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第4章 マギーア部隊 〜記録〜 2


 下町の最西端。民家が立ち並ぶ場所。


 西の街壁付近の民家は、街壁の外にある貧民街ほどひどくはないが、テオスの街の中では最も貧困が目立つ場所だ。管理する貴族が絶えてしまったために荒れ果てたそこに住んでいるのは、ほとんどが半端者。それも魔族に近い白い肌や、黒もしくは黒に近い髪を持った者たちだ。

 魔族に近い色を持つ彼らは、テオスの街で真っ当な仕事を得ることが難しく、得られたとしても賃金の安い仕事ばかり。そのため彼らの生活は、最低限の衣食住を賄うだけで精一杯な状態だ。


 民家の陰からひとりの女性がぬるりと現れる。ひどく痩せていて、老婆のようにヨロヨロとした足取りだが、顔立ちは20歳前後ほどの若い女性だ。

 女は恐る恐るといった様子で、街壁に近づく。服装は擦り切れた長袖のワンピースに、ボロボロのマントを羽織り、フードを被っている。


 その細い腕には、真っ黒の円盤のような物を抱えている。円盤は女性が両腕で抱えてもその姿を隠しきれないほどの大きさで、中央に大きく黒い水晶のような石が埋め込まれている。

 中央の石からは、禍々しく不思議なオーラが滲み出ている。それは見た者の恐怖を煽るような雰囲気を醸し出していたが、女性にはそのオーラが見えていないようだ。

 女性は円盤を街壁の下に置くと、辺りをキョロキョロと見渡し、足早に走り去って行った。


周囲を警戒していた様子だったが、この民家で彼女の行動を怪しむ者はいてもわざわ通報する者も止める者もいない。自分の生活に手一杯な民家の住民は、他人のことを気に留める余裕すらないのだ。


 そんな状況にほくそ笑むかのように、円盤は不気味な魔力を辺りに放っている。

 それは、まるで夜がゆっくりと周囲を包むように怪しく蠢き、一歩歩み寄るだけで深い闇に飲み込まれてしまいそうな畏れをまとっている。


 それは、人間にも傀儡にも分からないが、《夜を生きるモノ》たちには聞くことができる奇妙な声を放ち、雪崩のように押し寄せる思考の中で、ひとつの言葉を早口で何度も繰り返すように囁いている。

 その言葉とは、たったひとつ。


 ――……闇へ、進め。



「ここだ」

 クラニオの言葉と同時に、金属音を立てて扉が開く。


 日光に当ててはならない資料もあるためか、窓がひとつもない記録保管庫はひどく暗い。壁には等間隔で燭台が取り付けられているが、明かりは消えていた。


 クラニオはそれを見ると、手の中に無詠唱で橙色の光の玉を出現させ、それを軽く投げる。光の玉は意思を持っているかのように壁の燭台の数だけ分裂し、燭台に明かりを灯した。


 ……魔法器具だ。


 それは、火を灯して明かり付ける普通の燭台とは違い、部屋を囲むように配置することで、燭台の辺り一帯のみならず部屋全体を明るく照らすことができる。魔法器具なので、当然魔力持ち、それも第2覚醒を迎えた魔法使いにしか扱えないものだが。


 魔法の燭台によって照らされた保管庫は、正面の壁一面に大きな地図と、その前にセレナより頭ひとつ背の高いクラニオと同じ背丈の木製の棚が9台、正面の壁と垂直に配置されている。定期的に掃除されているらしく、保管庫には埃ひとつない。

 右から6台分の棚には分厚い本が真っ直ぐ並び、左の3台には棒状に巻かれた資料が置かれている。


 テオス一の蔵書数を誇るロワ宮の書庫に比べると本の数ははるかに少ないが、ここにあるすべての資料が、レヴィン王国の歴史を偽りなく記録した物であると考えると、それだけでセレナの胸は高鳴った。

「ここにある記録や資料は、何かに書き写したり訓練場の外に持ち出さない限り好きに見ていい。俺はまだ処理しなきゃいけない仕事があるから、悪いがひとりで見ていてくれるか?」

「うん、大丈夫」

 クラニオの言葉に、セレナはそう返答する。カレンは先ほど言った通り、保管庫の中には入らず扉の横で控えていた。


 セレナの返答を聞くと、クラニオは胸ポケットから懐中時計を取り出して軽く時間を確認し、少し考えてから口を開く。

「魔法の燭台は術者が近くにいない状態だと2時間くらいで消えるから、その頃に戻ってくる。鍵をかけないといけないから、俺が戻るまでここにいてくれよ。分かったな?」

「はぁい」

 セレナの子供のような返事に、クラニオはフッと小さく笑うと、保管庫を出る。扉の傍で待つカレンに、小声で「頼むぞ」と言うと、応えるように頭を下げるカレンを背に去って行った。


 クラニオの背中を見送ったセレナは、深呼吸のような吐息を漏らし、目的のものを探す。

 向かって一番右側の本棚の方を見ると、壁に正面のものとは別の地図が貼られているのに気づいた。

 正面の地図は、レヴィン王国全体を記したもの。そして今セレナが目にしている地図は、テオスの街を記した地図だ。


 テオスの街は、レヴィン王国の最北端に位置しており、その中でも王城はさらに最北端だ。テオスは最北の中央に位置する王城とそこから伸びる大通りで東西に二分され、また貴族街と下町の境に建つ中間門によって南北に二分されている。つまり、区画が十字に4分割されているのだ。


 区部された区画にはそれぞれ名前が付けられている。

 テオスでは貴族街側を『上』と呼び、下町側を『下』と呼んでいる。なので貴族街の東側は『上東町(うえひがしまち)』、西側は『上西町(うえにしまち)』。そして逆に下町側の東を『下東町(したひがしまち)』、西側を『下西町(したにしまち)』と呼ぶのだ。

 セレナが今いるマギーア訓練所は、上東町の中央に位置している。


「…さて」

 目的を思い出すように呟き、地図を背にして本棚に向き合う。よく見ると、本棚は2台が背中合わせになるように並んでいる。はじめは9台あると思っていたが、実際この部屋は18台の本棚があるらしい。


 記録の本は背表紙にいつの時代を記録したものか分かるように、年番が記されており、その年数を見るにどうやら10年単位で記されたものが、棚の右上端に最も古いものを置く形で並んでいるようだと理解できた。

 セレナが立っている本棚の中で1番新しいものは、旧パラフ暦2000年までを記したもの。目的の記録よりだいぶ昔のものだ。

 どうやら保管庫に入って1番右の棚の本が最も古く、左の棚に行くにつれ新しいものになっているようだ。


 セレナは目的の本を探して左側の本棚へ歩く。

 セレナの目的は、当然、半端者の王に関する記録だ。


 テオスの街にとっては大犯罪者で、王族たちが眠る墓地には彼が眠っていると思われる墓がない。しかし昨日(さくじつ)ニコラオスやカレンから聞いた半端者の王は、セレナがこれまで聞かされてきた半端者の王のイメージとは大きく異なるものだった。


 特にカレンの言っていた、「恐ろしく寂しい人でありながら、心の美しい人だった」という話。

 魔族を受け入れ、契約を交わし、街に混乱をもたらした暴君とはかけ離れている。


「…ここで多少なりとも答えが見つかるといいんだけど……」

 ボソッと呟いてから、セレナはボゥッと眺めるように本を探す。


 半端者の王が即位したのは今から24年前。前王ポリュデウケスと王妃エイレーネーが事故で亡くなった翌月の、パラフ暦20年7月だ。そこから4年後のパラフ暦24年1月のはじめに反乱が起こり、半端者の王は自ら命を絶った。


 セレナが求めているのは、この4年間を記した記録だ。

 目的の本は、右から6台目の本棚にあった。


 その本棚の中で最も古い年番は、『パラフ暦1年〜10年』。1万年続いた『旧パラフ暦』が終わり、新しい時代が始まった最初の年だ。


「……そういえば、父上の生まれた年はパラフ暦が始まった最初の年だったわね」

 独り言のように呟くと、セレナは興味半分でその記録を手に取り、ページを開く。


『パラフ暦1年1月。とうとう新しい時代が始める。神の一族にはまもなく新たな神の子が生まれようとしている。神の一族が続いていくことこそ、芽吹きの大地を花咲かせる手段ではあるものの、悪魔の子供たちが夜の街から離れない限り絶対的な平和は望めない。……(中略)……パラフ暦1年2月。新たな神の子が誕生。神の双子は互いに互いを支え合い、神の一族として立派に成長していくことだろう。しかし、片割れの想いの強さが身を滅ぼすこともある。火は、燃えている間は間は周囲の危機に気づくことができない。空は厚い雲に覆われてしまえばそこにあることすら分からない………。』


「…なにこれ?」

 ある程度読んでセレナが抱いた感想は、その一言だ。


 おそらく『神の一族』とは王族のこと。そして『新たに生まれた神の双子』とは、クラトス王と、名前の残っていない双子の妹のことを指しているのだろう。

 もっと報告書のような淡々とした内容を期待していたセレナだったが、実際のそれは誰かの日記であるかのような、もしくは下手なポエムを集めた詩集であるかのようだ。


 ……これが、世界の記憶?

「……世界って、詩人だったのね」

 苦笑混じりにそう呟くと、本を閉じて棚へ戻す。


 …これは、本命の記録もあまり期待できないかもしれない。


 半ば諦めたような気持ちで目的の年番を探す。

「…あった」

 年番『パラフ暦11年〜20年』と、『パラフ暦21年〜30年』。10年ごとに記録を分けているためか、目的の記録は2冊に分かれていた。


 セレナはまず『パラフ暦11年〜20年』の記録を手に取り、ページをめくる。目的の年番までページをめくりながら、記録の内容をななめ読みする。


『パラフ暦14年3月。神の生まれ変わりが覚醒』

『パラフ暦14年4月。悲しみの王の死亡』

『パラフ暦16年7月。闇を生きるモノたちによる空の行軍』

『パラフ暦17年5月。自由を求める者たちの集結』

『パラフ暦19年8月。神と悪魔の子の手により、自由を求める者たちは住処を得る』


 走るように流れる文字を目に映る限り眺めながら、パラパラとページをめくる。

 本に載っている歴史の内容を指しているのだろうとすぐに分かる内容もあれば、抽象的すぎて意味が分からない内容もある。

 そして。


『パラフ暦20年6月。神の一族の(おさ)(つがい)の死亡。』


「……これだ」

 呟きながら、セレナはその一文を指でなぞる。


 神の一族……王族の長とは、国王以外いない。そしてその国王の番とは、王妃のことだ。年番は前王ポリュデウケスと王妃エイレーネーの事故死の時期と重なるので、この記述は24年前の事故についてを記述したもので間違いだろう。


 セレナは続きの文に目を通す。

 そこで、思わず息を呑んだ。

「……え?」

 恐怖のような、驚愕のような声を上げる。

 記録の内容は以下の通り。


『パラフ暦20年6月。神の一族の長と番の死亡。雨が降っていた。雨は全てを押し流す。木も、大地も、()に生きる命も。神の生まれ変わりは、長と番と同じ馬の車に乗って、流された。しかし馬の車を流したのは雨ではなく…………』


 その先は、何故か文字が黒く塗り潰されており、読むことができない。

 黒く潰された文字が2行分ほど続いたのちに、最後はこの一文で締めくくられていた。


『………悪魔の手により長と番は地に伏した。』


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