流れを見るだけで、相手がどのような感情を抱いているのか、大体分かるのだ。


 数名の子供たちの水晶はすぐに光を放つようになり、色を変化させる者も出てきた。成功した子供たちが次々と歓喜の声を上げる。

 だが、何人かは苦戦しているらしく、小さく唸る声が聞こえてくる。


 子供たちの様子に気づいてか、オフィーリアは銀髪の従者へ視線を向ける。

「…《Gray(グレイ) loyal(・ロイヤル) dog(・ドッグ)》、助言してやれ」

「はい、主人様(マスター)

 従者は応じると、苦戦している様子の子供の元へ歩み寄り、助言を求める。オフィーリアも子供たちの顔を見回すと、ひとりの少年に近づく。その子は明らかに肩に力を込め、片頬を膨らませながらプルプルと震えている。


 オフィーリアはその子供の前に立つと、肩にポン、と手を置く。

(りき)むな。細く長く息をするようにして、ゆっくりと引き出せ」

「あっ……は、はいっ」

 急に声をかけられた少年は肩をビクッと震わせると、緊張に満ちた様子で答えた。少年は大きく深呼吸をすると、オフィーリアの助言通りに魔力を引き出す。すると、水晶玉は淡い光を放ち、また少しすると光の色が黄色に変わった。


「……よし、よくやった」

「…!あ、ありがとうございます!」

 オフィーリアが賞賛するようにそう言うと、少年は顔から緊張が消え、喜びと安堵の笑みを浮かべている。

 そんな彼らの様子を見ていたセレナは、比べるように自分の手の中に視線を移す。セレナの水晶は、ほんの少しの変化もしていない。セレナはこの手の訓練をかれこれ6年受けているが、いまだに自力で魔力を引き出せたことがないのだ。


 遅咲きが成人を超えてから覚醒する例はほとんどない。16歳になろうというのに自身の魔力が見えず、魔力操作も自力でできないセレナも、この先覚醒することはないかもしれない、と何度も考えていた。

 しかし、セレナには諦められない理由がある。


 セレナは自身の叔母であるオフィーリアの魔法使いとしての実力や、《魔法》そのものに対して、強い尊敬と憧れを抱いているのだ。

 オフィーリア・バラクは、第2王女としてこの世に生を受けた瞬間から、魔力が発現していた。3歳を迎えてすぐに、遊び感覚で魔力を扱えるようになり、10歳には第二覚醒を迎えた。その翌年には大人の魔法使いでも解読が難しい魔法書を読み、その魔法を無詠唱で実現させたという伝説がある。


 オフィーリア・バラクは……当時のオフィーリア・レヴィンは、一言で言えば天才少女だった。


 その才能は、今も健在だ。テオスの街の子供たちに魔力操作を教示しながら、テオスの街の警備も並行している。

 テオスの街には、《傀儡人形(くぐつにんぎょう)》と呼ばれるものが24時間巡回している。それらは皆人間の少年少女のような姿をしているが、オフィーリアが20年前に作ったれっきとした魔法器具だ。


 傀儡はオフィーリアの魔力で動き、街の警備を担っている。そしてこのトレゾール邸にも、オフィーリアの身の回りの世話や屋敷の警備をする傀儡人形が数体いる。

 総勢千体を超える傀儡を同時に操ることが出来るオフィーリアは、それ故に賢者となってすぐに《三大賢者》のひとりとなるに至ったのである。


 セレナは、自分も彼女と同じ魔力持ちとして、血縁として、彼女のようにとまではいかずとも、彼女のような強い魔法使いになりたいと常々思っているのだ。

 今はまだ、第二覚醒の気配すらないが、オフィーリアと血のつながった姪なのだから、きっと、いつか……。

「……王女殿下」


 途端に声をかけられ、セレナは思わず飛び上がりそうになりながら我に返る。

 顔を上げると、そこには先ほどまで他の子供たちに助言していたはずの銀髪の従者が立っている。

 オフィーリアから《Gray(グレイ) loyal(・ロイヤル) dog(・ドッグ)》と呼ばれていたが、セレナはこの男の名前を知っている。


 切れ長で鋭い目つきの、20代後半かと思われるような、若い男性。銀髪に似た灰色の長髪を後ろでひとつに束ね、瞳の色はスミレの花を思わせるような紫色。鋭く強い瞳なのにどこか優しげで、常に無表情な主人とは違い、その顔は常に笑みを浮かべている。


 セレナは驚いてしばらくポカン、としていたが、自分の背後でカレンが彼に対して頭を下げていることに気づき、慌てて小さく頭を下げる。

「お久しぶりです、ジェイ様」

「私は殿下に頭を下げられるような身分でも、ましてや敬称で呼ばれるような立場でもございません。どうぞジェイとお呼びください、王女殿下。失礼ながら、先ほどから魔力の流れに変化が見られませんが、何か気になることでも?」


 その鋭い目つきからは想像もつかない無邪気な笑顔を見せながら、ジェイはそう尋ねてくる。

 大賢者オフィーリアの唯一の従者で、それ故に先祖返りではない身で賢者となった、賢者の中でも異例な存在だ。


 《Gray(グレイ) loyal(・ロイヤル) dog(・ドッグ) 灰色の忠犬》の二つ名の通り、主人であるオフィーリアに対して絶対の忠誠を誓っている。


 セレナは少し緊張しているのを誤魔化すようにして、ぎこちなく笑う。

 氷のように冷たい雰囲気と相反して、貼り付けたような笑顔を見せ続けているこの男のことが、セレナはほんの少し苦手だ。

「大丈夫です。少しボウッとしていました」

「……そうですか。何かあればお申し付けください。私にできることがあれば、お力になりますよ」

 優しい口調と、優しげな笑み。

 まるで、仮面のように嘘くさい。

 主人であるオフィーリアとその従者であるジェイは、セレナの知る限りでは全くの正反対だ。


 常に冷たい表情で他人を睨みつけるオフィーリアと、弱き者に手を伸ばし、常に微笑みを絶やさないジェイ。まるで、以前のオフィーリアが持っていたとされる心優しさを、ジェイが全て持っていってしまったかのようだ。

 彼女に20年以上仕えている彼は、主人同じく本来の年齢よりもずっと若い姿をしている。本当の年齢はオフィーリアよりも少し上らしいが、皺ひとつなく、セレナがよく知る()()()()とは大違いだ。


 彼女の一番近くにいて、彼女と共に暮らし、彼女の身を守る存在。ジェイは、オフィーリア・バラクという女性をこの街で最もよく知る人物だ。

 セレナはオフィーリアの方を見ながら、感嘆のため息を共に口を開く。

「……叔母様は本当にすごい方ですよね。この国の警備を担いながら、教室まで開いて」

「ええ。()()()の実力は、まさに神に匹敵するほどのものでしょう。私など、足元にも及びません」

 セレナの視線の先を追うようにしてオフィーリアを見ると、ジェイは尊敬に満ちた声で答える。


「ジェイも叔母様と同じくらいの実力者じゃないですか。羨ましい限りです。……叔母様が王室を出なければ、直接魔法を教えていただけたかもしれないのに……」

 セレナは独り言のようにそう呟く。

 遠回しな言い方で、何故オフィーリアが王室を離れてしまったのかを聞き出そうとしたのだ。


 オフィーリアは20年前、民話に書かれている《反乱》の後すぐに王室を離れ、王城から一番離れた民家の端に《トレゾール邸》を構えた。そしてたったひとりの従者と数体の傀儡を連れてトレゾールに移り住み、《バラク》という姓を名乗って新たな公爵家を立ち上げ当主となったのだ。

 だがオフィーリアが王室を離れた明確な理由は、誰も知らない。


 セレナが知っているのは、彼女が王室から《離れた》というその事実。また、半端者の王に利用され続けてきたオフィーリアに同情した彼女の兄である現国王が、彼女に爵位を与えて嫌な思い出が多い王室から離してくれたのだという、本当か嘘か分からないような噂だけ。


 だがセレナの知る現国王は、彼女が王室を出ることは許しても、同情して爵位を与えたとは思えないのだ。



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