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第8章 第2覚醒と指輪 3


 壊れかけの丸時計の鈍い針の音だけが響く、静かな教室で、ニコラオスは驚愕と激しい恐怖の両方を抱きながら、セレナのことだけを考えた。


 ミロワールに流していた魔力を止めると、その中に見えていた情景はふっと消える。

 空虚と化した水晶玉を力強く握りしめ、ニコラオスは複雑な感情を抱いた。

 ほんの少し魔法の教授をしただけで覚醒の兆候が現れ、その翌日には覚醒したセレナ。それも覚醒の発熱のためだけに、本来は動くはずのない大賢者が診察に赴いた、という事実。


 身内のことだから動いたのだと言えばそれまでだが、大賢者オフィーリアは、実の息子が覚醒の熱にうなされていた際には息子の世話を傀儡人形に任せていた。その上、自分は王の命令でテオスを離れ、当時魔獣が住みついているとされた地に赴いていた、と言われている女だ。


 そん女がわざわざ姪のために、自ら離れた王室に訪れるなどあり得ない。特別な理由があるというならば、考えられる可能性はひとつ。

 セレナの力が、オフィーリア程ではないにしても、常人以上にはあるということだ。


 彼女を教えたニコラオスからして見れば、それは非常に誇らしいことなのだが、ディアヴォロスの人間の身から考えると、セレナはオフィーリア、ジェイ、クラニオに次ぐ第4の脅威となりうるかもしれないのだ。


 それはつまり、セレナがディアヴォロスの人間たちに狙われる可能性が高くなるということ。

 ニコラオスは、己の無力さを恥じ、悔しさをぶつけるようにミロワールを握りしめると、それは鈍い音を立てて砕け散る。


 砕けたミロワールの破片が手に刺さり、血が流れる。しかし、ニコラオスはそんなことはどうでもいい、というように目を伏せ口を開いた。

「……俺が、()の人間だったら……」

 せめて、自分が神族寄りであったなら、セレナが危険に晒されても守ることができるのに、と。そう考えて、ニコラオスはハッ、と我に返る。


 自分の考えに、心底驚いた。

 今まで自分が、ディアヴォロスの人間と境遇が違うことで傷付けられ、悔しい思いをしたことはあっても、それでも、自分が魔族に近いことを恥じたことはなかった。むしろ、この魔族の血を、誇りに思っていた。


 だが、今日に限っては、魔族に近く、貴族でも王族でもない、ただの男でしかないことが恨めしくて仕方ない。

 …この気持ちは、何だろう。温かいような、恐ろしいような。

 分からない。

 けれど、これだけは分かる。

「……死ぬなよ、セレナ」

 そう、俺は、彼女に死んでほしくないのだ。



 発熱が起こってから、丸5日が経った。セレナの身体を蝕む熱は、5日経過して下がるどころかむしろさらに上がっている。

 覚醒の熱は、病気による一般的な発熱とは違い、薬や氷による物理的な冷却は意味を為さない。魔力による熱を下げる方法はただひとつ。魔力を制御して、魂の奥から絶え間なく溢れ出す魔力を己のものにするしかない。


 言葉にするのは簡単だが、実際に行うのは至難の業だ。

 自分の意志とは関係なく溢れ出す魔力は、無数に突き刺さるナイフのように、セレナの身体に容赦なく襲いかかってくる。その痛みと苦しみから逃れようとして、当然のことのように選択肢に挙がる道。それは、己の終わり、死だ。


 自分の意思とは関係なく、そんな恐ろしい答えが頭の中をよぎる。それに抗いながら自分を攻撃し続ける魔力を御するなど、並の人間には不可能だ。

「……熱い」

 掠れて力のない声で呟きながら、眠気で思い瞼を何度も瞬く。


 ベッドに横たわるセレナの周りには、オフィーリアの忠告通り誰もいない。

 周りに人がいることが、セレナの思考の妨げになるとオフィーリアは言っていた。しかし、たとえ周囲からの妨害がなくとも、この焼けるような熱が十分すぎるほど考えることを妨げている。

 どんなに己の願いに集中しようと意識しても、この状況でセレナの頭を占める考えは、己を蝕む熱と、胸の苦しみだけだ。


 この熱を、魔力を抑え込みながら、己のことについて考えるなど正直不可能だ。

 今まで己を抑え込み、自分を殺してきたツケが、身を裂くほどの痛みとなって回ってくるとは思っていなかった。

 セレナは胸を掻くように強く握り締めながら、身を丸くし、溢れ出る魔力を身体の奥に押し込めようとする。セレナの脳裏によぎるのは、己の望みの《その先》ではなく、望みに気付くよりも《以前まえ》、セレナをずっと押さえつけていた者たちの声だった。


 ――王女殿下は、陛下の後を継ぎ、女王となられるのです。


 ――王女殿下、女性が王となるためには、男性の倍以上の知識を身につけなければなりません。


 ――王女殿下、貴女様が気にかけるべきは、テオスに住む民のみです。ディアヴォロスの連中を気にかける必要はありません。


 覚えていたくもない、呪いのような言葉たちが頭の中に響き渡る。

 レヴィン王国唯一の後継者。その事実だけでもセレナにとっては重荷なのに、こちらが望んでもいない期待ばかりを抱かれて、セレナはずっと苦しんできた。彼らの期待と、この王室から、ずっと逃げたくて仕方がなかった。

 それでも、この国を捨てることはできない。だからセレナは、《自分》から逃げることを選んだのだ。


 …抑えるんだ、押し込めるんだ。今までのように……。

 そうすれば、上手に生きていける。

 ………本当に?


 その時、セレナの脳裏にオフィーリアの言葉がよぎる。


 ……制御は、抑制とは違う。


 何のことはない、当然の言葉だと思っていた。

 押さえつけて自分の意のままにする制御と、ただ押さえつけるだけの抑制は、似ているようで大きく違う。そんなこと知っていると、思っていた。


 だが、違う。

 当たり前のことだからこそ、見えなくなるのだ。

 当然分かっているものだと思っているから、その意味について深く考えることがないのだ。

「…そうだ、魔力は自分なんだ」

 そう呟くセレナの声は、先ほどとは違い、強い意志と強さを持っている。


 ――魔力は己、魔力の声は己の願い。

 自分の願いを押さえ込んでいたら、今まで同じなんだ。押さえつけるんじゃなくて、認めて、受け入れて、自分の《核》にするんだ。


 そう心の中で呟くと、セレナは大きなため息を吐き、集中した。全身に感じる熱でも、胸の痛みでもなく、その奥にある己の願いに。そして、その先にあるものを。

 目を伏せて、ゆっくりと息をする。


 壁がけ時計の針の音、カレンが換気のためにわずかに開けた窓から聞こえる風の音、自分の呼吸の音。それらの音は一切気にせずに目を伏せて、ミロワールを使った時のように己の魔力の声にのみに集中する。

 魔法には様々な系統があるが、その根本はどれも一緒なのかもしれない。セレナはそう考えかけたが、すぐにその考えも打ち消して、ひとつのことのみに考えを巡らせる。


 ……自分の望み。

 セレナが望んでいたのは、父からの愛情。王族や後継者としての立場を忘れて、ただのひとりの娘として父に愛されることだ。だが、それだけでいいのか?

 父からの愛情。それを手に入れられれば、自分は満足なのか?

 ……私は、王女。国の未来のために存在している。

 けれど、それ以前に私は、ひとりの人間だ。


 王女という肩書きかや、王女としての責務を忘れて、ただの人として《その先》に望む思いが、きっとあるはずなのだ。今は忘れているだけで。


 人は大なり小なり、己の欲望に忠実な生き物なのだ。もっと、欲張っていい。もっと欲しがっていいはずだ。魔法の根本は、()にあるのだから。


 父からの愛情、それよりも先に求めるもの……それは、自分自身を愛することだ。

 これほどまでに父親からの愛情を求めるのは、自分で自分のことを愛しているとは思えないからだ。何故そう思えないのか、その理由もセレナには分かっている。


 自分を大切に思えないのは、誰かから「愛してもらえている」という実感を得た経験が少ないせいだ。

 生まれた時から学習する環境が周囲にない平民の子どもは、学校に通う年齢になるまで文字を読むことができない。それと同じように、親に大切にされていると思えなかったセレナには、自分を愛する術が分からないのだ。


 乳母のカレンに愛されても、従兄(いとこ)のクラニオから守られても、それでも自分を愛せないのは、自分を産んだ母親に関心を(いだ)かれず、自分と血が繋がっている父親からは冷たい態度を取られる。そして、この両親でなければ自分は生まれていなかったのに、そんな両親がお互いに対して関心も愛情も抱いていない。そんな環境で16年間生きてきたためにセレナは、本当は自分はこの世に生まれてはいけなかったのではないのかと、考えてしまうのだ。


 だから、あの雨の日、あの山の中で、唯一愛情に似た関心を向けてくれた父に期待し、愛されることで、自分は生まれてきてよかったのだと、信じたいのだ。

 そう理解した時、セレナは胸の中の痛みが少しだけ和らぎ、全身を包む熱がわずかに下がったのを感じた。

 と思うと、心の奥底で、《あの声》が響き渡る。


 ――それだけで、いいの?


「――っ」

 思わず目を見開き、息を呑む。

 少し低い、責めるような自分の声。今のは、魔力の声だ。

 己の想いへの啓発。本当の望みを、引き出すための言葉だ。

 セレナは再び目を伏せると、《その声》に耳を傾け、考えを巡らせる。……自分を愛す、さらにその先に望むこと。もしも望むことが許されるのならば…自分は何を願うのか。


 ……私が望むのは、父に愛されることで、己自身も愛せるようになること。


 ――それだけで、いいの?


 先ほどよりも少し優しい声色で、先ほどと全く同じ言葉が、セレナの言葉に応えるように胸の奥から響いてくる。セレナはその言葉が欲している答えについて考え、心の中でそれに応じる。


 …自分自身を愛するように、他の誰かのことも愛したい。そして同じように、相手からも愛してもらいたい。


 ――…誰でも、いいの?


 ……違う。誰でもいいわけじゃない。


 ――じゃあ、誰かって、誰?


 ……それは……。


 自分が父親以外に愛情を向けてほしい相手。そして自分も、愛情を向けたいと思える相手……それは……。

 セレナの脳裏に浮かんだのは、とある青年の笑顔だ。

 孤独と嫉妬に苦しみ、そんな中でも己の味方である母親のために戦う強さ。そして、誰かの成功を自分のことのように喜べる優しさ。子どものように純真無垢で、悪戯っ子のように楽しげな笑顔。

 思い浮かんだのは、ニコラオスの顔だ。


 ……そうか。


 その時、セレナの胸の痛みは一気に軽くなり、身を焦がす炎のようだった熱は、まるでセレナを守る温かい風のように変わる。

 セレナはゆっくりと目を開ける。

 そして、ようやく確信したのだ。


 ……私は、ニコラオスのことが好きなんだ。



 セレナが己の熱を制御する術を見つけつつあった頃、王室から離れた元男爵家の屋敷の隠し部屋では、ニコラオスが長ソファーに腰掛けて苛立っているように足を揺する。

 彼の母は外出中で、現在部屋にはニコラオス以外誰もいない。


 彼の怒りの理由は、セレナのことだった。

 セレナが覚醒の熱に倒れてから5日。ニコラオスはセレナのその後の様子について知ることができなかったのだ。

 廃校にあったミロワールは、ニコラオスが己への怒りをぶつける形で砕いてしまったため、もうない。メサジュを送ろうかとも考えたが、熱にうなされているセレナに手紙の返事を出せというのは酷だと思い、やめた。


 最終手段として、メサジュの瞳に埋め込まれている水晶を抉り出して、セレナの部屋の鏡に干渉しようとしたのだ。しかし。

「……やっぱり、ダメか」

 廃校にあった物よりも遥かに小さい水晶玉を握りしめて、ニコラオスはそう呟く。


 メサジュの瞳は、確かにミロワールではないが、ミロワールと同じ性質を持ち、ミロワールと同じことを行うことができる。だが、それがどういうわけか、セレナが覚醒の熱に倒れた日の夜からできなくなってしまったのだ。

 考えられる可能性はひとつ。

 ミロワールには、元々の使用条件の他に、もうひとつの条件がある。それは、術者が干渉できる鏡は、他の者が干渉していないものに限るというものだ。


 つまり他の者がセレナの部屋の鏡とミロワールを繋げている間は、ニコラオスが同じ鏡に干渉することはできない、ということだ。

 ……自分以外の誰かが、セレナに隠れて彼女の様子をこっそり見守っている。オフィーリアの忠告を無視して。


 おそらくそれは、彼女の婚約者のクラニオ・バラクだろう。

 彼女の従者であるジェイが彼女の命令に背くとは思えないし、彼女より身分の低いカレンも同じだろう。そして彼らに忠告したオフィーリア自身や、魔法を使えないクラトス・レヴィンは論外だ。となると、考えられるは彼女の息子で、たとえ命令に背いたとしても軽い罰で済みそうなクラニオだけだ。

 ニコラオスの中で、醜くモヤモヤとした感情が渦巻く。ニコラオスはこの感情の正体について分かっていたが、あえてその感情に名前をつける必要はない。


 ふいに天井を仰ぎ見て、彼女のことを考える。

 ちっとも王女らしくない、両親の愛情を知らないせいで自分に向けられている他者からの情にさえ疑いを持つ、哀れで孤独な少女。そんな中で懸命に居場所を探し、求め、真実を知ることで何かが変わるのではないかと信じ、そのために魔法を欲した。

 その根本にある己の思い気がついた、あの日の、涙が滲んだ彼女の笑顔が頭に焼き付いて離れない。

 その時、ニコラオスの胸の奥で《声》がする。


 ――あの子は、お前の何だ?


「……あぁ、分かってるさ」

 魔力の声に応えるように、ニコラオスは口の中で呟く。


 ……認めよう。俺はあの子を好いている。


 俺によく似た孤独のせいで自分の望みを見失いかけながら、それでも必死に生きてきた懸命な彼女に、特別な感情を抱いていると。

 出会って間もないのに、まだお互いのことをよく知りもしないのに好きになるなんてどうかしている。だが、ニコラオスは何故か、セレナのことをずっと前から知っている気がするのだ。

 それは、初めて会った時にも感じていたが、あの時は己の役目のことばかり考えていたため、その感覚について深く考えることはなかった。


 その感覚は、まるで……。

「……あり得ないな」


 ニコラオスは自分の考えを否定するように呟き、首を横に振る。すると、閉ざされていた部屋の扉から、コンコン、というノック音が響く。ニコラオスはハッと我に返ると、扉の前に近づき、扉にできるだけ顔を近づけて尋ねる。

「……神の名は」

「アストヒク」

 ニコラオスの声に答えて、女の声が返ってくる。ニコラオスはその声に安堵の表情を浮かべると、扉を開けて女を中へ招いた。茶色いマントに深々とフードを被っていた女は、部屋の扉が閉まると同時にフードを脱ぐ。


「母さん、おかえり」

 そう声をかけられたニコラオスの母は、ニコッと笑って答えると、マントを脱いでラックにかける。

 母の横顔は、何やら嬉しそうだ。

 ニコラオスはそんな母の顔を見て不思議そうに首を傾げると、「機嫌良さそうだな」と声をかける。

「何か収穫でもあったのか?」

「ええ、ついに手に入れたのよ。例の魔法をね」

「…え」

 ニコラオスは驚きの声を上げる。

 《例の魔法》……それはニコラオスと母がこの街にやってきた目的となった禁術だった。

 母は胸元から1枚の紙を取り出すと、嬉しそうな声で続ける。


「さすがに《禁術の書》そのものは手に入らなかったけど、1番必要な魔法は手に入ったわ。これさえあれば、目的を果たせる。……これで、あの子を……」

 最後に独り言のように呟いた母の言葉は、ニコラオスの耳に届いている。何かを思い出しているかのような表情。悲しそうに眉根を寄せながら、同時に嬉しそうに口角を上げている。


 ニコラオスはそんな母の表情に、再び醜く、モヤモヤとした感情を覚える。そして堪らず、口を開く。

「母さん。母さんの言う、《あの子》って一体……」

 その時、隠し扉が勢いよく揺れ、ドンッという大きな音を立てる。


 ニコラオスと母は思わず肩をビクッと震わせて、音の鳴った方を振り向く。すると、しばらくして再びトンッという激しい音を立てて扉が軋む。そしてまたしばらくすると、3度目の音が鳴り、それと同時に留め具が外れ落下したようなカツーン、という甲高い音が鳴り、扉が床にバタン、と勢いよく倒れた。


 眩しい光にニコラオスが思わずギュッと目を伏せると、複数人の男たちが一斉に中へ侵入し、そのうちの2人がニコラオスの背後に回って彼の両手を掴み拘束する。

「な、何だ、お前ら!」

 目が慣れてくると、その男たちが騎士服を身に纏っていることが分かった。それも、ただの騎士服ではない。マギーア部隊の騎士たちが着るような、青の服だ。


 騎士たちはニコラオスだけでなく、彼の母の周囲を取り囲み、剣を向ける。ニコラオスはその情景に息を呑み、母を取り囲む騎士たちに飛びかかろうとするが、後ろ手に縛られて拘束されているため、動くことができない。

「く、そ。離せ!」

 ニコラオスは咄嗟に魔力で抵抗しようとしたが、どんなに集中しても魔力を動かすことができない。振り返って拘束されている手を見ると、両手首に赤い魔石が埋め込まれた手錠が繋がれている。


 罪人などを拘束する際につける封魔錠(ふうまじょう)だ。これを付けられている間は、一切の魔法が使えない。ニコラオスは忌々しげに舌打ちをつくと、母の方へ目を向ける。

「母さんっ!」

「……どうやら、知られていたようね」

 母は諦めたようにそう言葉を漏らすと、視線を上げて、壊れて開け放れたままの扉の向こうを見る。ニコラオスもそれにつられるようにして顔を上げる。


 すると、ゆっくりとした足取りで2つの影が降りてくる。そのシルエットから見て、どちらも男だ。顔を見ずとも、その正体は見当がついた。

 このような場所で、マギーア部隊を率いることのできる人物。そんな人間は、多くはない。

 その影は、真っ直ぐに降りてきて、ついに部屋の中へ歩み寄ってくる。

 真っ先に入ってきた男は、白い生地に金色の刺繍があしらわれたマントを羽織り、マギーア部隊の騎士たちの服と同じ色だが、デザインは違う衣装を身に纏った壮年の男。クラトス・レヴィン国王だ。彼を守るように傍に立つ若い男は、オフィーリアの息子、クラニオ・バラク。


 クラトスはともかく、クラニオの姿にニコラオスは少し驚いた。

 先ほど、セレナの部屋の鏡と、ニコラオスのミロワールは干渉できなかった。一般的な魔法器具は、魔力を込め続けていなければ使用することができない。つまりは、今現在も誰かがセレナの鏡にミロワールを繋げているということだ。

 それをしていると思っていたクラニオが、今ここにいる。クラニオが住まうトレゾール宮から、ここに来るまでに飛行型魔法でも数十分はかかる。ニコラオスの母を尾行していたのならば、さらに時間がかかるはずだ。クラニオに、セレナの様子を見守るだけの時間はない。

 つまり、セレナの部屋に干渉しているのは、クラニオではない。


 では、一体誰なのか……。

 そんなことを考えていると、クラトス王が口を開く。

「……やはり、君か。()

 冷たいような、悲しいようなクラトスの声。その視線は、ニコラオスの母へ注がれていて、逸らすことがない。まるで、他のものは一切興味がないかのようだ。


 ニコラオスは、再び驚く。

 何故、テオスの王が、()を知っているんだ……?


 王に声をかけられた母……アグネスは、クラトス王からの視線を真っ直ぐ受け止めて、しばらく何も言わずにいたが、少ししてからドレスの裾を掴んで軽く広げ、視線のわずかに下げて会釈をするように頭を下げる。

 それはまるで、貴族の女性のように洗練された動きだった。

 ……ニコラオスの知る限りで、アグネスが他人にそんな態度を取る姿は見たことがない。


 そして、アグネスは落ち着いた様子で口を開く。

「お久しゅうございます、()

「――っ!?」

 ニコラオスは思わず息を呑む。

 ……()、確かにアグネスはこの男をそう呼んだ。

 クラトス王のことを兄と呼ぶのは、オフィーリアの他ではひとりだけ。それは、24年ほど前からその行方が分からなくなってしまっている、クラトス王の双子の妹だけだ。


 …………つまり、俺の母は、クラトス王の実の妹………。


 そう確信したニコラオスは、まるで奈落の底に突き落とされるような感覚を覚えたのだった。


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