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おまけ 襲撃の後 1

襲撃が治った後の街の修繕をするオフィーリアの様子を書いてみました!

のちの章と矛盾する点がもしかしたら出てくるかもしれませんが、後半の章はこれから頑張って修正するつもりでいますので、温かい目で見守ってくださると幸いです。


 人々が眠りについた深夜の街は、それだけで恐ろしいほど寂しく、静かだ。特に、夕方の騒動があったばかりの今夜の下町は、いつも以上に冷たい静寂に包まれている。


 大通りに沿って並ぶ店々の前に、数体の傀儡人形が立ち、その近くにオフィーリアが立っている。魔獣の被害を受けた店舗は、所々壁が崩れている箇所はあるものの、倒壊はしていない。ここは魔獣による被害の中でも一番()()な方だ。


 今はほとんど修繕されているが、ほんの数時間前まで下町の半分はひどい有り様だった。住宅や店舗が多く破壊され、(みち)は石畳が砕かれていたり、場所によっては大きな凹みができていたりと、大なり小なり被害を受けていた。安全のため、住民の多くは今夜一晩だけ教会の結界部屋で過ごすこととなり、現在下町、特に魔獣による被害が甚大だった下西町には()()()()()()()がほとんどいないのだ。


 店前で傀儡人形たちが、一斉に両手を高く上げる。すると、傀儡たちの全身から水のように透明な魔力の流れが出現する。応じるように傀儡の足元で魔法陣が光り、それと同時に瓦礫が浮かび上がる。傀儡たちが指揮をするように両手を動かすと、吊られるようにして瓦礫が宙を移動し、崩れた壁の穴を塞ぐように接着する。そして、はじめから襲撃などなかったかのように、壊れた壁を修復した。


 普段は街中を巡回し、警備している傀儡人形。だが、今回のように街の4分の1近くの家屋に被害が出た場合や、街の砦である大門と市壁が破損した場合など、急を要する修繕を人の職人の代わりに行うことも、傀儡たちの重要な仕事だ。


 24時間活動し続け、緊急時には街の修繕も担う傀儡人形。それを管理するオフィーリア・バラクは、20年前から『睡眠』という行為をやめている。


 元々賢者や神官は普通の人間とは体質が異なるので、睡眠を取らずとも疲労を感じいたり身体を壊すことはない。そのため賢者の中には何日も不眠で魔法の研究をする者もいる。だが、オフィーリアのように何年もの間一切眠らない賢者はいない。

 眠ることができないわけでも、許されていないわけでもない。だが、彼女の魔力を動力とする傀儡人形は、常に彼女の魂と繋がっている。なのでオフィーリアが活動休止すると多少なりとも傀儡の反応速度にも影響が及ぶ。国の警備を担っている責任として、オフィーリアは全くの不眠を選択しているのだ。


 大通りに沿って等間隔に並ぶ街灯が、下町を煌々と照らす。『光ある場所には近づかない』という魔獣の生態を利用した防衛策だが、今夜はそれに加えて蛍のような光の玉がいくつも浮遊している。夕方の騒動があったので、念のためにと照明の代わりにオフィーリアが出現させた光魔法だ。


 ……意味はないかもしれないが。


 昼間のような明るさの中で、オフィーリアは傀儡人形たちの修繕作業を監督している。5月とはいえ、深夜1時はさすがに少し肌寒い。光魔法の玉はただ周囲を照らすだけのもので、陽光のように熱を発することはない。にもかかわらず、オフィーリアはいつもの黒いマントを羽織らず、夕方と同じ軽装備の騎士服を身にまとっている。


 彼女にとってあのマントは()()()()であり、大賢者《Silver(シルバー) disaster(・ディザスター)》としての正装であり、鎧なのであって、寒さを凌ぐためのものではないのだ。


「…主人様(マスター)

 オフィーリアの背後から、男性の少し不機嫌そうな低い声がする。誰の声かは考えるまでもなく分かったが、オフィーリアは確認するように声の方へと視線を向ける。そこには、やはり予想通りジェイが立っていた。


 彼は騒動が起きた時から何やら機嫌が悪そうだったが、今もその感情を一切隠そうとしていない。暗い目つきでどことも言えない場所を冷たく睨みつけ、小さく俯いている。その瞳には殺意にも似た憎悪の色が滲み、彼を取り巻く魔力は怒りによって激しく揺れている。

「……最近のあなたは随分と表情豊かね、昔は隠すのが上手すぎて私も()()()も心配していたのだけれど、今は分かりやすすぎて逆に心配だわ」

「――っ」

 オフィーリアの言葉に、ジェイは我に返るように息を呑み目を見開く。オフィーリアはあからさまに動揺したジェイの様子に、口の端を少し上げて軽く笑って見せる。


「…まぁ、こんな時間に起きている()()はいないでしょうけど、せめて殺気はしまっておいてほしいわね。寝た子も飛び起きそうよ」

「失礼致しました」

 ジェイはそう謝罪しながら深く頭を下げると、すぐに頭を上げてピシッと姿勢を正す。その顔からは先ほどまでの表情が消え、何の感情も見えない仮面のような顔をしている。

 オフィーリアにとっては、ここ20年この男が民や貴族たちに向け続けている貼り付けた作り笑顔よりも、こちらの方がよく見慣れた顔だ。


「…ご報告します」

 発言と共に、ジェイはムナポケットから手のひらほどの大きさの白い円盤を取り出す。その円盤は、中央に青い魔石が埋め込まれ、円盤には魔法陣のような模様が刻まれている。


 携帯型記録円盤。通称、《メモワール》。魔力持ち専用のメモ帳のようなもので、一般のメモ帳との大きな違いは、ペンと紙で記録するのではなく光文字によって記録をするという点。さらに文字のみでなく、音や映像などを記録することもでき、それを何度も見返すことができるという点だ。


 ジェイがメモワールに自身の魔力を込める。すると、中央の魔石が青い光を放ち、同時に長文の光文字がメモワールの上に被さるようにして出現する。

 その光文字に目を落としながら、ジェイは口を開いた。

「魔獣の死体は計70体。全て回収し、ディアマンディスの工房へ運びました。解体は夜明けと共に開始され、2日後には完了するそうです」

「…()()には苦労をかけるわね」

「……『オフィーリア様からの依頼とあらば、何よりも最優先で取り組みます』と、相変わらず心強い返答を頂きました」

 ジェイの言葉に、オフィーリアは呆れるように小さくため息を漏らす。


 30年前に初めてこのテオスの街でその存在が確認された魔獣。だが、パラフ大陸の北に位置するホレフ王国では度々目撃されるらしく、魔獣に対抗する武器や魔法器具が多く存在し、そこに住まう民も魔獣と戦う術を身につけている。また討伐した魔獣の角や皮などの素材を加工して作られた魔法器具や防具が、当たり前のように国内で販売されているのだ。


 レヴィン王国はホレフ王国から魔獣の解体技術を学び、それを代々魔石加工を生業としているディアマンディス家の工房で行っている。解体して取り出された素材は、ディアマンディス家の工房で加工された魔石と共にホレフ王国へ渡される。その後のそれらはホレフの技術者によって魔法器具や防具になり、その一部はレヴィン王国へ返ってくるのだ。


 初めてテオスで目撃された当時は、街を破壊し人々に恐怖を与えるのみだったまじゅうだが、今では重要な外交の材料だ。


 現在ディアマンディスの工房を管理しているのは、タリア・ディアマンディスという40歳間近の女性だ。オフィーリアはタリアと昔馴染みなので、今回のような急な依頼でもタリアは快く引き受けてくれる。

(…とはいえ、昔馴染みだからこそ申し訳ないわ。彼女にはいつも頼ってばかりだし、今度きちんとお礼をしないとね)


 そう心の中で呟くと、オフィーリアは気を取り直してジェイの報告の続きに耳を傾ける。

「被害を受けた家屋や路面は人形たちによってほとんど修復され、残りはこの大通り付近のみとなります」

「……3時間か」

 頭の中で修繕作業にかかった時間を計算し、半ば落胆するような声でポツリと呟いた。


 修復魔法そのものは、複雑な魔法ではない。その気になればこの下町にある全ての建物を一瞬のうちに修復することが可能だ。だが、問題がある。それは音だ。小さなものを修復するのであればそこまで気にならないが、家をひとつ直そうとすると、瓦礫がぶつかり合う音が響いて非常にうるさい。

(……騒音で住民の睡眠を妨げようものなら、兄上から鬱蒼しいほど叱られるでしょうから、多少時間がかかっても慎重に作業せざるを得ないけど…)

「……まだ遅いわね」


 家屋ひとつの修繕工事に1ヶ月はかかる一般の職人と比べるとはるかに早い時間で済んでいるものの、騒音を無視すれば瞬きの間に修繕できる修復魔法を、集合住宅を除けば1軒平均1分以上かけて行うというのは、やはり遅すぎる。


 傀儡人形は、本来街を守るための魔法器具。今回のような事態には警備班と修繕班を一時的に分け警備班には普段以上に警戒するよう厳命(プログラム)しているが、効率よく進めるために半数近い人形が修繕班に取られている。その間に第2、第3の襲撃があったら考えると、オフィーリアは危機感を抱かずにはいられないのだ。


 そんなオフィーリアの焦燥を知りながら、ジェイは気遣うように口を開く。

「……それでも、以前東の市壁を修繕した際の半分の時間です。主人様(マスター)のご負担を考えると、これ以上新たに人形を追加するわけには参りませんし…」

「……とはいえ、警備班の人形を減らしてこちらにあてるわけにもいかないわ。今だってギリギリの数を割り振っているんだもの。…やっぱり、防音魔法と併用して進めるしかないのかしら」


 防音魔法とは結界魔法を応用したもので、特定の範囲の音を結界の外に漏らさないようにする魔法だ。魔力消費が激しく、複雑な条件が必要な魔法ではあるが、一度発動すれば範囲内の音は一切外には漏れない。


「しかし、防音魔法を広範囲に展開するとなると、かなりの魔力を消費することになります。オフィーリア様の魔力量が賢者の中でも随一であることは存じておりますが、無限ではございません」

「…魔法器具か魔法陣をあらかじめ配置しておけば、多少魔力消費が軽減されるでしょう。広範囲魔法はピャール公爵の得意分野だし、彼に協力を依頼するわ」

「……ピャール公爵、ですか」


 オフィーリアの言葉に、ジェイは眉根を寄せ、不快そうな顔をする。そんな露骨な態度に、オフィーリアは思わずプッと吹き出すように小さく笑った。

「不満そうね、ジェイ。そんなに彼が嫌い?」

「…好き嫌いといった感情を向ける価値すらございません。あの者は、裏切り者ですから」

「……」

 憎しみに満ちた声。オフィーリアは口をつぐんだ。


 先ほどの忠告のおかげか、ジェイは必死に殺気を抑えようと努めている。だが、その心の中では怒りと殺意の炎が燃え盛っているだろうということは、透視せずとも容易に想像できる。


 ピャール公爵家は、400年以上続く上級貴族の家で、その当主は代々宰相として国王のそばに仕えてきた。だが、元当主であるウィリアム・ピャールは、宰相の職に就いていない。

 そんな状況は側から見れば王家への《裏切り》だが、ジェイの言葉はその事を指しているわけではない。ピャール公爵が宰相にならなかったのは、彼が自ら拒んだのではなく、現王クラトスが魔力持ち嫌いのため、魔力持ちであるピャール公爵が自分のそばにつくことを望まなかったのだ。

 ジェイがピャール公爵を嫌う理由は、もっと個人的な事情だ。


 《裏切り者》という言葉が示す本当の意味を知るオフィーリアからすれば、ジェイの反応は仕方のないものだと理解はできる。しかし、同意することはできない。ジェイにとってピャール公爵が過去に行った行動は《裏切り》だが、オフィーリアにとってはそうではないからだ。


「……街の警備を担う傀儡人形の半数が、街の修繕のために3時間も警備を離れるなんて致命的よ。だから彼と協力することで少しでもその時間を短くしたいと思っているのだけど……あなたがそんなに嫌なら、別の方法を考えましょうか?」

「……滅相もございません。主人様(マスター)の望みを、私の個人的な感情で否定するなど。主人様(マスター)のご意向のままに」

 ジェイはそう答えると、軽く頭を下げる。口では「従う」と言っているが、その表情はまだ少し不満げだ。


 だが他のことならともかく、ピャール公爵に関してはその露骨な敵意について責めることはできない。ピャール公爵もタリアと同じ昔馴染みのひとりだが、おそらく普段温厚なタリアでも彼に対してはジェイと同じ反応を示すだろう。オフィーリア本人が公爵の《裏切り》を「気にしていない」と言っても、それだけで済まされるような問題ではないのだ。


 それだけのことはしたのだ、ピャール公爵は。


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