第4章 マギーア部隊 〜記録〜 1
ラノベ小説1巻分のページ数にまとめようとしたところ、1章分足りないことが判明したので、新しい4章を割り込みで追加します!
イメージとしては、プロローグから今回の新しい4章を含め「闇からやってくるモノ」とエピローグ用の新章を加えて1巻。それ以降の章から「指輪と真実」にプラスしてエピローグ用の新章で2巻。みたいな感じで差し込んでいきたいと思います。
修正してばっかりで、いつになったら物語進めんねん!って自分で自分にツッコミながら、それでもこの修正作業は自分の楽しみのひとつでもあるので、一歩一歩自分のペースで進んでいきたいです。
どうか温かい目で見守ってください。
昼過ぎ、まもなく夕方という時間。雲ひとつない晴天の空の下。木剣同士のぶつかり合う音が反響し、土埃が舞う。
青の衣装に身を包んだ若者たちが素振りや模擬戦に勤しんでいる中、セレナは慣れない熱気と魔力量と気迫に圧倒されそうになりながら彼らの様子をポカンと眺めている。
ここはテオスの街を守る魔力持ちの騎士だけが集う部隊、『マギーア』の訓練場だ。
正門を抜けた先には広い訓練広場があり、それを囲むような形で三階建ての屋敷がそびえ立つ。広場には巻藁や木製の打ち込み台、弓の的などが並んでいる。
屋敷そのものは25年前に建てられたもので、周辺の歴史ある貴族たちの屋敷と比べると比較的新しい。
マギーア部隊は、27年前に少数名だけの優秀な魔法使いたちが、ある特定の目的のためだけに集められて設立された精鋭部隊。当時は少数名だけだった隊員は現在100名を超えており、今や誰もがその名を知る街の防衛部隊だ。
闘気に満ちた魔力の風が、複数の竜巻がぶつかり合うようにして激しく吹き荒れている。剣術に疎いセレナでも、この竜巻を見れば彼らの実力がよく分かった。
「…す、すごい魔力……」
セレナが感嘆の声を漏らすようにそう呟くと、付き添ってきていたカレンも首肯する。
「マギーア部隊の隊員には、一定以上の魔力量に魔法の技術、加えて剣の技術も求められていますからね。選抜試験もかなり厳しく、時には試験中に重傷者も出るとか」
カレンの言葉に、今度はセレナが首肯する。
カレンの言う通り、マギーア入隊には厳しい選抜試験がある。その試験では魔力量、魔法の技術、剣の技術を見られ、そこで実力を示した者のみが入隊を認められる。そして、彼らの象徴である青の衣装を与えられるのだ。
マギーアは完全実力主義。実力さえあれば性別や身分に関係なく入隊でき、昇進もできる。
そのため訓練する隊員たちの中には、男性だけでなく女性も混ざっている。その女性は、自分よりはるかに体格のいい男性をあっさりと転ばせ、打ち負かしていた。毎日の訓練で鍛えているためか、女性騎士はセレナとたいして年が変わらなそうに見えるが、セレナよりも明らかに筋肉質だ。
正門を背にキョロキョロを広場を見回し、セレナは目的の人物を探す。その手には、大きなハンドバスケットを抱えている。
しばらく探していたセレナだったが、ふぅ、とため息を漏らす。
「……見当たらないわね」
独り言のように呟き、困ったように眉を顰めた。
…忙しいなら、出直そうかしら。
そう心の中で呟きかけたその時。
「…あれ、王女殿下?」
若い男の声に呼びかけられ、セレナはビクッと肩を震わせる。
声のした方を見ると、そこにはマギーア部隊の象徴である青い衣に、左胸には白い鷲をモチーフにした紋章が刻まれた騎士服を身にまとう青年が立っていた。耳には水色の魔封石のピアスを着けている。
クセの強い茶色の短髪に、少年のように大きな空色の瞳。青年は人懐っこい笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってくる。
セレナは青年の顔に、どこかで見たような既視感を覚えたが、彼の名前を思い出すことができなかった。
「えぇっ、と……」
「…あれ?オレのこと忘れちゃいました?子供の頃何度か遊んだことあったんですけど…。ほら、殿下の婚約者の幼馴染で大親友の……」
青年はセレナの前に立つと、自分の顔を指差し、「ほら」とセレナの答えを促す。
セレナは眉間に皺を寄せながら青年の顔をじっと見つめる。すると、途端にある記憶がつながり、「あっ」と声を漏らして続けた。
「もしかして、ラインハルト様?!」
セレナの言葉に、男は肯定するように満面の笑みを浮かべた。彼の笑みには思い出してもらえたことへの安堵の色も窺える。
ラインハルト・H・ローズ。ローズ伯爵家当主アレクシス・D・ローズの次男で、幼少の頃から優秀な魔力持ちだった。
セレナが最後に彼と会ったのは10年前になるので一見誰だか分からなかったが、子供の頃、ラインハルトはセレナとよく遊んでくれていたのだ。
「お久しぶりですラインハルト様。10年ぶりですね」
「本当に久しぶりです。小さい頃は可愛らしいお姫様って感じでしたけど、すっかり素敵な淑女になりましたね」
褒められて、セレナは照れくさそうに俯く。お世辞とは分かっているが、直接的な言葉で褒められるとさすがに気恥ずかしい。
そんなセレナの様子にラインハルトはクックッと小さく笑う。
「か、からかわないで下さい」
「いえいえ、本心ですよ。それで、どうしたんです?ここに来るの初めてですよね?」
「はい、あの……従兄様に会いに……」
尋ねられてセレナが答えると、ラインハルトは「あぁ」と納得するように声を漏らし、からかうようにニヤニヤと笑う。
「副隊長ですね。中で事務仕事してるんで、呼んできますよ」
「あ、いえ。仕事中ならわざわざ呼び出すと迷惑に……」
「迷惑なんてとんでもない。あいつは面倒くさがりですけど、はるばるやってきた可愛い婚約者を放っておくような薄情者じゃないんで」
「…誰がなんだって?」
ラインハルトの言葉に応えるように、少し離れた場所から不機嫌そうな声が返ってきた。
セレナとラインハルトが、声のした方を同時に振り返る。
声の主は大きく欠伸をしながら後頭部をボリボリと掻き、2人の元へ歩み寄ってくる。
美しく長い銀髪を後ろで一つに束ね、炎のような橙色をした猫目があくびによる涙で潤んでいる。交ざり者であるその男は、ラインハルトと同じ青い衣装を身にまとい、上位の立場であることを証明する階級章を鷲の紋章の横に付けている。
「……クラニオ従兄様」
セレナがその名を呼ぶと、呼ばれた男は応えるように優しく微笑む。
クラニオ・H・バラク。マギーア部隊の副隊長で、オフィーリア・バラクのひとり息子。セレナにとって彼は従兄であり、同時に婚約者でもあるのだ。
クラニオはラインハルトの前に立つようにしてセレナに近づくと、口を開く。
「執務室から姿が見えたから降りてきたんだ。セレナ、ラインハルトに変なこと言われてないか?」
「おいおい、変なことってなんだよ」
クラニオの片口から顔を出すようにして、ラインハルトはそう抗議する。
「……この子に変なことをするとは思ってないが、お前はおしゃべりが過ぎるところがあるからな」
「ひでぇ、普通に話してただけだよ。なぁ?セレナちゃん」
子供のような言い争いに、セレナは思わずクスクスと笑う。
先ほどとは打って変わって遠慮のないラインハルトの口調に、セレナは懐かしい感覚を覚えた。
10年前までは、クラニオ、ラインハルト、セレナの3人でよく遊んでいた。
セレナは王族、クラニオは公爵家、ラインハルトは伯爵家。家だけで見ればラインハルトは一番身分が下だ。だがセレナの記憶の中のラインハルトは、今のように身分などはじめからないかのようなフランクな口調で話す人だった。セレナのことも『王女殿下』ではなく、『セレナちゃん』と呼んでいた。
セレナから見れば、彼女を王女として接してくるラインハルトよりも、友人のような親しさで話してくるラインハルトの方が馴染みがあるのだ。
クラニオはラインハルトの言葉を無視すると、セレナに問いかける。
「セレナ、俺に用があったんじゃないのか?」
「あ、その。ちょっとお願いしたいことがあって……あ、これ差し入れ。従兄様甘い物苦手だからミートパイを…」
セレナは持ってきたバスケットをクラニオの目の前まで持ち上げて見せる。それを見て、ラインハルトは羨ましそうに声を上げた。
「いいなぁ、副隊長。可愛い婚約者が差し入れ持ってきてくれるなんて。あーあ、オレにもこんな優しい婚約者がいたらなぁ」
「…ハルト、王女の前だぞ」
嗜めるように低い声でクラニオはそう言った。『ハルト』というのはラインハルトの愛称だ。
嗜められたラインハルトは、気にした様子も見せず返答する。
「あ、そっか。いや、でもオレたちの間に人の世の身分なんて意味ないだろ?」
「……セレナにはある」
「…はいはい、分かったよ。じゃあオレは訓練に戻りますので。王女殿下、失礼します」
そういって小さく頭を上げると、ラインハルトは踵を返す。と、セレナはその背中を止めるように「あの」と声をかけた。
「ラインハルト様。よかったら沢山あるので、皆さんでも召し上がってください」
そう言いながらバスケットをラインハルトに手渡す。ラインハルトは無邪気な笑顔で「ありがとうございます」と返すと、隊員たちの方を向き、
「おーい、王女様から差し入れをいただいたぞー!みんなお礼しろー」
と叫ぶ。
ラインハルトの声に隊員全員がセレナの方を向き、「ありがとうございます!」と感謝の言葉を叫んだ。
セレナが応えるように小さく笑って両手を振ると、クラニオが呆れるようにため息をひとつ吐く。
「まったくあいつは」
そう言いながらも、クラニオの顔は笑っていた。
クラニオとラインハルトは、同い年の幼馴染で親友だ。誕生日も近いので、双子のように仲が良い。10年前まではよく3人で遊んでいたが、クラニオとラインハルトが覚醒して魔法学校に通うようになってから、セレナは従兄で婚約者のクラニオはともかくラインハルトには会うことがなくなっていたのだ。
呆れ顔のクラニオにセレナはクスッと笑うと、口を開く。
「けれど、相変わらずお元気そうで安心したわ。マギーアに入隊したのは従兄様から聞いていたけど、最近は話すら聞かなくなってたから」
「あぁ……あいつは俺の仕事の補佐をしてくれているんだが、仕事中まるで小姑みたいにネチネチうるさく言ってくるから、鬱陶しくて話題にするのを避けてたんだよ」
「そうなの?たとえばどんなこと?」
「…ちゃんと飯は食ったのか?とか、ここ誤字あるぞ、とか。休憩はちゃんと取れよ、とか。とにかく細かいんだ」
「そ、そっか」
セレナは苦笑混じりにそう言う。
…それは小姑というより、もはや母親では?と、母代わりのカレンの言動と重ねて思ったセレナだったが、口にはしなかった。クラニオにとって細かいことを言ってくる人間は、母親ではなく小姑のような人間を指すのだろう。
他愛のない会話をしていた2人だったが、クラニオは思い出したように「あっ」と声を漏らし、言葉を続ける。
「そういえば、『お願いしたいことがある』って言ってたよな、なんだ?」
「あっ、その……え、っと………」
尋ねられたセレナは、言いにくそうに口ごもる。
セレナがこの訓練場に来るのは、今日が初めてだ。婚約者であるクラニオに差し入れを持っていくという名目で今日は城を出てきたが、そもそもクラニオに差し入れを持っていくこと自体今回が初めてなのだ。
クラニオは心底不思議そうな顔をしている。
セレナは気まずそうに一度俯いたが、クラニオがそれでも根気強く彼女の言葉を待っているので、セレナは意を決して口を開く。
「あのね、記録保管庫に入りたいの」
「保管庫に?」
クラニオは目を丸くして聞き返す。
マギーア部隊の訓練場には、レヴィン王国が建国してから1万年以上分の記録が保管された部屋がある。元は別の場所に保管されていたが、20年前の反乱の後にすべて訓練所に移動したらしい。
それは、歴代の有名な魔法使いや賢者が透視魔法で視た《世界》の記憶をそのまま書き記したものと言われている。誰でも読むことのできる歴史書とは大きく違い、国にとって都合の悪いことも何もかも記されている。故に保管庫に入ることができるのは、王族と王族に1番近い血筋の貴族のみと定められているのだ。
セレナの言葉に、クラニオは少し困惑するような顔をして答える。
「…まぁ、俺やお前なら入っても問題ないだろうけど……」
呟くような言葉を口にしてから、クラニオはセレナの背後に視線を向ける。クラニオの言いたいことが分からず、今度はセレナが不思議そうな顔をした。
が、すぐにクラニオの視線の先がカレンだと気づく。と同時に、クラニオの言わんとしていることも理解し、セレナは心の中で「そうか」と呟き納得した。
カレンの家は子爵家。王家からかなり離れた血筋の家だ。セレナは問題なく保管庫に入ることができるが、カレンは入れない。だからと言って、供をひとりもつけないわけにはいかないのだ。
セレナは躊躇いがちにカレンの方を振り向くと、カレンは小さく微笑んで口を開く。
「セレナ様。わたくしは保管庫の前でお待ちしておりますね」
そう言うカレンは、いつも通り安心感を与えるような柔らかい笑顔を浮かべている。今日ここにきた本当の目的をセレナはカレンにも話していなかったので、多少なりとも驚いているかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。カレンの顔には、驚愕の色が一切ない。
ある程度予測していたのだろうか?
カレンの言葉に、セレナは「ありがとう」と小声で感謝を伝えた。
「分かった、じゃあ案内する」
クラニオは首肯しながらそう言うと、踵を返して「こっちだ」と促す。セレナはクラニオの後を追って屋敷の中へと入っていった。